めりー・くりすません。

(関連作品)

1・なんでもありません。

2・めりー・くりすません。

3・わたぬきのウソの噓。


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(役表)

男♂:

女♀:

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女:いらっしゃいませー、こんばんはー。


男:いらっしゃいませ、ありがとうございます。

  こちら1点で、198円になります。

  袋お入れ致しましょうか……

  かしこまりました。

  では、200円お預かり致します。

  2円のお返しと、レシートになります。

  ありがとうございました、またお越し下さいませ。


女:またお越し下さいませー。

  ただいま唐揚げと、フライドチキン揚げたてでーす。

  いかがでしょうかー。


男:いかがでしょうかー。


女:……はぁーあ。


男:もう5回目だよ、それ。


女:何がですか?


男:その、わざとらしい溜息。


女:数えてるくらいなら、「どうしたの?」とか、声掛けてくれたって良いじゃないですか。


男:ああ、ごめん。

  それは全然、選択肢に含まれてなかった。

  また色々、下らない話に付き合わされるかなと思って。


女:下らない話って思ってるのに、毎回乗ってくるのは先輩じゃないですか。

  いや、無視されるよりはそっちの方がよっぽど有難いし、嬉しいですけど。


男:やる事全部終わってるなら、乗ってあげてもいいよ。


女:じゃあ、乗って下さい。


男:違算チェックは?


女:終わりました。


男:品出しは?


女:終わってます。


男:店内清掃。


女:1時間前にやりました。


男:ゴミ出し。


女:店内清掃と一緒に済ませちゃいました。


男:伝票入力。


女:私の業務に含まれてませーん。


男:監視カメラ。


女:故障中でーす。


男:備品交換。


女:完璧です。


男:お客様は?


女:さっきの人で最後です。


男:……知らない間に、ちゃっかり終わらせるようになったね。


女:流石に失礼じゃありません?

  私だって、入ってもう3年経つんですから、一通りパパっと終わらせちゃいますよ。

  やる気にさえなれば。


男:出来れば勤務時間中は、常にやる気になってて欲しいんだけど。


女:アー、アー、キコエナーイ。


男:はぁ……分かった分かった。

  で、今回はどうしたの。


女:どうしたもこうしたもありますか!

  先輩。


男:なに。


女:今、何月ですか。


男:12月の下旬だね。


女:そう!

  あと10日かそこらで、西暦が変わっちゃう。

  もうそうなれば、街はクリスマスムード一色ですよ!


男:まあ、僕らもそれに乗っかる形で、こうやってサンタの服着て、レジに立ってるわけだからね。


女:もうなんかね、浮かれ過ぎなんですよ。

  来る人来る人カップルカップルカップルで、がっちりしっかり手なんて繋いじゃって、

  まるで私達を小馬鹿にするような目で、一瞥して出て行くんですよ!


男:それはただの被害妄想だと思うけど。

  今回は妙に熱が入るね。


女:そこでですね、私は声を大にして申し上げたいんです。

  我々はもっと、感謝されるべきであると!


男:……というと?


女:クリスマスともなれば、やっぱり色々過ごし方があるじゃないですか。

  私達みたいに、一日アルバイトで終わる人もいれば、

  休みをとって一日恋人、家族、又はそうなる予定の人と一緒に過ごす。

  それこそ十人十色、多種多様なわけですよ。


男:そうだね。


女:でもですよ。

  それら所謂「リアルが充実している人達のラブラブなクリスマス」は、

  私達のような、「クリスマスに働いている可哀想な人達」の存在が無ければ成り立たないんですよ!

  ざまぁーみろとは思いませんか先輩!

  どう思いますか!


男:溢れんばかりの偏見が入ってるし、クリスマスに働いてる人達がみんな可哀想ってわけじゃないから、

  とりあえず先に謝った方が良いかなって思う。


女:ごめんなさい。


男:よろしい。

  それで?


女:それでですね。

  クリスマスに予定が入っている人なんてのは星の数ほどいて、その内容も様々じゃないですか。


男:そりゃあ勿論、そうだろうね。

  僕らは、それがアルバイトであるわけだけど。


女:でもですよ?

  考えてもみて下さい。

  高級レストランに行くならば、そこのウェイター、シェフ、その他色んな人。

  ホテルに行くなら、フロントだったり、清掃員だったり、その他色んな人。

  テーマパークに行こうがイルミネーションを観に行こうが、どこで何をしようが、

  結局それらは、その日その場所で働いている人達がいるから可能なわけですよ。

  そうでしょ?


男:当たり前のことだけど、そうだね。


女:だから、今日こうやってこの場所で、飽きもせず悪態も吐かずに、

  健気にコンビニのアルバイトに勤しんでいる私達は、憐れまれるどころか、

  むしろ感謝されるべきなんです。

  賞賛されるべきなんです。

  ましてや偶々恋人がいて、偶々今日デートに託つけられたからって、

  そういう相手も予定も無い人を見下すような目をするのは、違うだろって主張したいんです。

  この時間まで働いている私達がいて、この時間まで開いているこの店があるから、

  いざとなっても、どうにかなるんだろうと。

  ……何がとは言いませんが。


男:まあ健気かどうかは置いといて、悪態を吐かずにっていうのは、今まさに自分から矛盾させてるよね。


女:ぎくり。


男:何となく言いたいことは分かるけどさ、被害妄想なんじゃないかって言葉を敢えて堪えて、

  世のカップル達が、僕達をそういう目で見るのは違うんじゃないかって思うのと同じように、

  僕達が世のカップル達をそういう目で見るのも、違うんじゃないかって思うよ。

  君がどうかまでは知らないけど、少なくとも僕は、そんな風に考えた事も無ければ、感じた事も無いしね。

  クリスマスだから、特別な日だからって、何か特別な事をするのを義務付けられてるわけじゃないんだから、

  誰がどこでどう過ごそうがその人の勝手で、個人の自由じゃないかって、僕は思うね。


女:うーーん……

  正論は正論なんですけど、そう言ってしまうと、元も子も無いというか……

  やっぱりこう、一年に一回しか無いイベントってなると、何となく気分も浮かれるじゃないですか。


男:その気持ちは分からないでもないけど、国柄もあるんじゃないかな。

  世界中探しても、この国くらいだと思うよ、そんな年がら年中イベントに躍起になってるのは。

  宗教とか、そういう厳しい戒律とかが無いから出来るんだろうけどさ。


女:まあ、言われてみればそうですよね。

  クリスマスはざっくり言えば、キリスト教が元だし、それに浮かれてたかと思えば、

  その一週間後には日本人らしく着物着て、神社に初詣行ったりしてますもんね。


男:もっと言えば、その2ヶ月前には、ハロウィンでお祭り騒ぎしてるでしょ。


女:ハロウィンも、キリスト教じゃなかったでしたっけ?

  かぼちゃの、なんか……ジャック・オ・ランタンが、どうのこうの。


男:違うよ。

男:キリスト教じゃなくてドゥルイド教。


女:へ?

女:どぅ、ドゥルイ?


男:ドゥルイド教。

  二千年以上昔の、古代ケルト民族の宗教でね。

  その宗教の儀式の一つとして、サウィン祭っていうのがあったんだ。

  どういうものなのかは、説明してたら長くなるから省くけど、一言で言えば、日本で言う所のお盆。

  ただ日本と違って、先祖や死者の霊の他に、悪霊だったり精霊だったり、

  良くない物も一緒にやって来てしまうと思われていた。

  特に悪霊なんて、色んな意味で害そのものであると考えられていたから、

  悪霊達を驚かせたり、追い払う為に、仮面を被って魔除けの焚き火をするようになった、と。

  で、その文化がどこでどう捻じ曲がったかは分からないけど、

  思い思いの仮装だのコスプレだのをして、

  「トリック・オア・トリート」って言えばお菓子が貰える日、みたいにまでなった。

  今となっては、宗教的な意味合いは、ほとんど無いらしいよ。


女:へ、へぇ~……


男:あ、付け加えると、ハロウィンってクリスマスイブと同じで、所謂、前夜祭なんだよ。

  諸聖人の日の。


女:しょ、しょせいじん?


男:ああ、知らない?

  諸聖人の日っていうのは……


女:す、ストップストップ!


男:なに。


女:なに、じゃないですよ。

  急に饒舌になったかと思えば、猛烈にハロウィンについて話し出して……

  先輩普段無口だから、そのギャップにびっくりして、大半頭に入ってこなかったですよ。


男:こういうのが好きなだけだよ。

  逆に言えば、由来とか起源も知らずになんとなくで楽しむなんて、烏滸がましいって思うってだけ。


女:お、烏滸がましいですか。


男:そうだよ。

  最たる例として、君の今の格好。


女:サンタクロースですか?

  この時期だけ、制服の代わりにこれ着ても良い決まりなんですよね、ミニスカサンタ。

  可愛くないですか?


男:可愛いよ。

  可愛いけど、そういう話じゃなくて。


女:どういう話ですか?


男:そもそも、サンタクロースの起源になった人の名前知ってる?


女:え、起源とかあるんですか?

  てっきり、なんか童話とかそういうので作られた空想上の人物が、

  思いの外ウケが良くて、世界規模で広まったものかと……


男:教父聖ニコラオス。

  「ミラのニコラオス」って言えば分かるでしょ。


女:いや、ちょっと何を言ってるのかさっぱり……


男:説明しようか?


女:いや、いいです。

女:また長くなりそうなので。


男:ああ、そう?

  ……まあ、結局そういうことだよ。

  日本人はイベント好きだから、面白そうな事はどんどん取り入れるけど、

  その由来とか起源とか、そういう根本的な所は、大して重要視しない。

  だから、本来の物とは所々ズレていたり、矛盾が生まれてしまったりしてる。

  とはいえ、そうは言っても、そんな事を気にする人もそうそういないし、

  ましてや、宗教的な面でそういう細かい所をしっかりやらなきゃいけない、みたいな決まりも無いから、

  要するに、楽しんだもの勝ちなんだよね。

  細かい事を気にしたら負けだって。


女:そうかもしれないですねー。

  実際私も、正直ここまで語ってもらって言うのもあれですけど、由来とか起源とか、どうでもいいし。


男:だろうね。


女:真顔でだろうねって言われると、それはそれで傷付きますね……

  ……ときに、先輩。


男:ん?


女:えっと……

  この後、何かご予定は?


男:この後?

  シフト終わったらって事?


女:はい。

  友達と飲み会ーとか、家族やら親戚と忘年会ーとか。


男:無いよ。

  あったとしても、僕完全な下戸だし、専らハンドルキーパー。

  仕事終わったらいつも通り、帰ってご飯食べて、風呂入って寝るって感じだけど。

  なんで?


女:いや、もしよかったら、ささやかながらでも二人でクリスマスパーティーとか、

  やらないかなーって、というか、やりたいなーって思って……

  ……ほら、去年こっそり、ケーキ取り置きとか、してくれてたじゃないですか。

  今年はそれに合わせて、唐揚げとフライドチキンを……

  こう……ほら。


男:……ああ、なんでお客さんほとんどいないのに、新しく揚げてたのかと思ったら、そういう事か。


女:そういう事です。

  大丈夫ですよ、責任持って私が全部お買い上げしますから。


男:僕が今年はケーキを取り置いてなかったら、どうするつもりだったの?


女:その時はその時ですよ。

  都合良くしか考えてなかっただけ、とも言えますけど。


男:ふーん……


女:……やっぱり、流石に、こんな急にはダメでした?


男:……いや、良いよ。

  判を押したようないつも通りの毎日が好きだったけど、たまにはこういうのも悪くない。


女:先輩って、見かけによらず、たまにキザですよね。


男:どういう意味?


女:なんでもありませーん。


男:それを言ったら君こそ、何だかんだで、そういうイベントに憧れてたみたいじゃないか。


女:私は一言も、嫌いだなんて言ってないですよ?

  ただ単純に、そういうのを思う存分、好きな人と楽しめてる人はいいなーって思ってただけです。


男:で、羨ましいなって思ったと。


女:はい。


男:で、どうせならその相手は僕が良かったと。


女:はい。

  …………あ。


男:正直でよろしい。


女:あああああああああああ!!

  無し無し無し!!

  今の無しにして下さい!!

  聞かなかった事にして下さいぃ!!


男:え、なんで?

  遠回しに言われるより、よっぽど分かり易くて、僕は好きだよ。


女:……やっぱり、先輩はだいぶキザですよ。

  そんでもって、思ってた以上に、どうしようもないくらい意地悪です。


男:そうかな。

  普段表に出さないだけで、割と中身はこんな感じだけど。

  見損なった?


女:……さあ、どうでしょうね。


男:何それ。

  中途半端に勿体付けるね。


女:なんでもありませんからー。

  意地悪な人には教えてあげませーん。


男:ああ、そう。

  ……それじゃ、今日も最後までちゃんと仕事してくれたら、御褒美あげる。


女:何ですかそれ。

  それは所謂あれですか、クリスマスプレゼントっていう代物ですか。


男:その時までのお楽しみ。


女:えー……

  ……ま、いっか。

  今年は私も、してもらってばっかりじゃありませんからね。


男:へえ。

  それは所謂あれかな、クリスマスプレゼントっていう代物かな。


女:その時までのお楽しみです。


男:……なるほど。

  言われてみると、なかなかに意地悪だね。


女:でしょう。

  お返しですよ。

  それにそこは、だいぶ、の間違いじゃないですか?


男:さあ。

  そういうのは、自分じゃ分からないからね。

  ……さて、と。

  急に予定も出来たことだし、さっさとやる事やっちゃおうか。


女:そうですね。

  ……あ、またぼちぼちお客さん来始めましたね。


男:いらっしゃいませー。


女:いらっしゃいませー、こんばんはー。


男:ただいまクリスマスセール開催中でーす。

  いかがでしょうかー。


女:いかがでしょうかー。


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