インターネットが出現したのは1990年前後だと思う.これによりそれ以前と比較して,研究開発スタイルが大きく変化することになった.私の中では,1980年の新入社員の時には机の上には固定の黒電話が1つ置かれていてだけであったが,1985年頃には机の上にはミニコンピュータのプログラム開発用のリモート文字端末が置かれるようになり,1990年頃には机の上にはインターネットに接続されたパソコンが置かれるようになってきた.
インターネットにより,電子メールで遠方の人と文字のコミュニケーションをとれることでかなり便利になったが,その後にブラウザーの発明により,文字だけでなく画像や図形を含めた情報を,世界の多くの人と共有できるようになり,更に便利になった.ブラウザーとしては,1990年代の初めに,遠方の文書を手軽に見るためのツールである「モザイク」が発明された.これにより,多くの人が感激したものである.当時の通信速度は遅かったため「画像などのデータ量の多いコンテンツはあまり載せるな」という風潮もあったが,ブラウザのあまりの便利さに,そんなことを言っていられなくなった.そして,文字,画像,動画が氾濫するようになっていった.パソコンの一般への普及に伴い,多くの人がブラウザを利用することになり,ブラウザの激しい開発競争が始まった.「モザイク」の後にも様々な高機能ブラウザが開発され,例えば「Netscape」,「インターネットエクスプローラ 」なども広まり,とても便利な時代になった.その後も,ブラウザーの開発競争は継続し,2026年現在も「Chrome」「Edge」,「FireFox」などが便利に利用されている.
このように,机の上にあるパソコンだけで,文書作成,外部の人とのコミュニケーション,情報検索などができるようになると,一日中,パソコンの前に座っているだけになってくる.1980年頃に先輩に「机の前に座って紙の論文を読んでいるだけでなく,足をつかって動き回れ」と言われていたが,その意味は薄れていくことになる.但し,健康上あまり良くないという問題も発生してくる.
インターネット上で情報を閲覧する仕組みであるWWW(World Wide Web)は、もともと離れた場所にいる研究者同士が論文などの技術文書を共有するために開発されたという。しかし、いったんこのような仕組みが登場すると、人間はさまざまなアイデアを生み出すもので、当初は想定されていなかった多種多様な情報が共有されるようになった。個人が自分自身を紹介するホームページもその一つである。また、企業、大学、研究機関などの組織が、自らの活動や特徴を紹介するホームページを開設することも一般的になった。
さらに、単なる情報発信にとどまらず、双方向のやり取りを伴うさまざまなサービスもインターネットを基盤として開発されてきた。例えば、SNSが広く普及し、各種の申し込みや通信販売などもインターネットを利用することが一般的になった。また、電子メールによる情報のやり取りが増大する中で、Slackのように、話題ごとに情報を整理しながら複数の人が議論できるサービスも登場した。さらに、テレビ会議によるリモート会議が普及し、講演などもインターネットを通じて配信されるようになった。テレビ番組もインターネット経由で視聴できるようになり、YouTubeなどによる動画の蓄積や配信も一般化している。今後も、新たなアイデア次第で、さまざまなサービスがインターネット上に登場することであろう。これらのサービスの多くを、パソコンさえあれば自宅や職場の机の前に座ったまま利用できることは、実に便利である。
しかし、その便利さには影の部分もある。まず挙げられるのがセキュリティの問題である。さまざまなサービスを利用する際には個人情報の登録が必要になることが多いが、システムのわずかな不備や利用者の不注意によって、個人情報が流出する危険性が常に存在する。インターネット上のサービスが普及するほど、個人情報の適切な管理がますます重要になり、情報の流出が不正ログインなどの深刻な問題につながる可能性も高まる。
また、便利で新しいコミュニケーション手段が普及した反面、実際に移動して人と直接会い、雑談を交わすといった、従来からのコミュニケーションの機会が減ってきた。もちろん、今後はこうした対面での交流に近いコミュニケーションを実現する新たなインターネットサービスも開発されていくであろう。しかし、出張などで実際にその土地を訪れ、現地の人々と交流したり、その土地ならではの食べ物を味わったりする機会が減ることに、寂しさを感じている人も少なくないのではないだろうか。
英語の論文を通じて自分の研究成果を国際的に発信することは、研究者にとって重要な仕事の一つである。理系の研究者の中には英語が得意な人も少なくないが、一方で、英語を苦手とする人も比較的多いのではないだろうか。私も高校時代から数学や理科は好きであったが、英語は苦手であった。しかし、苦手だからといって避けて通れるわけではない。
英語論文の作成は、この数十年間の技術の進歩によって飛躍的に楽になった。英語が苦手な人の抱える問題には、語彙力が不足している、冠詞の使い方がよく分からない、使える文章表現のパターンが少ないなど、さまざまなものがあるが、これらの問題を解決するための技術が少しずつ登場してきたように思う。
私が入社した当時は、分からない単語があると、紙の辞書を引きながら英文を作成していた。非常に時間がかかり、つらい作業であった。その後、1980年代に登場したのが電子辞書である。これによって単語を調べる速度が飛躍的に向上した。また、紙の辞書のページをめくるよりも、キーボードから単語を入力する方が楽しく感じられ、辞書を引くことに伴う負担も軽減された。
次に大きな変化をもたらしたのが、WWW(World Wide Web)の普及である。これによって、他の研究者の論文や技術文書を簡単に検索できるようになった。ある単語を使いたいとき、その単語が実際に使われている文例を調べることで、さまざまな文章表現のパターンを知ることができる。冠詞の使い方や自然な言い回しについても、具体的な用例から学べるようになった。しかし、ここで新たに注意すべき問題も生じた。同じ分野の論文では、特に序論などで似たような内容を記述することが多く、他の論文と同じ表現を使いたくなることがある。しかし、文章をそのまま流用すると、著作権や研究倫理上の問題が生じる可能性がある。論文を執筆する際に他の論文を参考にすることが容易になった一方で、論文を査読する際にも、文章の流用を発見しやすくなったので注意が必要である。実際、iThenticateのように、論文中の文章が過去の論文などとどの程度一致しているかを検出し、数値化するソフトウェアも登場した。
次に登場したのが自動翻訳ソフトウェアである。日本語の文章を自動的に英語に翻訳してくれるものである。私も初期の頃、パソコン上で動作する自動翻訳ソフトウェアを購入して試したことがある。しかし、生成される英文の品質はかなり低く、とてもそのままでは使えないものであった。その後の技術の進歩は目覚ましく、やがてインターネット上で動作するGoogle翻訳などの翻訳サービスが手軽に利用できるようになった。これらも初期の頃は翻訳品質が十分ではなかったが、技術の進歩とともに、かなり高いレベルの英文を生成できるようになった。さらに現在では、生成AIの進化によって、単に英文としての正確さや自然さを改善するだけでなく、文と文のつながりや文章全体の流れまでも自然に修正してくれるようになった。
英語が苦手な研究者にとって、これは非常にありがたい変化である。これまでは、研究内容には自信があっても、英語でうまく表現できず、その価値を十分に伝えられないことがあった。しかし、こうした状況は技術の進歩によって飛躍的に改善され、語学力の違いによるハンディキャップは大幅に小さくなった。その結果、研究者は研究内容そのものの質で評価されやすい環境になってきたと言える。ただし、語学の壁が低くなったからといって、優れた研究成果を生み出すことが簡単になったわけではない。それはまた別の問題であり、やはり容易なことではないのである。