2.天木ウサギ
H.30.2.22 芽里 武 作
H.30.2.22 芽里 武 作
緑豊かな森に一際大きな木があった。
樹齢千年は超えているその大木は、地面から美しく直線上に天に伸びていてその大きな幹から分かれる枝は先端から地面に向けて美しい三角形を描き、まるで空への大きな矢印のように見えることから、森の動物達からは『天木(てんぼく)』と呼ばれていた。
ある日、森は激しい雷雨に見舞われた。
激しく雷の鳴り響く中、雷とは違う直線的な光が天木に突き刺さった。そして、その光は天木の中腹で激しく光、爆発した。
次の日、嵐は去った。天木には痛々しいほどの黒こげた線が中央に走り、中腹には小さな穴が開いてその穴からはいまだに燻った煙が出ていた。
それから数年後、一匹の聡明なうさぎが天木に登る為、仲間を引き連れてやってきた。
大きな投石機を用い、一番下の枝まで縄をかけようととしたがまったく届かない。肉食獣の死体から集めた爪で作った杭とスパイクで幹をよじ登ることにした。
近くで観察するとところどころにうさぎ一匹がようやく休めるほどの足場が存在していた。そこで小休止しながらウサギは上へ上へと登って行った。
三日かけてようやく一番下の枝まで辿り着いた。うさぎはそこから見える森の景色に感動しつつ、満足感を覚えた。
十年後、数羽のうさぎたちは天木の中腹の洞に住み着き始めた。
天木の皮を使って長く丈夫な縄を作り、それを用いて昇降台を作った。そして、そこから物資を搬出搬入し、動物の骨を加工して地面まで続く長い階段を天木に設置した。自分達の糞尿を太い枝に掘った穴に溜め、肥溜めを作った。その土壌と雨水を利用して天木の枝に簡単な畑を作り、春と夏には食べられる草を栽培した。秋には天木の穂先に赤い大きな果実が実る。それを加工して冬を乗り切った。
一度、中腹まで小さなイタチが登ってきたことがあった。多くの死傷者が出た。一匹のうさぎがイタチの隙をついて体当たりをして一緒に地上まで落ちていった。そうして、全滅は免れたのだった。
二度とイタチやキツネが中腹まで登ってこれないように、階段には工夫が施された。一定の高さからは、十本間隔で抜けやすい階段をわざと用意している。知らないで踏み抜いたイタチやキツネが下へと崩れ落ちる仕組みだ。落ちれば無事では済まない高さだ。洞の入り口にも門ができた。非常時は固く閉ざすことができる。天木の薄い箇所を動物の骨で削り、非常用の出口も作った。
危険も減り、食料も確保できることからウサギたちはどんどん増え、今では三十数羽と大家族となっていた。
ある日、森にはウサギが安全に暮らせる村を天木に作ったと噂が流れ始めた。それを確かめようと小動物たちが天木の下にわらわらと見物に来た。
リスが天木から降りてきたウサギに言った。
「君達は地上で生活する動物だろ?どうして木の上に住むんだい?」
物資を積み終えて階段を登りながらウサギは答えた。
「君達が木の上で暮らしてるのと同じ理由だよ。」
そういって、そそくさと階段を登っていった。
それに続いて、リスにハリネズミにモモンガにハツカネズミが階段を登っていく。
「えっと、勝手についてこられても困るんだけど。」
先に階段を登っていたウサギが彼らに気がついて後ろを向いてそういうと、先頭のリスが答えた。
「私は木の上での生活に慣れている。きっといい助言ができると思うよ。」
続いて二番目のハリネズミが答えた。
「私は、君達の村を一度だけみせてもらえればそれでいい。すぐに帰るよ。」
三番目のウサギと同じくらいの大きさのモモンガは、ハリネズミの頭上で答える。
「ワシも、君達の村を見せてもらえればいい。」
最後にハツカネズミが階段から落ちそうになりながら顔だけのぞかせて、チュウ!とだけ答えた。
ウサギは困った顔をして、階段の途中にある広場で待つようにと四匹に言ったまま、上へと登っていった。
しばらくして、屈強なウサギが降りてきて四匹についてくるように言った。
「あと忠告しておくが、ここから階段は前の動物が歩いた場所だけを踏め。落ちても俺は知らない。」
四匹は階段に注意を払いながらようやく洞の入り口に辿り着いた。洞の門は開いていたが、迎えに来たウサギと同じくらい屈強なウサギが門の横に槍を持って立っていた。それを見て、ハツカネズミはチュウ!と鳴いて怯えた。
洞の中は、急な階段になっていた。階段は奥に進むにつれて薄暗くなっていった。階段の天井には横穴が何個も開いており、時折そこからウサギの会話が聞こえてきたり、足音が聞こえたりしていた。
しばらく下っていると日の光が見えてきた。階段が開けたところにでた。日光が差し込み、ウサギが七匹ほど談笑していてもかなりのスペースがあるほどの広場。そして、上に続く階段が何個も見えた。天井を確かめようとハリネズミは上を向いた。果てしなく遠くに子ネズミの目玉ほどの円に空が見える。空まで吹き抜けになっていた。
「なんだ…これは。」
ハリネズミが呆けるように足を止めてつぶやいた。
後ろにいるモモンガもこの景色に見とれてハリネズミの背中におなかをぶつけてしまい「いたっ!」と悲鳴をあげしりもちをついた。そのモモンガのお尻の下でハツカネズミが苦しそうにチュウと鳴く。
リスは爛々と目を輝かせながら屈強なウサギの後ろでキョロキョロと見渡していた。
屈強なウサギが彼らに言う。
「おい!ちゃんと着いて来い!」
そういわれて、呆けていたハリネズミは我に返り急いで階段を降りた。その後に二匹はそそくさと続いた。
「村長、見学者三名と移住希望者一名をつれてまいりました。」
薄暗い通路を登ったり降りたりを繰り返してどこかもわからないひとつの部屋の前にたどり着き、屈強なウサギは部屋の中に伺いを立てた。部屋の中から答えが返ってきた。
「ご苦労。入れなさい。」
中に入ると、村長と呼ばれたうさぎが一匹木の椅子に腰掛けていた。
「はじめまして。皆からは村長と呼ばれている。君達は、どこから来たのか。」
リスは真っ先に答えた。
「ここはすばらしい!なんてすごいんだ!!こんなの見たことがない!!感動した!ぜひ、住まわせてくれ!!家族にも教えてもいいか?!」
幕して立てるようにリスは興奮して話す。
「落ち着いてくれ。君は見たところリスのようだが、どこから来たんだい?」
村長は今度は優しい口調で言う。
「ああ、失礼!私はリスのハヤテ。天木より南の木々からやって参りました。」
続いてハリネズミが前に一歩でて答えた。
「はじめまして、私はハリネズミのコウと申します。天木より南東の森から参りました。」
次にモモンガが大きい声で答える。
「はじめまして、ワシはモモンガのヌーガ。天木より北西から来た。」
最後にハツカネズミがもじもじしながら答える。
「は、はじめまして。僕はハツカネズミのチール、です。天木から見て北から来ました。あ、これは駄洒落とかじゃないです。ほ、本当です!」
村長はそんなハツカネズミを気にせず、続けた。
「では、君達はどうしてここに来たのだね?」
この質問には皆同じ答えだった。
「風の噂で聞いた。」
目的はそれぞれ違っていたようだったので、村長はリスには三日ほど一人で住めるスペースを割り与えた。チールの目的はよく聞き取れなかったので、ほかの二匹とともに村を一通り案内して、ご馳走を施し帰すことにした。
三日後、リスのハヤテはお世話になった。と礼を言って去っていった。
彼は、最後まで家族もつれてきたいと言っていたが、村長はそれを認めなかった。
ハヤテはこの三日間いろんなところで働き、木の上で生活してきた経験を生かして、効率のいい的確な助言をしていった。その働きに見合った信頼をウサギたちから得ていた。村長の意向に反対するウサギ達が出つつあった。
数週間後、ウサギの村にハヤテが息を切らしながらやってきた。
「助けてくれ!ハリネズミたちに木の上の巣が襲われた!!」
話を聞くと、見学に来ていたコウとチールを筆頭にしたネズミ連合に襲われたらしいのだ。
「ふむ、どうしたものか。」村長は頭をひねった。
「頼む!門番の二人だけでもいいんだ!なんとか助けてくれ!」
ハヤテに助言をもらったウサギたちも村長に頼みに来た。
「ならん!」村長はハヤテの懇願を断った。
ハヤテを慕うウサギたちは村を出るといい、ハヤテの巣へ行くことを村長に宣言した。
「勝手にするといい、お前達が何をしても私は知らない。」村長は冷たく言い放った。
ハヤテについていくウサギ達は五匹。全員雄で、戦力でいえば村全体の兵力の三分の一だった。出て行くウサギに門番の二匹は槍を人数分渡した。これは実は村長の計らいであった。
五匹はハヤテにつれられて南の木々に向かった。ハヤテの巣がある木の下まで着いたが、そこにはネズミ連合の姿はなかった。変わりにモモンガのヌーガとその仲間が武装して大勢待っていた。
五匹の雄が村を出て数刻、階段のトラップにかかる音が村中に響き渡った。
また、イタチかキツネがきたのかと緊張感が走る。村長は確認する前に、門は固く閉ざすように命じた。誰の命も落とさせてはならない。
数日後、門を開けると、外の畑や肥溜めはむちゃくちゃになっていた。搬出搬入の装置は壊され、階段もイタチがやったとは思えないほど綺麗に一本も残っていなかった。階段職人はハヤテが連れて行った五匹の中に含まれていたので、材料があってもうまく作り直すことができずに一人が命を落とした。
村長は、村の事情を細部まで余所者に見せてしまったことを激しく後悔した。このままでは、空の孤島。飢えることはないが、このまま地上に降りることができないのは衛生上よくない。村長は苦悩し、喘いだ。
ハヤトについていかなかったウサギが村長の非を責め始めた。
ウサギ達は徐々にその空気に流され、次第に村長の命をもって責任をとらせるという話にまでなった。
村長は英雄ウサギと同じように木から突き落とすことに決まった。
当日、村長を慕っていた屈強な門番が村長を縛ったまま枝の縁に立たせ、泣きながら言う。
「最期に一言。村長。」
「皆のもの、今までよく着いて来てくれた。こんな結果になったことは残念だ。先導され、洗脳されたとはいえ、この結果はすべて私の自業自得だ。ただ、願わくばウサギの誇りを忘れないでほしい。あとは、若いものに任せる。ウサギ族万歳。」
そういって村長は自ら飛び降りた。
それから、数日後、ハヤトについていった階段職人のウサギがリスとモモンガとハリネズミとハツカネズミを大勢引き連れて登ってきた。
そうして門番を殺し、ウサギ達を虐殺していった。
そうして、彼ら三種族は天木に住まい続けることになった。
わずかに生き残った天木にいたウサギ族は、天木の下に町を作り、三種族から迫害を受けながら生活をすることになった。
おわり