Milky Night

(関連作品)

1・Milky Night

2・Sugarless

3・Bittered


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(役表)

男♂:

女♀:

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女:(扉をノックする)

男:はいはい、どーぞー。

女:……こんばんは。

男:ありゃ、これは珍しい。

​  ……どした、随分早起きじゃねえか、まだお日様も昇る前だってのに。

​  今日明日はオフだから、体休めとけって言わなかったっけか?

女:いえ、それは知ってますけど……何となく。

​  というか、それを言うなら、隊長こそじゃないですか。

男:俺はオフの日こそ早起きだぜ?

​  どっかの国じゃ、「早起きはサンモンの徳」、とか言うらしいからな。

​  今生きてる24時間を目一杯活用しなきゃ、勿体無いだろうよ。

女:そういうもの、なんですかね。

男:お前さんも、あと10年もすりゃ、分かるようになるさ。

女:はあ。

  ……隊長、読書とかされるんですね。

男:ま、嗜む程度には、な。

​  それより、いつまでそんなとこ突っ立ってんだ?

  寒いだろ、入りな。

女:あ、はい。

  お邪魔します。

  (入室、椅子に座る)

  ……はぁ。


男:ほいよ。


女:……?

  なんですか、これ?


男:ホットミルク。

  コーヒーは、まだ嬢ちゃんには早いからな。


女:あっ、また子ども扱いして……


男:ははっ、子どもは子どもだろ?

  俺がこんな気前よく飲み物出すなんざ、滅多に無いんだ。

  ありがたく飲んどけ。


女:またそんな事……

  いただきます。

男:…………


女:…………


男:……で?

​  何日寝てない。

女:え?

男:なんか、話したかったんじゃねえのかい。

​  そんなご立派なクマ拵えてよ。


女:え、ああ……えっと。


男:おいおい、忘れてたのかよ。

​  夢見半分でここまで来たのか?


女:違います。

  ……その、いよいよ、明日ですね……って。


男:あー、そうだな。

  いよいよ明日、敵さんの主力との正面衝突ってェわけだ。

  なんだ、今更怖気づいてんのか?


女:……それは……正直に言えば、怖いですよ。


男:ま、そうだろうな。

  俺や他の奴らはともかく、嬢ちゃんはこっちに来てから、まだ日も浅いしな。


女:日が浅いって……

  私、もう2年は前線で戦ってますよ、隊長。


男:そんなんじゃァ、まだまだヒヨっ子だよ。

  それに、お前さんは俺達、特に俺みたいな奴とは、根本的に人種が違う。


女:どういう、ことですか?


男:例えば……そうだな。

  嬢ちゃん。


女:はい。


男:お前さんは、何の為に戦ってる?


女:何の為に……ですか。


男:まあ、誰の為にだの、何かを、もしくは誰かを守る為に、だの。

  なんだっていい。

  要は、「今こうして、最前線で戦ってる理由はなんだ」、って質問だ。


女:……そういえば、隊長とはそういう話、したことありませんでしたね。


男:まあな。

​  話したくないようなら、無理には聞かねえが。

女:いえ、大丈夫です。

  私は、……家族の仇を討つために、ここに志願したんです。


男:……ほう。


女:私は元々、軍部に家族がいたわけでも、何か特別な訓練を受けていたわけでもありません。

  自分の家が果物を取り扱っていて、店の手伝いをしていたんです。


男:それじゃあ、アレか。

  嬢ちゃん元々は、農家の出か。


女:はい。


男:へえ。

  嬢ちゃん、出身はどこだったっけか。


女:……南区です。

  ワー・ヴェリタニアの。

​  と言っても、その領地の中でも、本当に小さな村でしたが。


男:ワー・ヴェリタニア……

  15年前に、王都から無差別の大空爆を受けたとこか……


女:はい。

  ……当然、私の家族も巻き込まれました。

  私は幸運にも、その時街から離れていたので、助かりましたが。

  遠くの方で轟音が聴こえて、何機もの戦闘機が、街の方から飛び去って行って……

  慌てて街に戻ったら、……そこにあったのは、私が知っている街じゃなかった。

  つい数時間前まで立ち並んでいたはずの家々は、更地になっていて、

  炎と煙だけが、囂々と立ち昇っていました。

  いつも私に笑いかけてくれていた近所のおばあちゃんも、

  私に懐いていた、まだ幼かった男の子も、ただの肉塊になっていて。

  血の匂いと焦げ臭さで、所構わず吐きましたよ。

​  訳が分からなくて、それこそ、胃液すらも吐き尽くして、

  文字通り、血反吐を垂れ流してしまうくらいに。


男:…………


女:そんな醜態を晒しながら、力の入らない躰を引き摺って、

  私は必死になって、自分の家を、家族を、探しました。

  ……でも、どれだけ探しても、生きた家族は、見付からなかった。

​  見付かったのは、無残に打ち崩された、嘗て家と呼んでいた筈の瓦礫の山と、

  嘗て家族の形をしていた筈の、誰だったのかすら分からない、肉と、内臓の断片達だけ。

  私は、とにかく、泣きましたよ。

  泣いて、泣いて、泣いて。

  一筋の涙も、一欠片の声も出なくなっても、嗚咽の止め方が分からなかった。

  その時まだ幼かった私は、誰を恨んでいいのかも、分からなかった。

​  どうして、私たちが、こんな目に遭わなければいけなかったのかも、何も、何もかも。

​  ……だから、藁をも掴む思いで、軍部に入れば、何かわかると思ったんです。

​  でも、何の力も持たず、権力も持たない非力な私が、国の軍に志願したところで、

  身を置く事を許される筈は無かった。

男:それで、形振り構わなくなった結果、今まさに王都と敵対してる俺たちの部隊に、志願したってわけか。

​  国も権利も関係ねえ、無法者の傭兵部隊に。

女:はい。

​  そこで、私は知ることが出来たんです。

  ……聞けば、南区の領主は、再三、王都への攻撃的な発言を繰り返していたって。

  でも、それなら、領主だけ捕まえればいいだけの話じゃないですか。

​  関係のない領民を、巻き添えに……焼け野原を齎すような暴挙を行う意味は、無かった筈です。


男:……少なくとも、意味はあるさ。

女:え?

男:領民は、領主の持ちモノ。

  いわば資産、或いは、権利の象徴そのものだ。

  それを根こそぎ焼き払っちまえば、領主なんざ、肩書きにもなりゃしねえのさ。

  残るのは、自分の持ちモノすらも守れねえ、ただの無能な王様だけ。

  それくらいわかるだろ。


女:っでも、……でも!

  たとえそうだとしたって、私は納得できなかった!

  たった一人の人間を制裁する為に、関係のない人間を何人も殺して、

  それが善であると信じきって、平然としていられる王都の人間たちも!

  その支配者たる王も!!

  私は、家族の、……いいえ、家族だけじゃない。

  村そのものの仇を取るために、王を殺す。

  それが、それだけが……私が、ここにいる理由です。


男:……なるほど。

  よくある、真っ当な理由だ。

  ……危なっかしい矛盾を孕んじゃいるが、それくらいがちょうどいい。


女:どういうことですか。


男:なに、気にすんな。

  若さからの激情は、戦闘意欲を高めるにはもってこいの起爆剤だ。

  嬢ちゃんは、そのまんま突き進みゃあいい。


女:……隊長は、どうなんですか。


男:あん?


女:隊長が戦っている、理由です。


男:おいおい、俺にまでそんなモン語らせるつもりか?


女:私は全部話したじゃないですか。

  隊長だけ教えてくれないなんて、不公平です。

男:あ~……はいはい。

  俺が戦う理由ねえ……うーん……


女:はぐらかさないでください。


男:んなこたしねえよ。

  ……そうだな、例えば、こいつだ。

  ほれ。

  (通貨を1枚投げ渡す)


女:……?

  この通貨が、どうかしたんですか。

男:どうって。

  それが、俺の戦う理由だよ、強いて挙げるならな。

女:真面目に答えてください。

男:俺は大真面目だよ。

  ……なあ、嬢ちゃん、ひとつ問うぜ。

  俺は、なんだ?


女:なにって……

  私が所属する部隊の、隊長じゃないですか。


男:そうだ。

  だがな、隊長である以前に、俺は傭兵なんだよ。

  傭兵ってのはな、金さえ貰えばどこにだって行くし、誰だって殺す。

  しなびた野菜一つも買えやしねえ、そんなちっぽけな小銭だって、

  俺みたいな奴が戦う理由としては、十分足りちまうモンなんだ。


女:そんな……


男:馬鹿馬鹿しい、って思うだろ?

  だけどな、そういうモンなんだよ。

  遊園地に置いてあるような、金を入れりゃあ愉快に動き出す、機械仕掛けの玩具と一緒だ。

​  理由なんざ関係ねえ、目的なんざどーだっていい。

  言っちまえば、ガキのおつかいのバージョンアップさ。

  自分の小遣い稼ぐためだけに、俺たちゃ、死んだり死なせたりしてんだよ。

  ……下手すりゃ、お前の故郷を更地にした奴らより、タチ悪いかもな。


女:……それでも。


男:ん?


女:それでも私は、隊長を信じてます。

  少なくとも、今まで見てきたどんな人より、誰よりもまともだと、私は思ってますから。

男:……おいおい、それ、本気で言ってんのかよ?

​  寝惚けてねえか?

女:はい。

​  心から本気で、本心で、言ってます。

男:……ぶっ。

  あっはっはっはっはっはっはっ!!


女:な、なにがおかしいんですか!


男:はっはっはっはっ!

  ……はあーぁ。

  いや嬢ちゃん、お前さん、いい女だわ、ほんと。

女:なっ。

  セ、セクハラですよ、そういうの!

男:おーおー、なんとでも言え。


女:もう!

  ……でも、なんか、言いたいこと言ったら、すっきりしました。

  ありがとうございます。

男:ハ、そりゃーよかった。

  ぐっすり眠れそうかい。


女:はい。

  ホットミルク、ごちそうさまでした。

男:おう。

​  ……おっとなんだ、結局、うっすら夜が明け始めちまったな。

​  外が白ばんで濁って来ちまってら。​

​  嬢ちゃん、今から寝て起きれんのか?

​  前線に出ても夢心地、なんてオチは勘弁だぜ?

女:大丈夫です。 

  寝覚めの良さだけなら、この隊でも、誰にも負けませんよ。


男:そうかい。

​  そんならその言葉、信用させてもらうぜ、二等兵ちゃん。

​  今日は特別に、一日中寝てても不問にしてやろう。

​  ただし、明日寝坊なんてしようモンなら、出撃前に全員の前で、お尻ペンペンの刑だ。

女:Yes, sir.

  それじゃ、おやすみなさい、隊長。

男:……あー、嬢ちゃん。

女:はい?

男:……死ぬなよ。

女:ええ。

  隊長も、ですよ。

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