Sugarless

(関連作品)

1・Milky Night

2・Sugarless

3Bittered


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(役表)

男♂:

女♀:

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女:いらっしゃいませー。

  すみません、今日はもう閉店で、

  ……あ。


男:よう。

  久し振りだな、嬢ちゃん。


女:……お久し振りです、隊長。


男:おいおい、こんな所でまで「隊長」はねえだろ。


女:それなら、そちらこそ今になってまで、「嬢ちゃん」はやめてください。


男:……はは、変わんねえな。

  そういう気の強いところも、あの頃のまんまか。


女:お陰様で。


男:コーヒー1杯もらっていいか?


女:……もう閉店なんですけど。

  1杯だけですよ?


男:ああ。

  しっかし、久し振りにこの街に来たが、随分と復興したもんだな。


女:ええ。

  無事に戦争が終わって、戦火が延びてくる事も無くなりましたから。

  これも、隊長と一緒じゃなきゃ、きっと出来なかったと思います。


男:だーから、隊長はやめろっての。

  少なくとも、お前さんはもう前線を退いて、こうやって喫茶店のマスターやってる、

  どこにでもいる、ただの嬢ちゃんだろ?


女:すみません。

  でも、あなたには隊長っていう呼び方が、私には一番しっくり来るんです。


男:そうかい。


女:コーヒー、砂糖はいくつ入れます?


男:ブラックでいいよ。

  甘いのはどーも苦手でな。


女:そうですか。


男:……何入れてんだ?


女:え?

  ああ、塩ですよ。


男:塩ぉ?

  おいおい、砂糖と間違えるにしたって無理があるだろ。


女:あら、知らないんですか?

  コーヒーに塩って、割と合うんですよ。

  個人的にはオススメなんですけど、試してみます?


男:いや、遠慮しとくよ。


女:……はい、どうぞ。

  それにしても、どうして突然この街に?


男:んー、まあ、偶然近くを通り掛かったっていうのもあるが、

  またしばらく、忙しくなりそうだからな。

  平和な世界で成長した嬢ちゃんの姿を、今のうちに拝んどこうと思ってよ。


女:……隊長は、まだ、戦ってるんですか?


男:当たり前だろ。

  俺みたいな甲斐性なしにゃあ、それくらいしか出来ねえんだ。

  傭兵から戦争とっぱらったら、名前も骨も、何にも残らねえっての。


女:でも……戦争はもう、終わったんですよ?

  隊長は一体、何と……


男:終わっちゃいねえよ。


女:え?


男:お前さんにとっての戦争は、もう終わったのかもしれねえ。

  けどな、俺達の戦争が終わるなんてのは、俺達が生きている限り、絶対に有り得ねえんだ。

  若しくは、人類が滅亡するまでは、な。

  人間なんてもんは、つまんねえことで争う生き物だからよ。


女:そんな……


男:……それに、だ。

  嬢ちゃんの戦争だってよ、本当に、終わってんのか?


女:……え?


男:嬢ちゃんが戦う理由は、自分の故郷を焼き尽くし、

  家族を皆殺しにした王都、そして王への復讐……だったっけか。


女:……はい。

  事実、王は処刑され、諍いはほとんどおさまった。

  私はそれで、仇は討てましたし、戦う理由は成就したんです。

  ……家族の墓前にも、もう戦うことは無いだろうって、誓いましたから。


男:……まあ、表面上はおさまってるように見えるよな。

  けど、やっぱり嬢ちゃんは、戦争の仕組みってモンが分かってねえ。

  どれだけ綺麗サッパリ片付けたように見えたって、焼いた場所にゃあ必ず煙が立つ。

  そんな、誰も気にも留めないような、ちっぽけな一筋の煙が、

  次の戦争の狼煙になっちまうんだよ。

  ……実際、お前さんの戦争だって、まだ完全に終わっちゃいねえ。

  俺にはまだ、黒煙がもくもく上がってるように見えらあ。


女:……どういう、ことなんですか。


男:嬢ちゃん、さっき俺がなんでこの街に来たのかって聞いたろ。

  理由は、もうひとつあってな。

  ……懐かしかったんだよ、ここが。


女:ここが?


男:……ありゃあまだ、俺が傭兵になって、そんなに経ってない頃だったか。

  当時は今みたいに、戦場の最前線で、ドンパチやるような身分じゃなくてな。

  まあ、もう少し、良いとこにいたわけだ。


  ある時、急に呼び出されたかと思えば、突然の実地訓練、とだけ伝えられた。

  予告無しに実地訓練なんざ、普通はまずやる筈は無いんだが、

  下っ端の兵は、上官が何を言おうが「Yes, sir.」しか返しちゃいけねえ決まりだ。

  特に何を聞くわけでもなく、命令通りに出撃した。

  意外かもしれねえが、俺は元飛行機乗りでな、とある国の空軍に配属されてたんだよ。


女:……それが、何か……?


男:……最悪な訓練だったよ。

  後から気付いたんだ、ありゃぁ、訓練とは名ばかりの、ただの虐殺行為だったって事に。

  言った通り、まだ配属されて日も浅いヒヨっ子共なら、脈絡も無い指令だろうが黙って従うし、

  どこに行かせて、何をさせようが不思議がる事なんて無い。

  都合の悪い作戦に使うには、絶好の道具だったわけだ。


  まだどこに何があるのかすら知らない俺達は、何も知らされないまま、

  ただ言われた通りに、言われた場所に、言われた数の爆弾を落とした。

  ……そこが、普通に人が暮らしてる街だったって知ったのは、

  数週間経って、クソッタレな勲章を与えられてからだった。


女:……まさか……!


男:そのまさか、さ。

  お前さんの故郷を焼いたのも、お前さんの家族を殺したのも、

  お前さんが、本当に殺さなきゃいけなかったのも、王都でもなけりゃ、王でもねえ。

  ……嬢ちゃんの戦争の、始まりも、終わりも。

  全ての元凶は、この、俺だ。


女:っ!!!

  (カウンターからリボルバーの銃を取り出し、男へ銃口を向ける)


男:……はは。

  平和ボケしてるかと思いきや、何だかんだで健気に俺の言い付け守ってんだな。

  「いついかなる時も、兵士であれ」。

  そんなトコに銃を忍ばせておくとは、流石の俺も読めなかったよ。


女:……どうして。


男:ん?


女:どうして、言ってくれなかったんですか……!!


男:言ったら、お前は俺を殺せたのか?


女:……っそれは……!


男:俺は口下手だし、不器用だからよ。

  本当は何よりも先に伝えるべきだった事を、お前さんに言う事が出来なかったんだ。

  家族のために、故郷のためにって息巻いて戦ってる嬢ちゃんは、あまりにも純粋過ぎたからな。

  出会った時から、こんなろくでもねえ俺を信用しきってた嬢ちゃんに、

  残酷極まりない、理不尽な現実を突きつけたら、壊れちまうんじゃないかってな。


  ……そんな勝手な理由で、結局言い出せずに、戦争は終わっちまった。

  いっそ、俺が死ぬ時にでも、辞世の句ついでに教えてやろうか、とも思ったんだがな。

  無駄に悪運が強いせいで、それも叶わず。

  その結果が、今の、このザマだ。


女:……ずるい。

  ずるい、ずるい……!

  ずるいですよ、そんな!!

  今更、そんなこと言われたって……今更……!

  隊長を……あなたを殺すことなんて、私には出来ません!!

  私は、何も変われてなんかいない!

  そんな……そんな現実を、受け入れることなんて!

  今の私にだって、できるわけ無いじゃないですか!!

  今こうして、あなたに銃口を向けていることすら、どんなに辛いか……!!


男:……甘ちゃんだな、相変わらず。

  ここが訓練所なら、その情けねえ顔を引っ叩いて、外周20周の刑ってトコか。

  嬢ちゃん、部隊一バカ真面目だったお前さんなら、覚えてるだろ。

  俺は、こうも教えた筈だぜ。

  「一度銃口を向けたのなら、相手がたとえ肉親であろうと、躊躇わずに引き金を引け」って。


女:……っ!!


男:……さあ、撃てよ。

  お前は、俺を撃っていい。

  お前には、俺を殺す権利がある。

  嬢ちゃんの戦争を終わらせたいのなら、俺を殺して、

  それでやっと、めでたしめでたし……だ。


女:………………


男:………………


女:……分かりました。

  今まで、お世話になりました。

  ……お達者で、隊長。


男:最後の最後まで、隊長、なんだな。


女:ええ。

  ……さよなら。


(銃声、間)


男:………………


女:………………


男:……なんで、外した?


女:外してません。

  私は間違いなく、本当の仇を撃って、今度こそ、私の戦争を終わらせたんです。

  ……私の故郷を焼いて、私の家族を奪った、私の戦う理由……

  「あの日の隊長」は、もう、いません。

  今私の目の前にいるのは、ただの、「一人の傭兵さん」です。


男:………………


女:いいですよ、笑いたければ笑ってください。

  あなたの言う通り、平和ボケした私には、これくらいしか……思い付かなかったんです。


男:……馬鹿だな。

  部隊一どころじゃねえ、世界屈指の大馬鹿野郎だ。


女:お褒めに与り光栄です。

  ……それで、あの。


男:ん、もうこんな時間か。

  そろそろ行かなきゃな。


女:え……


男:悪いな、コーヒー代、ツケといてくれ。


女:あの!


男:……嬢ちゃん、傭兵ってのはな。

  いつだって、大事な人を待たせるか、置いていくか。

  そのどっちかしか出来ねえんだ。

  ましてや、人様を幸せになんて出来やしねえ。

  ……やめときな。


女:でも……でも!

  私には……!


男:なぁ。

  俺と嬢ちゃんと一緒に戦ったやつら、覚えてるか?


女:え……はい、もちろん。


男:そいつら、今、何してると思う?


女:……さあ……


男:死んだよ、一人残らず。


女:!


男:だからこそ、尚更俺は、戦って、戦い続けていかなきゃならねえ。

  ろくでなしを束ねて、ろくでもねえ戦争で、何人も何人も殺してるろくでもねえ奴が、

  人並みの幸せなんて、手に入れちゃいけねえんだ。

  一生な。


女:………………


男:……けど、そうだな。

  少なくとも、死んじゃいけねえ理由くらいは、今ならある……か。

​  えーと、嬢ちゃん、今いくつだったっけ?


女:は、はい?

  なんですか、急に。


男:いやなに、散々カッコつけた物言いしたが、俺も、あれだ。

  そういうのに、憧れみたいなのが無いわけじゃねえんだ。

  家族の為に戦い、家族の為に生きて帰るなんてのも、悪くはねえのかな、って。

  そう思えてきたわ、お前さんの顔見てたら。

  ……もっとも、嬢ちゃんにそうなるつもりがあるんなら、だけどな。

  嬢ちゃんが相手なら、先に逝ったあいつらも、まあ納得してくれるだろ。

  あー、でも副長あたりにゃ、2、3発はブン殴られそうだ。


女:……え、あの、それって……


男:さあて。

  そんじゃ、今度は地の果てで、またドンパチやってくらぁ。

​  ……ああ、そうだ。

  運良く生き残れたときは、もう一回来させてもらおうかな。

  そんときは、またコーヒー1杯飲ませてくれ。

  砂糖抜きの、塩入りのやつ。

  さっきの答えは、そん時で良いからよ。

女:……はい。

  準備、しておきます。

  あの、……それじゃあせめて、一言だけ、言わせてください。


男:ん?


女:……行ってらっしゃい。


男:……ああ。

  行ってきます。


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