1.ウサギと狼
(仮題)
H.30.2.21 芽里 武 作
H.30.2.21 芽里 武 作
私は小さく可愛らしい子供たちに私たちの住む森について教えていた。
「皆、この森で危ない生き物はなんだったかな?」
「イタチとキツネー!」
白くて耳の長いもこもこの天使達が元気よく答える。
私は岩に刻んだイタチとキツネのシルエットを指差しながらどこが爪でどう攻撃してくるかかなどを身振り手振りで話した。
鳴き真似まで取り入れて、面白おかしく教えないとすぐに飽きてそっぽむいてしまうので工夫が必要だった。
この村に越してきて落ち着いた時に任された仕事だった。当初は完全にカオス状態でとても教えられる状況ではなかった。試行錯誤の結果、この物まねが一番話を聞いてくれることがわかった。
この村は大木に雷が落ちてできた穴を改造して作られている。雷は大木の中腹で爆発するように発熱し、大木に大きな空洞を作った。と、私は村長からの受け売りを子供たちに身振り手振りを交えて説明していく。
「程よい高さのおかげでキツネやイタチに襲われることが減って、大木の果実のおかげで食べることに困ることはなくなったの。私達は大木のおかげで安全に生きていけるのよ。」
そして、襲われることを知らない子供達のためにこんな馬鹿げた教室が開かれることになったのだけど。と言いかけてその言葉を飲み込んだ。この子たちはこの村ができて初めて生まれた小さな子供達だ。一度も大木から下りたことがないらしい。
「せんせー、もうひとつの絵は何なの?」
イタチとキツネの隣にもうひとつのシルエットがある。
「これはすごく大きな肉食動物なのよ。先生も聞いたことしかないからわからないけど、出会ったら間違いなく食べられちゃうわよ。イタチやキツネよりこわーい動物よ!」
「やだー!わーわー!」
少し驚かせすぎたかな。教室は軽くパニックだった。
「でも、大丈夫よ!この動物は、この森じゃなくて、この村からずぅーっといったところにある川を更に越えたところにまでいかないといないから。それに村長が特別なおまじないをこの村にはしてあるって言ってたからね!」
私自身、そんな大型の肉食動物は見たこともないし会ったこともない。亡くなってしまった両親から小さい頃、寝るときに聞かされたことのあるくらいだった。
両親は私と妹を逃がすためにイタチに食べられてしまった。私の家族はもう妹しかいない。
両親が食べられている間に逃げた群れの仲間を信じられなくなった私は幼い妹を連れて群れを離れた。憔悴しきって行き倒れそうになったところをここの村長に拾われたのが、十日前のことだった。
私は教室を終えて、妹の待つ寝床へ帰った。
「ただいま。体調はどう?」
「おかえり。お姉ちゃん。大丈夫、そろそろ起きられると思うから。」
「いいよ。寝ておきな。休むのも仕事だよ。」
群れを離れてから無理をさせすぎたのが原因で、村についてからも妹の体調はなかなかよくならなかった。村長に診てもらったが様子を見ないとわからないと言われた。
「そういえば、今日もいろんな男の人がお姉ちゃんはどこにいるのか聞きにきてたよ。言われたとおり知らないって言っておいたけど。」
私達が引っ越してきてから、この村ではちょっとしたお祭りになっていた。なぜか雄ばかりが話しかけてきて、この村の雌からはよく思われていないのはよくわかった。こっちも迷惑しているのに。
「お姉ちゃん大人気だよね。前の群れのところでも雄に引っ張りだこだったもんね。」
「前の群れの話はしないで。」
「ごめん・・・。」
私は村長から分けてもらった大木の果実を割いてかけらを妹へ渡した。
「今日は起きて食べたい。」
彼女はそういってのったりと立ち上がった。そうして、床から出っ張っただけの木の椅子に腰掛け、両手に果実をもちチミチミと食べ初めた。
私はすぐに異変に気がついて顔面から血の気が引いた。妹のお腹の毛が斑模様に黒くなっていた。村長から、すぐに知らせに来いと妹を診せたときに忠告されていた症状だった。
妹は珍しく果実のかけらをすべて食べ終えて眠りについた。
私は妹に気づかれないように村長の元へと向かった。
「ああ、出てしまったか・・・。」
私が妹の症状を伝えると村長は耳を抱えたまま目を押さえてしまった。
私は懇願するような瞳で村長に聞いた。
「そんなに悪いんですか?」
「この病気は、うさぎ殺しと言って不治の病だといわれておるのだ。憔悴することで誰でも発症する可能性があるが、大体は症状が出る前に回復するので大事がないことが多いんだが……。」
私は村長に詰め寄った。
「そんな……症状が出たらもうだめなんですか!?」
「いや、うーん……。」
村長は煮え切らないバツの悪そうな顔をして私から目をそらした。
「どうなんですか!?妹はもうだめなんですか!?私のたった一人の家族なんです!」
村長はついに体を背けて俯いた。
「そう、ですか……。では、何日ほど持つのでしょうか?」
村長は背を向けたまま答えた。
「ワシがしっとるうさぎは大体、三日で目を覚まさなくなり、七日で呼吸が遅くなり、十二日で峠となる。進行が遅い病じゃ。」
私は頭が真っ白になり、その場に突っ伏してしまった。村長が近づいてきて私を抱き起こしてくれた。
「不治の病と言ったが、方法がないわけではないのじゃ。」
「な!?」
私は、どうしてそれを先に言わないのか!と村長の胸毛にグッと掴みかかった。
「いや、不可能なのじゃ。川の向こうの森の話はしたじゃろ?そこに光るキノコが生えておるらしいのじゃ。それを食べさせれば治ったことがあると先々代が言っておった……。確証はない上に、取りに行ったものは間違いなく生きて帰れないじゃろう。川に着く前にどれだけイタチやキツネに遭遇するか、川を超えてからは別世界じゃ。なにが起こるかもわからん。大型肉食獣の話はしたな?あれは脅しのための誇張ではないぞ?なぜ何もわからないか。それは見たものが皆殺されて帰ってこないからじゃ。なぜわかったか。すべて食べなかったのじゃよ。ただいたずらに殺す。そういう残虐性ももった生き物なのじゃ。その歯型から大きさを予想して話をしておるのじゃ。そんな生き物もおるところへ行って生きて帰れるはずがない。ましてや、探し物など……」
村長はなにやらブツブツと言っているが、私はもう村長の家から出ていた。外には見慣れない雄達が待っていた。どうやら立ち聞きをしていたらしい。咎める気も相手にする気もなく、生返事をしたまま帰路についた。
次の日の早朝、妹のことを隣の知り合いにお願いをして妹には少し頼まれごとで村から少しの間はなれると説明した。なかなか説得するのに時間がかかったが、私の熱量にただならぬものを感じて妹は折れてくれた。
村の出入り口に昨夜の雄達が旅支度をして待っていた。どうやら本気でついてくるつもりらしい。死んでも私は知らないし、囮にされるのが嫌なら着いてこないでくれ、と私は言い残し村を後にした。
十一日ぶりの土の感触を味わった。季節は秋。森はすっかり紅葉していた。背後から続いて村を降りてくるものの音がする。結局、二匹の雄がついてくることになった。
川の手前までくる道中、イタチにキツネと遭遇した。その度に、雄達は囮となり、私を体を張って守ってくれた。彼らとははぐれてしまったが、私は無事ここまでたどり着くことができた。彼らには冷たく当たってしまったことを激しく後悔し、感謝した。
私は、川に近づき水を飲もうと水面に顔を近づけた。そのとき、後ろの茂みに気配を感じた。イタチが私に噛み付こうとしてきた。私は川に飛び込んだ。泳げるはずもなく、私は水流に飲まれていった。
私は何かに咥えられて引き上げられた。やさしく地面に置かれお腹をさすられた。私は水を吐き出し、引き上げてくれた動物に礼を言おうと顔を上げた。
そこには大きな大きな顔。耳まで裂けそうなほどの大きな口。大きな牙。耳は尖った三角形。鋭い大きなグレーの瞳。私の何十倍もある大きさの白銀の毛に覆われた動物がそこにはいた。直感的にあの大型肉食動物だとわかった。私は気を失いそうになりながらこれだけは言っておかなくて、死ぬに死ねないと勇気を振り絞っていった。
「私を食べることは構わない!だけど病気の妹のためにどうしてもここに生えているという光るキノコが必要なの!どうか、それまで命を待ってほしい!」
大型動物はフフッと笑った後にやさしい声で答えた。
「別に食べる気だったら、もう食べてるよ。光るキノコが必要なのかい?それなら知っているよ。僕はキノコには少しうるさいんだ。君は本当に運がいいね。」
私は大型肉食獣にまた首根っこを咥えられてそのまま背中へボスンと載せられた。
「いいかい。つかまっていないと落ちてしまうからね。」
そういい終わるか否か、すごいスピードとゆれで目が回ってしまった。
あっという間に、光るキノコを見つけて、そのまま村まで送ってもらった。
村長に会わせて礼を言わせてくれと私はその大型動物にお願いしたら、きっと怖がるだろうからいいと言ったが、私は食い下がった。大木の下で待ってもらうことにした。
光るキノコをたった三日でもってきた私を英雄とたたえた村長はそのまま妹の元へ行きキノコを食べさせた。まだ意識もあったため、もりもりと食べる妹をみて私は安心した。が、まだ倒れるわけにはいかない外に大恩人がいるのだ。
村長を連れて大木の外に出るとその大型動物の姿はもうなかった。
代わりに、大きな長い白銀の毛が枯葉の上に数本落ちているだけだった。
おわり