TAIYAKIT
(関連作品)
1・TAIYAKI
2・TAIYAKIT
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(役表)
田井(たい)♂:
飯屋(いいや)♀:
矢木(やぎ)♂:
庵(いおり)♀:
椋入(むくいり)♂:
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田井:えー、では今日も始めていこうと思います。
飯屋:これ何回目?
矢木:今回で、第172回。
庵:律儀にちゃんと数えてるの、素直に感心するわ。
椋入:律儀にちゃんと参加してるのも感心されるべき。
飯屋:みんな暇だからね。
矢木:他に一緒に遊ぶ友達とかいないの?
田井:お、喧嘩か?
言い値で買うぞ、支払いはグーパン一括払いで。
庵:もはや飛びもしないブーメランで殴り合うだけの不毛な争いだよ。
椋入:人は皆最後は孤独、一時的な馴れ合いなんて後で虚しくなるだけ。
矢木:涙拭きなよ。
飯屋:で、今回は何?
珍しく何か道具まで持ち出してきて。
田井:あれ、俺説明しなかったっけ。
庵:説明はされてないね。
「お前達が思う本当のたい焼きを持ってこい」、とは言われたけど。
飯屋:うん、意味が分からなかったから、普通にたい焼き買ってきた。
お腹空いてたし。
田井:思考放棄するなよ。
それなりに長い付き合いなんだから、言葉に込められた真意というものを汲み取る努力をだな?
矢木:え、僕も右に同じくなんだけど。
庵:左に同じく。
椋入:両隣に同じく。
田井:お前らなあ……
飯屋:てっきり、味の好みの話でもするのかと思って。
田井:そんなの、世間に出回ってる一般的なたい焼きの味なんて、
種類の数自体たかが知れてるんだから、議論も何もしようが無いだろ。
ちなみに、じゃあ何味を買ってきたのか言ってみろ。
矢木:僕は粒あんを買ってきた。
飯屋:私抹茶。
庵:こしあん。
椋入:カスタードクリーム。
田井:ほら見ろ。
揃いも揃って当たり障り無さ過ぎて、どうにも広げようが無いじゃないか。
せめて一人くらい、変な中身のやつ買ってきてあれよ。
庵:変な中身って、例えば?
椋入:魚肉入りたい焼きとか?
飯屋:シンプルに気色悪い。
矢木:そもそも、本当のたい焼きって何?
今のたい焼きは、たい焼きじゃないって事?
庵:いや、たぶんそんな深い意味は無いと思うよ。
いつもそうでしょ。
椋入:なんか取り敢えず、各々でオリジナルのたい焼きを作って、
それで品評会みたいなのをやりたいのかなって、一回思ったけど。
田井:正解だ。
椋入:正解なんだ。
田井:お前だけだよ、まともに俺の話を取り合ってくれるのは。
でも正解してるお前ですら、持ってきたのは市販品のたい焼きだもの。
がっかりだよ。
椋入:そんな勝手に株の上げ下げをされても。
矢木:でも、たい焼きって、いつぞや議題にしたこと無かったっけ?
第何回か忘れたけど。
飯屋:そういえばそうね。
まあ、椋入くんは欠席だったけどね。
庵:その時は、どこから食べるかだったっけ、確か。
ちなみに椋入くんって、たい焼きどこから食べる派?
椋入:どこからって言われてもね、いつも丸呑みするからさ。
矢木:丸呑み。
庵:また新しい勢力が出たね。
椋入:強いて言えば、尻尾からが一番喉越しが良いけど。
飯屋:たい焼きの食べ方の話で、喉越しって単語が出るとは思わなかったわ。
椋入:でも、珍しいよね。
どんなにくだらなくても、議題が被る事は無かったのに。
庵:くだらなさ過ぎて被せようが無かったとも言う。
椋入:たい焼きに何か、特別な思い入れでもあるの?
親でも殺された?
矢木:たい焼きで死ぬって、どうやって?
飯屋:撲殺?
庵:それはもう、たい焼きの形をした鈍器なんだよ。
椋入:窒息死?
矢木:たい焼きで?
飯屋:餅とか入れたら、死ぬんじゃない?
椋入:まあ、餅自体がそもそも、窒息事故が多い食べ物だしね。
庵:というか、餅が入ったたい焼きは、普通に美味しそうではあるよね。
飯屋:大福たい焼きってこと?
矢木:そんなのあったっけ?
椋入:市販品の大福を、たい焼きの生地で包んで焼くんでしょ。
アリだと思うよ。
庵:今度作ってみようかな。
椋入:でも、それで人は殺せないと思うんだけど。
矢木:殺傷力は求めてないんだよ。
確かに話の始まりはそうだったけども。
飯屋:じゃあ、どうやって殺されたの?
田井:俺の両親は健在だよ、勝手に殺すんじゃない。
俺を仲間外れにしてる時の方が遥かに饒舌じゃないか、お前達。
乱れが無さ過ぎて、割って入る事すら出来なかったわ。
飯屋:で、じゃあ何なの。
あんたの言うところの、本当のたい焼きって。
田井:よし、やっと本題か。
議題を明かす前にだ、たい焼きにはひとつ、根本的な問題があると思っているんだが。
何だか分かるか?
矢木:根本的な問題……
椋入:とうとうたい焼きを根本的にとかから議論しようとし始める辺り、
やっぱり親とか殺されてるでしょ。
田井:殺されてない。
隙あらば話の腰を折ろうとするな。
庵:じゃあ、どこなら折っていい?
頚椎あたり?
飯屋:死ぬでしょ。
矢木:死ぬね。
椋入:まだ腰の方がマシだね。
田井:はい、もう早速話がぎっくり腰起こしました。
話が足腰立たなくなる前に戻すぞ。
根本的に問題がある所とはどこか。
それは、名前だ。
庵:名前。
椋入:……なんで?
矢木:そのこころは?
田井:良いか。
たい焼きの中身は、主に何だ?
庵:まあ、一般的にはあんこじゃない?
飯屋:若しくはクリームね。
椋入:抹茶も美味しいよね。
田井:そう。
たまに店や時期によっては、ちょっと個性的な具が入っていたりもするが、
一番よく見かけるあんことカスタードクリームあたりが王道、基本の「き」と呼んで差し支えないだろう。
では、たこ焼きの中身は?
矢木:たこ焼きどこから出てきた?
庵:そりゃあ、たこだよ。
たこが入ってなきゃ、たこ焼きじゃないじゃん。
田井:それだ。
庵:え?
矢木:あ、察した。
椋入:そういう事か。
飯屋:しょうもな……
田井:たこ焼きはたこが入っていなきゃ、たこ焼きではない。
その通り、正論だ。
ならば、たい焼きはどうだ?
鯛が入っていないくせして、鯛を焼いた物を名乗っている、
にも拘わらず、それに対して、表立って異を唱えている奴は全くいないだろう。
なればこそ、俺がそこに満を持して、一石を投じてやろうと思ったわけだ。
というわけで、はい。
飯屋:何これ。
田井:鯛。
矢木:買ったの?
田井:買った。
庵:一尾丸ごと?
田井:一尾丸ごと。
椋入:この為だけに?
田井:この為だけに。
飯屋:どおりで、何か生臭いと思った。
矢木:せめて下処理してから持ってきてよ。
庵:というか持ってこないでよ。
椋入:可哀想。
飯屋:生物虐待。
田井:まあ待て、最後まで聴け。
全員で寄ってたかって、そう間髪入れずに言葉で刺突してくるんじゃない。
鯛をそのまま焼いて「たい焼き」を称するのは無理があるのは、流石に俺でも分かる。
俺が言ってるのは、あくまでも中身の話だからな、
世間一般で言うところのたい焼きの見た目は、最低限守るさ。
だから俺がやるのは、生地の中にあんこだのクリームだのなんて甘ったるい物じゃなく、
鯛の身やら骨やら内臓やらまで、鯛一尾の中身を余すことなく全て移植し、
そしてそれを、たい焼き焼き器で焼く。
そうして完成する代物こそが、「本当のたい焼き」と言えるのではないだろうか?
飯屋:なんでそこは無理があると思えなかったのよ。
矢木:生まれて初めて、魚に対して心から不憫という感情を抱いたよ。
庵:ていうか、魚肉入りたい焼きじゃん。
正解したよ。
椋入:福引きで家で使ってるやつと違う銘柄の洗剤セットが当たった時くらい嬉しくない。
矢木:わあ、生々しい。
田井:魚だけに?
飯屋:うるさい。
田井:ごめんなさい。
矢木:まあ、要するに鯛を焼くだけなんだから、不味くはないだろうけど。
生地が何もかも邪魔をすると思うな。
一緒にあんこを入れようものなら、冒涜級のゲテモノになるけど。
庵:ていうか、普通に鯛だけ焼いて食べたい。
飯屋:たい焼きって言われてそれ渡されたら、無言で殴るかもしれない。
椋入:殺害方法は、撲殺とみられています。
矢木:凶器は、たい焼きのような何かです。
飯屋:現場には、魚肉が散乱しています。
庵:喉には、餅らしき物も詰められています。
田井:少し風変わりなたい焼き作っただけで、それに対する制裁が死って重過ぎるだろ。
何事も、ものは試しだろうが。
これでもし美味かったら、お前ら全員、逆たい焼きの刑だからな。
矢木:え、なにそれ怖。
意味が分からないぶん妙に怖い。
田井:あんこで生地を包んで、たい焼きを模した形に焼いた物を目一杯食わせる刑だ。
向こう1年は、あんこを見るだけで嫌な気分になるぞ。
椋入:やられた事あるんだ。
飯屋:何その、出来損ないのおはぎみたいなの。
庵:なんか、食べたら凄いやるせない気分になりそう。
矢木:で、だからたい焼き器も一緒に持ってきたと。
お願いだからその周到さを、もっと別の所で働かせて欲しい。
田井:ん、それは違うぞ?
矢木:え、なにが?
田井:たい焼きを焼く道具なんだから、「たい焼き焼き器」だろ。
たい焼き器って言ったら、単に鯛を焼く道具じゃないか。
椋入:今この場においては、それで合ってるけどね。
飯屋:たい焼き焼き器っていうか、たい焼きを焼く機械なんだから、
「たい焼き焼き機器」じゃない?
田井:なんて?
矢木:で、それをでっかくすると?
田井:え、なに、えーっと。
「大(だい)、たい焼き焼き機器」……?
庵:更に、それを曖昧にすると?
椋入:「だいたい大たい焼き焼き機器」。
では、それを売ってる店は?
矢木:「だいたい大たい焼き焼き機器屋」。
そして、その店をでっかくすると?
飯屋:「大だいたい大たい焼き焼き機器屋」。
はい、じゃあこれを土佐弁で。
庵:「大だいたい大たい焼き焼き機器屋やき」。
飯屋:(同時に)イェーイ。
矢木:(同時に)イェーイ。
庵:(同時に)イェーイ。
椋入:(同時に)イェーイ。
田井:おいおいなんだなんだ、俺より遥かに意味の分からん次元で随分楽しそうじゃないか。
大だいたい大たい焼き焼き機器屋やきは一旦置いといてくれないか。
……しかし、もしかしなくてもこれ、結構時間かかるか?
矢木:そりゃそうだよ、圧倒的に火力足りないもん。
庵:鯛だけでも焼いた状態で持ってくれば良かったのに。
飯屋:というか、完成形だけ持ってくれば良かったのに。
椋入:というか、普通のたい焼きで良かったのに。
田井:おう、最終的に元も子も無い事を言うな。
仕方無いから、お前達は先に帰っていいよ。
俺はこれを完成させて、実食した上で、明日感想を聞かせてやるから。
矢木:あ、よく分かったね、僕達がもう帰りたいって。
田井:うん、だってもう全員、議題発表した時点で帰り支度万全だもの。
敢えて何も言わなかったけどさ。
庵:流石、心配りが出来る議長。
田井:ありがとう。
そう思ってくれているなら、お前達はもっと、俺に優しくなってくれても良いんだぞ。
どうせならたまには、お前達から議題を提案してくれても、
飯屋:じゃ、お疲れ。
矢木:お疲れ様ー。
庵:じゃね。
椋入:また明日。
田井:清々しい程に無視しやがって。
何が大だいたい大たい焼き焼き機器屋やきだよ。
たい焼きと、たい焼きをこよなく愛する全ての人と、土佐の人に謝って回れ。
俺はこれで、たい焼き界に革命を起こすんだからな。
今に見てろよ。
(間)
飯屋:……っていうやり取りを、昨日したと思うんだけど。
矢木:したね。
凄い焼き魚の匂いが篭ってるから、本当に最後までやってたっぽいね。
庵:換気しようよ。
椋入:窓開ける。
飯屋:で、なんで議長は居ないの?
椋入:死んだ?
庵:たい焼きで?
矢木:あれ、なんだこれ。
飯屋:ん、どうしたの?
矢木:いやほら、なんか、机に赤い文字が。
椋入:なんて書いてある?
矢木:……シ、
庵:ガ、
飯屋:テ、
椋入:ラ。
矢木:なんで、こんなダイイングメッセージみたいに書いてあるの。
庵:ていうか、このダイイングメッセージ生臭いんだけど。
椋入:鯛の血で書いたんじゃないの。
飯屋:そんな馬鹿なって言いたいけど、あの馬鹿ならやりかねないわね。
で、シガテラって何?
矢木:なんか、毒の名前じゃなかったっけ。
庵:鯛に毒とかあるの?
椋入:そりゃあ、魚介類はだいたいあるんじゃない?
知らないけど。
飯屋:つまり何、食中毒起こして休みってこと?
矢木:たぶん。
椋入:お悔やみ申し上げます。
庵:死んではいないと思うよ。
飯屋:……どうする?
なんか、馬鹿馬鹿しいと思いながらも、結局全員毎日集まってたから、
何も無いと逆にどうしたら良いか、判断に困るんだけど。
矢木:確かに。
まあ、議長が居ないんじゃ仕方無いし、このまま解散しようか。
飯屋:そうね。
ダイイングメッセージの掃除は、やった本人に任せましょう。
庵:あ、じゃあ、たい焼きと大福買いに行こうよ。
大福たい焼き試したい。
椋入:そんなに気になってたんだ。
飯屋:それじゃ、明日感想聞かせて。
私はまっすぐ帰るわ。
庵:あ、そう? 残念。
矢木:僕も、今日はちょっと用事あるから。
お疲れ。
飯屋:お疲れ様。
庵:じゃね。
椋入:また明日。
田井:……お見舞いに来いよ!!!
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