Orientational ordering of closely packed Janus particles
初めて論文化することができた研究です。金属で表面を部分的にコーティングしたコロイド粒子(ヤヌス粒子またはパッチコロイド)は、球体であっても粒子間に異方的な相互作用が働きます。これを最密充填(二次元三角格子)までぎゅうぎゅうに詰めて並進自由度が動かなくなった状態で、回転自由度の秩序化を調べました。コーティングする面積によって低温での振る舞いが変わり、二量体、三量体形成や、ストライプ秩序の形成が起こります。ストライプ秩序の形成は三角格子の軸に沿って起こるため、相転移の性質は3-state Potts模型と同じuniversality classに含まれる連続転移で起こります。 ストライプ秩序が生じるパラメータ領域で急冷を行うと、実験的にはガラス的なダイナミクスが出るとのことだったのですが、連続転移を反映して通常の秩序成長が起こります[Kota Mitsumoto and Hajime Yoshino, Soft Matter, 2018, 14, 3919-3928 (2018)]。
Disorder-free spin glass, Supercooled Jahn-Teller ice
パイロクロア酸化物Y2Mo2O7では化学的な乱れがほとんどないにもかかわらずスピングラス転移が起こることが30年ほど前から実験的に知られています。しかし、そのような乱れのない系におけるスピングラス転移を記述する三次元系の理論模型はこれまで存在せず、未解決問題とされてきました。我々はアイス的なヤーンテラー歪みの存在を示唆する実験に基づき、スピンだけでなく格子歪み(軌道自由度)も動的変数として含む模型を考案しました。この模型における格子-格子相互作用は、最近接スピンアイス模型と同じ形で導入しています。この模型に対する数値シミュレーションを行った結果、三次元系の理論模型として初めて、quenchd-disorderなしでスピングラス転移を記述することに成功しました。スピングラス転移は格子歪みのガラス転移と同時に起こり、凍結後はお互いがお互いのquenched disorderの役割を果たすことで安定したガラス状態が実現していると考えられます[Kota Mitsumoto, Chisa Hotta, and Hajime Yoshino, Phys. Rev. Lett. 124, 087201 (2020), プレスリリース]。
この模型に対して、高次元極限において厳密となる平均場理論を構成し、レプリカ法による解析を行いました。スピン、格子格子歪み共にspherical模型として構成しているため、互いの自由度が結合していなければ、レプリカ対称性の破れ(複雑かつ階層的な自由エネルギーランドスケープの発現)は起こりません。しかし、我々の解析の結果、スピンと格子の結合を有限にすると、スピンと格子歪みが同時に凍結した相では、レプリカ対称性の破れが起こることがわかりました[Kota Mitsumoto and Hajime Yoshino, Phys. Rev. B 107, 054412 (2023)]。あくまでも高次元極限であるため、この結果が3次元のパイロクロア系に直接適用できるとは限らないことには注意が必要ですが、スピンと格子の結合が自由エネルギーを複雑化させることを解析的に示すことは価値があると考えています。
なぜアイス的な格子歪みが実現するのかについて、微視的な結晶場理論から導出した結果、格子-格子相互作用は最近接相互作用のみでなく第二、第三近接相互作用も含む形で記述されることがわかりました。この格子ハミルトニアンに対して数値シミュレーションを行った結果、低温では単なるアイス状態ではなくより強い制限を持ったアイス状態が、過冷却液体状態として実現するということがわかりました[Kota Mitsumoto and Hajime Yoshino, Phys. Rev. Res. 4, 033157 (2022)]。この過冷却液体状態は非常に安定で、秩序状態への一次転移は非常に遅い冷却速度でも実現しません。すなわち、非常に高いガラス形性能を持つ系が固体物質中で実現していることを意味します。このガラス形性能が高いアイス歪みとスピンがカップルすることで同時スピン -格子ガラス転移が起こることが期待されます。
Chiral-degenerate skyrmions in the RKKY systems
Skyrmionは構成要素であるスピンが球面を覆うような構造を持つトポロジカルに安定な二次元的スピンテクスチャであり、基礎研究、応用研究に両方の側面において注目されています。従来は反転対称性を破るようなジャロチンスキー-守谷相互作用(DM相互作用)が重要とされてきましたが、近年ではスピン間相互作用のフラストレーションによってもSkyrmionが生じることがわかっています。絶縁体では短距離の交換相互作用、金属では長距離のRKKY相互作用が主なスピン間相互作用となり、どちらの場合でもフラストレーションは生じ得ます。我々はRKKY相互作用由来のフラストレーションで実現するSkyrmion格子相(Skyrmionが規則的に配列)がどのような性質を持つのか、二次元三角格子上、三次元積層三角格子上において調べました。その結果、二次元では短距離の交換相互作用と似たSkyrmion格子相が実現するのに対し[Kota Mitsumoto and Hikaru Kawamura, Phys. Rev. B 105, 094427 (2022)]、三次元ではSkyrmion格子状態とは全く異なる対称性を持つ状態(Single-q螺旋状態)が熱平衡状態として混ざった相が実現することがわかりました[Kota Mitsumoto and Hikaru Kawamura, Phys. Rev. B 104, 184432 (2021)]。これは、ドメインとして混ざるのではなく、冷却するたびにどちらかが有限の比率で実現するという極めて奇妙な相です。ハミルトニアンが持つ対称性に関する対称操作では移り変われない状態のfree-energyがO(1)で縮退していることを意味しています。我々はこの性質を持つ物理現象としてランダム系で議論されるレプリカ対称性の破れとのアナロジーに気が付きました。ランダムな状態ではなく秩序状態が純粋状態となるようなレプリカ対称性の破れが実現し得るという重要な示唆を与える研究であると考えています。
Adsorption/desorption phenomena in metal-organic frameworks (MOFs)
金属有機構造体(通称MOF)は化学分野では非常に注目されている多孔性材料で、ゲスト分子の吸着によって結晶構造及び剛性が変化するほど柔らかい骨格を持っていることが特徴です。中には、協力現象として、強いヒステリシスを持つ吸脱着転移を示す物質が知られています。我々は、局所的なゲスト吸着によって局所的な細孔構造と剛性が変化する統計力学模型を構築し、数値計算を行いました。強いヒステリシスを伴う一次転移が再現されるだけでなく、詳細な解析によって、その準安定状態の頑健性が弾性不均一性という古くからの概念から理解されることがわかりました。不均一なゲスト空間分布が存在するとき、硬さもまた不均一になります。この硬さの不均一性が特徴的な弾性場を生み出し、吸着領域、脱着領域それぞれの形状に制限を課します。硬い領域は等方的、柔らかい領域は異方的な形状となります。等方的なドメイン形状を取るということは、ドメイン成長をする際にはそのパスが非常に狭い、つまりエントロピー的な罰金を受けます。一方で異方的(平な)ドメインが成長する際には、表面エネルギーが大きくなります。弾性不均一性は、それぞれのドメイン成長を非対称に支配していることがわかりました。弾性不均一性によって準安定状態が安定化されるというのは、物理としても新しいと考えています。MOFのヒステリシスの強さが弾性不均一性によって制御できるかもという結果も応用面では重要であると期待しています[Kota Mitsumoto and Kyohei Takae, Proc. Natl. Acad. Sci. 120, e2302561120 (2023)]。
また、ハニカム格子MOFにおいて、吸着質の超格子構造が弾性相互作用によって安定化されることを、数値計算によって示しました。超格子構造は長距離秩序として現れます。スピン系の磁化プラトーを彷彿とさせる吸着量のプラトーが観測されます[Kota Mitsumoto and Kyohei Takae, Phys. Rev. Res. 6, L012029 (2024)]。
吸着質が表面からどのように吸着が進行するかについても調べました。弾性不均一性が、(1)吸着速度のサイズ依存性、(2)表面の折り目構造、(3)異常動的スケーリングを生み出すことを示しています[Kota Mitsumoto and Kyohei Takae, arXiv:2506.19546]。