標本をぜんぶ並べろ、話はそれからだ:目下の課題の、成長期縄文人脛骨の断面形状解析。大学のスキマ時間でなんとか進めています。骨標本のCT画像を処理するとき、いつも「骨」と「それ以外」を区分するところで立ち止まります。とくに成長期だと、骨の内膜側で吸収が激しく、髄腔の輪郭を明確に決めることすらままなりません。「ぐぎぎ」と唸るほど力んで、もう境界ばっかり見てる。
じつは、すでに全標本の計測を一通り終えていました。ところが「ちょっと待て、本当にこの境界設定で大丈夫なんか⋯⋯」と気になり始め、また1標本目からCT画像を見返すことに。完全に、いつもの悪い癖が発症しています。いや、慎重を期すタイプ、です。
数値の抽出や統計解析のような、いわゆる "研究者っぽい" 作業の前に、真っ先に行うべきことがあります。それは、すべての骨をいろんな観点で並べ、その標本シリーズでどんな段階的変化が起きているか、肉眼で認識することです。脛骨なら、たとえば華奢なものから頑丈なものへ、あるいは短いものから長いものへ、テーブルにぜんぶ並べる。そして隣同士で比べ、端と端で比べ、男女で比べてと、徹底的に観察してみる。そうすると、サイズが大きくなるにつれて、どの部位にどんな変化が生じるか、実感としてわかってきます。
わたしの手元に、縄文人50標本、現代人70標本におよぶCTデータがあります。これももちろん、紙に印刷し、ずらっと並べます。まずは何も考えず、縄文人をぜんぶ壁に貼って俯瞰してみました。お、これは三角形だけど、あれは菱形。こっちは骨太、でもあっちは薄め。そんなふうに目で憶えて、じゃあ長さ順に並べてみますかと、再配置する。
そうこうするうち、簡単に数日が溶けてしまいます。こうした系列化作業は、広い意味でセリエーション seriation と呼ばれます。
そういえば大学院生のころ、「ちゃんと標本を見たのか」と、ずいぶん指導されました。今となってみれば、もっともな話です。ブログタイトル「標本をぜんぶ並べろ、話はそれからだ」。いつか学生にキメたい台詞なのですが、まだその機会は訪れていません。
セリエーションのもうひとつの利点は、テーブルや壁に標本を並べると、ものすごく研究している実感が湧いてくることです。おれ、めっちゃ研究やってるぞ。そんなポジティブさが加速し、ぜったい発見してやる、という意気込みの上昇気流になっていく。今回もそう。壁に貼った縄文人のCT画像を観察しながら、「あれ、この気づき、ひょっとしてすごい発見なのでは」と、一人で高まっていくのでした。
しばらくして、気づきました。「現代人を貼るスペースが、ない!」〔2026.1.11〕
学会参加記を書きたい!:広大なインターネットの森を彷徨っていると、しばしば大学の先生方による「学会参加記」なるブログに出くわします。今年は◯◯県で開催された、今回は◯◯に関して発表した、懇親会で◯◯先生とお話した⋯⋯とかってやつです。ああいうの、プロっぽくて、憧れますよね。そういえばわたし、学会に参加したことを、これまで一度も記事にすることがありませんでした。 せっかくブログを始めたわけですし、そろそろプロっぽく「学会参加記」のひとつも書きたいな、そう思ったわけです。ですがノウハウがありませんので、まずは慎重に、世の中にある膨大な研究者ブログを読み込んでみました。さらに、その中から、「学会参加記」に頻出する表現や構文を洗い出しました。これら大学教員たちの文体をそのまんま模倣し、組み合わせれば、誰がどう見たって「研究者然とした学会参加記」になるはずです。というわけで、さっそく書いてみたので、皆さんのほうでその完成度を評価してください。
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ブログタイトル「日本ハムストリングス学会参加記」
先日、香川県小豆島にて開催された、第3回日本ハムストリングス学会・西日本支部学術集会で発表してきました! 台風の接近が危ぶまれましたが、私の日頃の行いが良いせいか(笑)、当日は快晴に恵まれ、フェリーに揺られて無事現地に到着! 風光明媚で、とても気持ちの良いスタートとなりました! 学会会場は大型カンファレンスホールを貸し切り、ハムストリングス専門家が一堂に会して、熱心な講演と活発な議論が交わされました! 私は『ハムストリングとハムストリングスの境界』というタイトルでポスター発表し、単数形と複数形の使い分けという臨床でも重要な課題について、かつての短期留学経験をもとに検討しました。掲示後、日頃から懇意にさせていただいている大御所の某教授がわざわざお声掛けくださり、「濁音で終わるほうが力強くてカッコ良い」とのご助言を賜りました。◯◯学院大学の◯◯教授(配慮してお名前は伏せます)、勉強になりました。大変身の引き締まる思いです。夜は懇親会に参加し、馴染みの先生方から様々なアドバイスをいただいて、今後の研究の方向性について考える有意義な時間となりました! 最後のほうは、アルコールの影響か(笑)、某有名教授の口からここで書けない昔話や裏話(笑)も飛び出して、大いに盛り上がりました! 貴重なご縁に感謝! 今後も精進してまいりますので、よろしくご指導ご鞭撻のほどお願いいたします。
P.S. 大学に戻ると、嬉しい知らせが! なんと International Journal of Human Hamstrings(IJHH)から論文の受理通知! IFは0.002です。またの機会にブログでくわしく解説します!
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ハンバーグを食べながら5分で書きました。〔2025.12.31〕
解剖学実習を終えた諸君へ:長らく取り組んできた解剖学実習も、本日をもって最終回を迎えました。体力的にも、精神的にも、大変な日々であったと推察します。まずは、「お疲れさま」と、皆さんの努力に心から敬意を表します。
そのうえで、今回の「感謝の会」の趣旨について、改めてお話しさせてください。
ご献体の解剖は、人体の正常構造を理解するために、医学生にとって欠かすことのできない学習機会です。なぜなら、解剖学の知識は、教科書だけでは十分に修得できず、実際の人体に触れることで初めて確固たる理解へと達するからです。ご献体は、単なる教材であることを超えて、沈黙のままに多くのことを教えてくださる「教師」と呼べる存在であったはずです。この点は、熱心に取り組んだ方ならば、深く実感していただけることでしょう。
私自身、長年この分野に携わってきましたが、なお把握していないことが山ほどあり、毎年の実習において新たな気付きや発見を得ています。今もなお、人体という存在は奥深く、尽きることのない探究の対象なのです。われわれ教員も、皆さんに伴走しながら、解剖学を日々学び続けていたわけです。
この実習が実現された背景には、ご献体くださった故人のご遺志と、それを支えてくださったご遺族のご理解、さらには多くの関係者によるご尽力があります。本日の「感謝の会」は、なかでも篤志献体を決意され、そのお身体を提供くださった方々に対し、皆さんが感謝の念を捧げるために設けた場です。その一環として、皆さんにはこの実習室を清掃し、初めて足を踏み入れたときと同様に、清浄で整然とした空間——すなわち霊安室として、丁重に整えていただきます。また、各自が担当したご献体に対して、深く感謝の念を持ち、静かにご冥福をお祈りください。
こうした行為の意義を見失い、形式的なものにすぎないと捉える医学生が、残念ながら皆無とは言えません。皆さんの学業は年々多忙を極め、繰り返されるテストや進級にばかり意識が向きやすいことも理解しています。しかし、あえて申し上げれば、テストや進級などは、われわれの社会において、ことの本質ではないのです。
皆さんを含む医療人にとって真に大切なことは、他者の心情に共感し得る「心」を持つことだと思います。いかなる人間社会においても、逝去された方やそのご遺族に対し、哀悼の気持ちを抱き、寄り添い、丁重に接しようとする文化があります。この人間として当然の振る舞いを解さぬまま、医師の道を歩もうとするなど、けっして許されることではありません。皆さんが志す、これから長く続く道は、そのように冷淡で、軽薄なものとは、とても思えないのです。
皆さんにはこの貴重な経験を今後の糧とし、常に謙虚に、知識と技術の研鑽に励んでもらいたい。そして将来、人々の生活を支え、相手のことを思いやる医師となっていただきたいと、教員の一人として願っています。皆さんの医学生として、そして医師としての人生が、実りあるものとなることを、心より祈念いたします。
解剖学(人体構造)主任教授 水嶋崇一郎
〔2025.12.24/解剖学実習最終回講話〕
1999 / 2010 / 2018 / 2025:2018年。解剖学第2代主任教授の定年を目前に控え、われわれは氏の長年の業績をまとめ、『開講47周年記念誌』として刊行する運びとなった。数字として「47」はだいぶ中途半端だが、主任教授の退任はその講座の大きな区切りとなる。記念誌の常として、教室員全員の寄稿文を添えることとなり、すでに大半は書き上げられていた。わたしもそろそろ片付けねばとパソコンに向かったが、なぜだか書きだしたのは自分の身の上話だった。仕上げると、なんとなくすっきりして、タイトルは迷わず『入職前夜』と決めた。2025年。なにげなく記念誌を手にとり、『入職前夜』を読み返す。ずいぶんな一人語りで、自己憐憫めいている。しょうもないな。でも、あの頃あの世代の空気感を、いまだに容易に思い出せてしまうのは不思議だ。〔2025.12.24〕
入職前夜:2010年の4月に入職して、はや9年目の教員生活が終わろうとしている。教育と研究にもがくだけの9年間であったが、それでもどうにか医学生を指導し、また細々とではあるが論文や報告書を書き続けてきた。これは平田和明教授をはじめとして本講座スタッフの方々のご助力あってのことで、誠に感謝の念に堪えない。
そういえば、入職前のいっとき、大学とは関係のない世界で就職活動を試みたことがあった。自分のせいではあるが、どれもこれもうまくいかず、うまくいかないたびにひどく鬱屈していったことを覚えている。就職氷河期の頃であったが(いわゆるロスジェネ世代だ)、そんなこととは無関係に人材としての魅力に乏しく、大した思慮もなかったのではないか。
修士課程を終えた1999年、映画産業に憧れて、日活の就職面接を受けた。面接担当の人間には大層受けが良かったことを記憶しているが、将来映画監督を志望する旨伝えておいたらあっさりと断りの連絡が来た。
どうにかして映像の世界に潜り込もうと、新宿のとある映像制作・編集会社に面接に行くと、大学院卒という学歴が効いたのか正式雇用となった。出向してテレビ番組『あるある大辞典』のバナナの回のアシスタントディレクターとなったが、ディレクターが目の前で血糖値の経時データを改ざんする様を見て、うんざりして1年ともたずに退職してしまった。
マスコミの科学畑に活路を見出そうと朝日新聞と毎日新聞を受けたこともあった。たしか朝日は2次面接、毎日は最終面接まで行ったはずだが、匿名報道の意義を演説したせいか、どちらも撃沈の憂き目にあった。
文京区の小さな進学塾に就職しようとしたが、社長と一対一の模擬授業をやって、あまりの不出来さにその場で断られた。
困窮して南阿佐ヶ谷のレンタルビデオ店のバイトに応募したが、人相が良くなかったのかこれもしばらくしてから断りが来た。
ほかにもあれこれやってみたがさっぱりうまくいかず、結局大学院時代の恩師に頼み込んで、出戻るように博士課程に進学した。2009年夏、金もないのに結婚した。2009年冬、縁あって聖マリアンナ医科大学解剖学講座への就職話があり、それがおおむね本決まりとなったとき、妻は大いに喜んでくれた。入職前夜、わたしはといえば、大学のサラリーで自分と妻を養えるであろうことに安堵するばかりであった。
現在、どれほど本学に寄与できているかはわからないけれども、少しでも真っ当な仕事となるよう日々努めている。解剖学は楽しく、性に合っているとも思える。だがたまに、あのとき日活に入社できたならどうなっていたか、なんてことも、思い巡らすことがある。
どうでもいいような、どうでもよくない話:今回は一研究者として、少し真剣に「習慣」の心理的影響について語ります。習慣とはじつに興味深い現象で、何気ない行為がいつの間にか固定化され、ときに自己の手枷足枷となることがあります。わたしの場合、それがまさに、服装です。下はいつもジーパン。上は暗色系のパーカー(春)、Tシャツ(夏)、パーカー(秋)、セーター(冬)をループ。寒くなったらゴワゴワのウィンドブレーカーを羽織る。靴は徹底して履き潰す。腕時計は、体の重心がやや左に流れる気がして、身に着けない。ずっとこんな身なりでコンクリートジャングルを生き延びてきました。けっしてミニマリストではないし、立場的に誤解は避けたいですが、そう呼ぶなら全力で乗っかります。まぁ、なんだかんだで、この習慣が長すぎました。手枷足枷どころか、アルカトラズ刑務所ばりに脱出できません。いまや、違う服装だとそわそわして、研究の集中力が落ちてしまい困ったことになっています(体感パフォーマンスで2割減)。襟付きの服なんかは生理的にもう駄目、だから白衣は着ない、スーツも着ない。会議や学会発表はしぶしぶスーツで、TPOとかいう悪魔の三文字にひざまずく。ひょっとしてスティーブ・ジョブズ的な形式主義への抵抗⋯⋯いや、やっぱり単なる習慣で、信念のかけらもございません。大学院生のころ、大学の建物に入ろうとしたら、見知らぬ教員に「お前はどこの業者だ」と呼び止められました。スルーできない何かをお感じになられたのか、それともわたしが業者なのか、今もってこの二択を検討中です。ともかく、研究するときは、どうしてもいつもの格好じゃないと、わたしは駄目なんです。世界を見れば、全裸じゃないと論文を書けない人だって⋯⋯いや、さすがにそれはない。なんだか、何を伝えたかったのか分からなくなってきたので、今日はこのへんで。明日も同じ服です。〔2025.12.6〕
(What’s the Story) Morning Glory? :研究のお供といえばお菓子、ではなく、コーヒー、でもなく、音楽です。少なくとも私にとっては。もともと音楽を聴きながら研究する人間ではなかったのですが、大学院時代、先輩がイヤホンで音楽を聴きながら学位研究に齧り付いている様を見て、やがて自分も真似をしたのでした。当時の自分はとにかく学位研究がうまくいかず、1日1行も書けないほどの体たらく。だから大学とアパートの往復がしんどくてしんどくて、なんでこんなにしんどいことをやっているのだろうかと、相当に追い込まれていました。これがうまくいけば自分の人生も好転するはずだという強い思い込みと、つまずきドロップアウトしていくことの恐ろしさで、精神的にはずいぶん酷いものでした。だから、没頭するというか、縋り付くように、音楽、とくに洋楽を聴いてその中に深く沈み込み、焦りや不安といったネガティブな感情を一切遮断しようとしていたのです。そんな中でとくによく聴いていたのが、英国のロックバンド・オアシスのセカンドアルバム『 (What’s the Story) Morning Glory? 』です。言わずもがな、1990年代を代表する名盤中の名盤で、私はなんなら日に何度も聴いていたくらいです。とりわけトラック4、10、12は飛び抜けた出来に感じて、CDが擦り切れる勢いでリピートしていました。2009年、私は学位を取得し、同じ年、オアシスはギャラガー兄弟の仲違いがもとで解散。そんな背景があり、遅まきながら今年、あるニュースに目が釘付けになってしまいました。解散したはずのオアシスが2024年に再結成? 日本公演もやるの? こんなことがあるなんて。若い頃の自分が突然 Hello と挨拶しに来たような、とても不思議な気分。いまでも夜中、研究室で一人、このアルバムをPCで流しながら、次の成果こそと願って課題に取り組んでいます。〔2025.11.22〕
形態人類学者のお仕事:遺跡出土人骨の鑑定:ヒト(人骨)の大きさやかたちに注目する人類学者のことを、形態人類学者とよびます。彼らは、その人生の中で、必ず経験することになる仕事があります。それは、遺跡から出土してきた人骨について、鑑定報告書を作成することです。当方の研究室も、しばしば外部の機関から「発掘調査をしたら人骨が出たので鑑定できませんか」というご依頼を頂戴し、よほどのことがないかぎりお引き受けしています(つい最近も1件の鑑定を終えたばかりです)。鑑定といっても、いったい何を鑑定するのか。要点としては、その骨を残した当人が、大人なのか子供なのか、大人だったら青年・壮年・熟年・老年のいずれか、また男女のどちらか、子供だったら何歳ごろか、疾病や生活習慣の痕跡はあるかなど、死亡時の個体情報をできるかぎり引き出すのです。しかし、出土人骨は必ずしも全身的に残存するわけではなく、長い年月のはてに部分的になったり、あるいは風化してボロボロになったりしていて、一筋縄ではいきません。歯が一揃い出土しただけで、あとは何もありません、なんていうことだって何度も経験してきました(こうした場合、歯の種類を特定し、何体分が含まれているかを検討します)。まあ、端的にいうと、慣れないうちは何にも分からないのです。私個人の認識として、人骨の鑑定に必須なものは、けっして持って生まれた「才能」ではなく、どれほど多種多様な状態の人骨をひたむきに観察してきたか、すなわち鑑定眼を裏打ちする重厚な「経験」であると考えています。一見して鑑定の天才かと思える人類学者たちは、すべからく気が遠くなるほど地道なトレーニングを積み上げていることを、私は長年にわたって見てきました。なので、鑑定報告書を作成しようとする者は、それまで自分が積んできた経験値を、たえず試されることになります。鑑定し、悩み、教科書や論文を紐解いてまた鑑定し、また悩む。そこにテレビドラマで観るような華やかさはなく、地味な仕事といえばそれまでですが、これほど駆け出しの研究者を育ててくれる仕事は、そうはありません。なんというか、かつて駆け出しだった私も、こんなことを語ってしまう、それなりの年齢になってしまいました。〔2025.11.17〕
扁平脛骨を再考したい:縄文時代人の骨格は現代人とあれこれ違うところがあり、その中でも有名な特徴として扁平脛骨 Platycnemia が知られています。扁平脛骨とは、文字通りスネの骨のシャフト部分が内外側方向に圧平し、外観上「すごく扁平だな~」となってしまう状態を指します。しかし、なんで扁平になるのでしょうか? 私と関係する話ですが、当教室の先々代教授・森本岩太郎先生は、次のようなアイデアを提示されています。縄文時代の子供は栄養不良になる場合が多い。→栄養不良は骨質の不足をもたらすだろう。→しかし下肢骨は体重の荷重に耐えられるだけの強度を求められる。→とくに脛骨では前後方向への屈曲(曲げの力)に耐えられるように成長過程でシャフト部分が内外側方向に扁平化したのではないか。ざっくりな説明で恐縮ですが、この仮説はいわば栄養説と機能適応説 bone functional adaptation をミックスしたものと捉えられます。私は、このストーリーは本当なのだろうかと、長らく疑問に思っていました。その後、幸運なことに成長期縄文時代人の四肢骨についてCTデータを取得する機会に恵まれました。「しめしめ、これで本当に骨質不足の脛骨ほど扁平になるという仮説を検証できるな」。最近、やる気を出してデータを閲覧しだしたところで、解剖学実習のレジュメを一から作成せねばならない状況に突入…。焦点を絞った研究ですが、1~2年内に原著論文にまとめ、どこかに投稿したいです。〔2025.10.24〕
地形と起伏と縄文時代人:縄文時代人は内陸とか、海岸沿いとか、いろんな場所に住んでいました。急峻な山岳地帯にも縄文時代の遺跡があります。こうした生存環境、もっというと住居周辺の地形の起伏(でこぼこ)は、どの程度縄文時代人の下肢骨格に影響を与えたのだろうかと、ずいぶん前に考えたことがあります。自分でも地形データを取り扱えないものかと。でも、GIS系のソフトウェアは高額だというし、なまなかに手が出せないと思い込んでいました。その後、フリーソフトはないのかと調べたら、普通にありました(勉強不足を恥じ入るばかりです)。Quantum GIS、現在で言うところのQGIS。ちょっと触ってみると、高度地形データを読み込んで、指定した領域の平均起伏度 Terrain Ruggedness Index を算出できることがすぐに分かりました。遺跡を中心に半径10kmとか50kmとかの領域で起伏の激しさを数値化できるのか…。この値と縄文時代人の骨格データとの相関を見れば、起伏の影響度(力学的負荷?)をある程度議論できるのではないか…。そんなことを考えて、今もデスクの上に放置しています。遺跡数を十分確保すれば修士論文でも全然使えるテーマだと思うのですが、どうでしょうか。〔2025.10.21〕