Research

研究紹介

地球資源の枯渇、環境破壊などの諸問題が顕在化する現代社会において、SDGsを志向した新しい合成反応の開発が、有機合成化学における喫緊の課題となっています。当研究室では、「持続可能性を強く意識した新しい合成反応の開発」に取り組んでいます。とくに、多彩で複雑な構造を「合理的に設計する指針」の確立や「高効率・高選択的に合成する手法」の開発を目指して研究を進めています。これらを実現する一つの鍵として、遷移金属触媒だけではなく有機触媒や光触媒、さらにはそれらを協働的に組みわせた、力強く、柔軟な「重層的触媒プロセス」の構築を試みています。

[1] トリアゾールをカルベン錯体の前駆体として用いるワンポット反応の開発

末端アルキンから簡便に合成することができるトリアゾールは、クリックケミストリーの概念が提唱されて以来、とくに生体関連化学の分野で二つの分子を接合する連結部位として盛んに利用されています。一方、トリアゾールを有機合成化学の観点から反応剤として利用しようとする研究はほとんどありませんでした。我々は、トリアゾールをカルベン錯体の前駆体として利用できることを見出し、アルキンとの環化反応を2009年に報告しました。この報告は、同時期に米国のグループから発表された報告とともに、トリアゾールの反応剤としての潜在的な可能性を有機合成化学の分野に提示し、その後、著しい数の追随研究を誘起することになりました。我々が開発したトリアゾールを反応剤として用いる反応の多くは、入手容易な出発原料である末端アルキンからワンポットで行うことが可能で、さらに副生成物は窒素分子のみであるため、持続可能性に優れています。

[主要論文] JACS 2012, 134, 194; JACS 2012, 134, 17440; ACIE 2013, 52, 3883; JACS 2013, 135, 13652; JACS 2014, 136, 2272; JACS 2014, 136, 15905; ACIE 2015, 54, 9967; ACIE 2016, 55, 8732; ACIE 2017, 56, 3334; ACIE 2017, 56, 16645; ACIE 2018, 57, 5497; JACS 2019, 141, 13341; ACIE 2020, 59, 20475ACIE 2023, 62, e202307826

[2] 二重結合の異性化反応を鍵とするアルデヒドのワンポット不斉アリル化反応の開発

アリルホウ素化合物を用いたアルデヒドの不斉アリル化反応は、ホモアリルアルコールを立体選択的に与えるため、ポリケチドを合成する際にEvansアルドール反応と並んで頻繁に利用される反応です。しかし、アリルやクロチルホウ素化試薬など原料合成法が確立されているものを除き、α位やγ位に置換基を持ち構造的に複雑化したアリルホウ素化試薬を調製することは必ずしも容易ではなく、簡便な合成手法の開発が強く望まれています。我々が開発した二重結合異性化反応を鍵とする新手法では、入手容易な末端アルキンから様々な置換基を持つアリルホウ素化試薬を簡便かつ汎用的に調製できるだけではなく、これまで合成することができなかったボリル基が置換したホモアリルアルコールを合成することができます。

[主要論文] ACIE 2011, 50, 11465; JACS 2013, 135, 11497; JACS 2014, 136, 6223; ACIE 2015, 54, 12659; ACIE 2017, 56, 6989; JACS 2017, 139, 10903; ACIE 2019, 58, 1138; ACIE 2019, 58, 14620 

[3] 光励起電子移動を鍵とするアルケンの官能基化反応の開発

光励起状態にある触媒や反応剤からの一電子移動に端を発する光励起電子移動反応は、近年、有機合成化学の分野で注目を集めています。これは光励起電子移動反応が、イオン反応にない化学・位置・立体選択性を持つため、革新的な反応の開発が期待されるからです。また最近、医薬品の探索・開発の観点から反応条件が温和で官能基許容性が高い分子変換反応、すなわち天然由来の生理活性物質や医薬品の合成中間体にも適用でき合成終盤での官能基変換が可能な反応を開発することが求められ、光励起電子移動反応はこれを実現する一つの手法として見込まれています。我々は、光励起電子移動反応を用いて、アルキンと並び入手容易な出発原料であるアルケンを官能基化する新反応を開発しました。ここで開発したアルケンの官能基化反応は、反応条件が温和で官能基許容性が高いため、合成終盤でピリジル基やアルキル基を選択的に導入することができます。

[主要論文] ACIE 2018, 57, 5139; ACIE 2018, 57, 15455

[4] ニッケル触媒を用いたメタラサイクル中間体の新構築手法の開発

環式化合物を高効率的に合成するうえでメタラサイクル中間体は、極めて有用な反応中間体です。我々は、窒素分子の脱離を駆動力としてメタラサイクル中間体を発生させるという独創的な合成手法を開発し、本手法を用いてベンゾトリアジノンからのイソキノロン類の網羅的合成を実現してきました。また、イソシアナートとアレンを出発原料に用い、ニッケル触媒によるメタラサイクル中間体の構築とそれを経るエナンチオ選択的分子間[2+2+2]付加環化反応を開発しています。

[主要論文] JACS 2010, 132, 54; JACS 2010, 132, 15836; ACIE 2010, 49, 4955; ACIE 2011, 50, 10436 

[5] 有機ロジウム種の付加反応を起点とする連続的な炭素-炭素結合形成反応の開発

一つの反応が起点となって別の反応を連続的に引き起こす、いわゆるカスケード反応は複雑な構造の分子を高効率的に構築する理想的な手法の一つです。我々は、ロジウム錯体と有機ボロン酸から生成する有機ロジウム種の不飽和結合への付加反応を起点として連続的に炭素-炭素結合形成が進行する新しいカスケード反応を開発してきました。さらに、ロジウム錯体のβ-酸素脱離が触媒の再生過程として有効であるのみならず、立体選択性の発現に寄与することも明らかにし、(±)-Boivinianin Bの合成を実現しました。

[主要論文] JACS 2005, 127, 1094; JACS 2005, 127, 1390; ACIE 2005, 44, 7598; JACS 2006, 128, 2516; ACIE 2007, 46, 7101