わたぬきのウソの噓。

(関連作品)

1・なんでもありません。

2・めりー・くりすません。

3・わたぬきのウソの噓。


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(役表)

男♂:

女♀:

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女:おはようございまーす……


男:おはよう。


女:あれ、先輩。

  おはようございます。

  珍しいですね、今日はもう上がりですか?


男:いや、全然。

  今は休憩してるだけ。

  今日もフルで入ってるよ。


女:はー……

  ほんと、よく働きますよねー。

  社員さんより、シフト多いんじゃないですか?


男:流石にそこまでではないよ。

  まあ、別に苦に感じた事は無いし、その分稼げるから。


女:そ、そうですか。

  別のバイトしようとか、思わないんですか?

  若しくは、正社員になるとか。


男:どっちも考えた事無いねえ。

  少なくとも今の僕には、今ぐらいの立場が丁度良いんだよ。


女:……さいですか。


男:うん。


女:……何持ってるんですか、それ。

  何かの果物ですか?


男:ん、ああこれ?

  いや、別に。

  なんでもないんじゃないかな、多分。


女:……さいですか。


男:うん。


女:……はぁーあ。


男:何?


女:はい?


男:何でもないなら、流すけど。


女:……意地悪ですね。


男:今更だと思うけど。


女:やっぱり、分かります?


男:分かるも何もね。

  いつもより露骨に元気無いし、その割に、出勤が明らかに大分早いし。

  何か聞いて欲しいっていう意思が駄々洩れ。


女:そこまで分かってて、そっちから何も聞いてくれないの、ずるくありません?

  いい加減、私の性格分かってきてますよね。

  今までの流れからして。


男:分かってるよ。

  僕から何か聞かなくても、ほっとけばまた大きい溜息吐くだろうから、

  そのタイミングで良いかなって思って待ってた。


女:……先輩、彼女とか出来た事無いですよね、絶対。

  若しくは、出来てても長続きした事無いでしょ。


男:唐突に失礼だね。


女:だって……


男:そんな事言われるなら、もう話聞くの止めようかな。

  そうだ、そろそろ休憩切り上げなきゃー。


女:あー、あー!

  もう、あーもう!!

  そういう! そういう事言う!

  ずるい、ほんっとずるい!!

  ごめんなさい、すみませんでした!

  聞いて下さいお願いします!!


男:よろしい。

  あと声が大きい。


女:……すみません、つい……


男:で、今回は何だって?


女:えーっとですねえ。

  先輩。


男:何。


女:今日は、何月何日ですか。


男:4月1日だね。


女:そうですよね。

  いわゆる、何の日ですか。


男:いわゆる、エイプリルフールだね。


女:そう、それ!

  私と同い年のバイトの子、いるじゃないですか。


男:ああ、いるね。

  というか、丁度さっきあがってったから、入れ違いだね。

  何、あの子に何か言われた?


女:何か、どころじゃないですよ!

  さっきたまたま来る途中に会ったんですけど、

  先輩が、私のこと、嫌いだなーとか言ってたー……

  って、根も葉も無いひっどい嘘吐いたんですよ!


男:へえ。


女:ほんと酷いですよ、信じらんないですよ!

  普通そんな嘘、思い付いても吐きます!?

  私のこと、一番よく知ってる癖に!!

  ……あ。


男:何、今の「あ」って。


女:いや、別に。

  全然なんでもありません。


男:あ、そう。

  ……終わり?


女:え?


男:そこから先は無いの?


女:いや、まあ……

  それだけ、ですけど……

  それだけですけども、ですけども!

  だけにしたって、酷くないですか!?

  エイプリルフールって、人を傷付ける嘘は吐いちゃいけないんですよ!?


男:そうだね。

  嘘を吐かれてもやり返してはいけないとか、

  午前中しか嘘を吐いてはいけない、とかもあるね。

  まあ、別に正式なルールってわけでもないけど。


女:え、そうなんですか?

  でも、なんかエイプリルフールって、色んなルールありますよね。

  地域差があったりとかするんですかね。


男:いや、別に地域差とかは特に無いよ。

  知ってる知らないの差はあっても、ローカルルールは存在しない。

  そもそも、エイプリルフールの起源って知ってる?


女:え、起源なんてあるんですか?


男:無いよ。


女:……はい?


男:起源なんて無い。

  正確には、諸説あるだけで、一切分かってない。

  まあ、敢えて一説を挙げるなら、これ。


女:……嘘ですよね?


男:何が?


女:え?

  だって、その……え?

  だって、それ……


男:うん。

  多分今日は、エイプリルフールに因んだ話を持ってくるだろうと思って、予め準備しといたやつだよ。


女:……先輩、予知能力とか隠し持ってません?


男:持ってたら、もっと有意義な事に使ってるよ。


女:今の会話が、有意義ではない、と言いたいんですか?


男:続けていい?


女:あ、はい……どうぞ。


男:じゃあ、まず説明する前に、聞いとこうかな。

  これ、パッと見た感じ、何に見える?


女:何、って言われても……

  ……芋、じゃあないですよね、梅とか?

  それとも、何かの実だったり?


男:触ってみる?


女:あ、はい……

  ……うわ、なんか近くで見るとグロテスクですね、これ。


男:それは、オーク・アップルって呼ばれるものなんだけど。


女:アップル?

  って事は、リンゴの仲間なんですか、これ。

  えー、嘘だあ。

  明らかに違うのは、私でも分かりますよ。


男:勿論、正式名称は違うよ。

  ただ、それを午前中だけ身に着ける事によって、王への忠誠を示すっていう、

  「オーク・アップル・デー」っていうのが、ヨーロッパの……イギリスだったかな?

  そういうのがあって、それがエイプリルフールの起源の一説……というか、

  午前中にしか嘘を吐いてはいけない、っていうルールの、元になったって言われてる。


女:へー……

  ……で、結局これは、リンゴじゃないなら何なんですか?


男:コナラメリンゴフシ。


女:はい?


男:コナラメリンゴフシ。


女:……すいません、もうちょっと、分かりやすくお願いします。


男:分かりやすくって言われてもなあ。

  じゃあ、虫癭(ちゅうえい)。


女:……もうちょっと。


男:虫こぶ。


女:……えっ?


男:だから、虫こぶ。


女:……え、あの、虫?

  今、虫って、言いました……よ、ね?


男:言ったよ。

  コナラの枝先の芽に、タマバチとかが寄生して、

  その影響で膨らんで出来た物を、コナラメリンゴフシっていうんだけど、


女:先輩。


男:見た目がリンゴっぽいから、オークの木のアップルって事で、オーク・アップル。

  あ、因みに虫癭の癭の字は、タマバチのタマと同じ字を書くっていう面白い所があって、


女:いやあの、先輩すみません。

  ちょっと待って下さい。


男:何?


女:いやあの、その……

  蜂が、寄生してるんですよね?


男:そうだよ。


女:それはつまり、蜂がこの中に、卵を産んだってことですよね?


男:そうだよ。


女:それはつまり、この中には、蜂が入ってるってことですよね?


男:そうだよ。


女:女の子に何てモノ持たせるんですか!!


男:大丈夫だよ。

  中身が生きてるかどうかは、割って見てみないと分からないから。


女:それの何をもって大丈夫と言えるんですか!!

  良いから返します!

  受け取って下さい!!

  早く!!


男:おっとっと……

  全く、乱暴だなあ。


女:どの口が……


男:で、僕の話聞いてた?


女:いえあの、すみません。

  虫っていう単語聞いてから、それ以前の記憶が全部飛びました。


男:だろうね。

  まあ、要は、エイプリルフールの起源は、フランスって説もあれば、イギリスって説もあって、

  明確な物は何一つ無いまま、今日に至ってるって事だよ。

  ほぼ世界共通の文化なのに、その起源が未だにはっきりしてないっていうのも、随分とおかしな話だけどね。


女:あー、言われてみれば、確かにそうですね。

  ……でも、言っちゃあれですけど、嘘なんて、誰でも毎日吐いてますよね?

  それを、この日だけは良いって言われても、焼け石に水っていうか……

  ぶっちゃけ、エイプリルフールって、意味あります?


男:うん、多分そういう考えの人も、大多数いるだろうけどね。

  無粋って言うんだと思うよ、そういうのは。

  クリスマスに、サンタクロースの存在を疑う子どもはいないでしょ。

  仮に知ってても。


女:……「仮に知ってても」っていう一言で、一気に夢が無くなりましたけどね。


男:楽しめれば、細かい事は何でも良いんだよ、要するに。

  バレンタインデーにせよクリスマスにせよ、起源がどうのこうのなんて、

  気にしながらその日を過ごしてる人なんていないでしょ。

  そんな事考えながら過ごしたって、有意義とは言えないからね。


女:少なくとも、私はそういう人一人知ってますよ。


男:誰?


女:先輩。


男:……まあね。

  そういうつもりで言ったんじゃないんだけどな。


女:そうですか?

  これまでの経験上、今の物言いは、私でも揚げ足取りますよ、流石に。


男:僕は違うよ。

  起源を知らずに文化を楽しむなんて烏滸がましいと思ってるって事はあるにしても、

  そこまで無粋に徹してるつもりは無い。


女:さらっと重たい事言いますよね、相変わらず。

  やっぱり、烏滸がましいとまで言っちゃいますか。


男:僕だってたまには、そういうの抜きで楽しむ時もあるって事。


女:ほんとですかー?

女:とてもじゃないですけど、そういうタイプには見えないですよ。


男:本当だよ。

男:ちなみに聞くけど、今日、何か嘘吐いた?


女:私ですか?

  私は吐いてませんよ、吐かれはしましたけどね。


男:へえ、意外。


女:意外って、失礼な。

  こう見えても、私は嘘は嫌いなんですよ。


男:……っていうのが、嘘?


女:違いますよ。

  そりゃあまあ、何も、エイプリルフールっていう文化自体が悪い、とまでは言いませんよ?

  私だって、大なり小なり嘘くらい……やっぱり、吐きますし。

  嘘は何でもかんでも嫌い、とまでは言いません。

  時と場合と、あとは内容にもよるってだけです。


男:そう、良かった。


女:良かった?


男:いや、別に。

  なんでもないよ。


女:……?

  で、先輩は、嘘吐いたんですか?


男:吐いたよ。


女:え、いつですか?


男:さっき。


女:さっき?

  さっきって……え?

  まさかこれまでの話、全部が作り話でしたーとかいうオチですか!?


男:違うよ、もうちょっと前。

  君が出勤するよりも前。


女:……ん?

  あ、じゃあ、あの子に嘘吐いたって事ですか?


男:そう。


女:うーわー、それはちょっと聞きたかったなー。

  先輩の事だから、凄い回りくどくて分かりにくい嘘言いそう。


男:……まあ、実際そうだろうね。


女:ねえねえ、折角だから教えて下さいよー。

  どんな嘘吐いたんですか?


男:……知りたいの?


女:そりゃあ知りたいですよー。

  先輩の嘘なんて、想像つかないですもん。


男:じゃあ、ヒントだけね。

  答え合わせは、バイト終わりにしてあげるよ。

  今日ラストまででしょ?


女:えー……

  気になって仕事に身が入らなくなったら、先輩のせいですからね。

  まあ良いですよ、ヒントだけでも。

  で、なんですか?


男:僕は嘘を吐いたけど、あの子は嘘は吐いてない。

  以上、ヒントおしまい。


女:何ですかそれー、やっぱり回りくどい……

  ……ん、あれ?

  先輩のが嘘で、……あの子のが、嘘じゃない……?

  ……え?

  あの、先輩?


男:さーて、そろそろ休憩切り上げなきゃ。


女:ちょ、先輩!


男:答え合わせはバイト終わってから。


女:今!

  今お願いします!


男:ネタ晴らしは、午後にするものなんだよ。


女:もうがっつり午後ですよ!


男:今日もよろしくねー、先行ってるから。


女:先輩ってばー!!


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