認知科学的アプローチから、
「人の知性 (human intelligence)」を探る
専門分野は認知科学 (cognitive science)、特に意思決定科学 (decision science)です。
人は、人工知能 (artificial intelligence; AI)と比べると、計算能力や記憶容量などの面で劣っており、扱えるデータ量が圧倒的に少ないです。
しかしそうであっても、人は間違った判断ばかりをするものではありません。むしろ多くの場面で正確な判断を行うことができます。
我々はそれを、人ならではの優れた思考、すなわち「人の知性 (human intelligence)」だと捉えています。
人の知性の特徴や認知機序について、当研究室では行動実験や行動データの認知モデリング、計算機シミュレーションなどの認知科学的手法を駆使して研究しています。
Beyond the Bias
人は誰しも、時に誤った判断や行動(バイアス)を見せます。
これらを、単に「こんなバイアスがあるんだ」と捉えるのは簡単です。
しかしそれに終始してしまっては、人の知性の本質は捉えられません。
実世界では、人は計算能力や記憶容量などといった認知資源に大きな制約を持っています(特にAIと比べると明らかです)。また、情報が十分に得られなかったり、将来のことが分からなかったりと、判断時には多くの場合に不確実性を伴います。
これらを踏まえると、「バイアス」と思われる判断・行動の背後にも、合理的な側面が潜んでいる可能性が見えてきます。
例えば「時間をかければ正確に判断できるけれど、長時間の思考によって計算コストがかかる(あるいは他人に先を越される)ので、適度なところで思考を止めよう」と考えた結果、必ずしも正確ではない判断が行われていたのかもしれません。
一見すると単純だけれど、実はうまくやっている。
ここに、人に知性の本質があると私は考えています。
"AI × Human" system
ChatGPTをはじめ高度なAIシステムが身近になった現代では、人とAIとの「協働」が一層求められます。
このような時代には、「人単独」の判断、あるいは「AI単独」の判断の精度を高めるだけでは不十分です。
人とAIが力を合わせたとき、いわば「AI × 人」の判断の精度を高めることが重要です。
例えば、人に信頼(trust)されるAIは、いかにして設計できるか。人の判断能力を効果的に引き出す(boost)には、どのようなAIアシストが有効か。
これらを考えるうえでは、「AI」の側のみならず、「人」の側も理解することが求められます。
人の知性についての認知科学的探究は、よりよいAI協働に向けた示唆・提言を与える可能性をも秘めています。
Research keywords:
Heuristic: ヒューリスティック
Bounded rationality: 限定合理性
Ecological rationality: 生態学的合理性
Resource rationality: 資源合理性
Adaptive toolbox: 適応的道具箱
Quiz competition: 競技クイズ
Confidence: 確信度
Wisdom of crowds: 集合知
Nudge: ナッジ
Boost: ブースト
Approach:
Behavioral experiments (lab/online)
Cognitive modeling
Computer simulation
Mouse tracking
Skills:
software for analyses
・R/Rstudio (main)
・python; Spyder, jupyter notebook
・GNU Octave
・MATLAB
software for building experiments
・PsychoPy 3
・Qualtrics
研究室での主な研究トピックは以下の通りです
※ 下記に限らず、認知科学・意思決定科学関連のトピックを広く歓迎します
例えば、風邪をひいて薬を買いたいとします。店には、よく知っている製薬会社の薬Aと、あまり知らない製薬会社の薬Bがありました。薬に関する詳細な知識はない、けれど体調が悪いので詳しく調べる余裕もない。そんなとき、「とりあえず見知った方(薬A)を買おう」と考えることも多いのではないでしょうか。
「見知っている方を選ぶ」などといった単純な直感・経験則は、「ヒューリスティック」と呼ばれます。ヒューリスティックは、単純がゆえに誤った判断をもたらすことがありますが、うまくいくことも多いものです。
これは、実世界で「ある基準において価値が高い(例: よく効く薬) ≒ メディアなどに多く掲載される ≒ よく見聞きする」という構造が成り立っており、(おそらく無意識的ですが)人がこのような実世界の環境構造をうまく利用しているためだと考えられます。
人は、知識(具体的な情報)があれば知識を使って判断します。しかし知識が乏しくても、状況や環境に適応する形でヒューリスティックを用いています。このような判断方略の切り替えによって、人は実世界で正確な判断・行動を導いています。
また、課題の構造が変わったとしても、それに応じて人が判断方略をうまく変えている(正確性が高く、かつ広い場面に適用可能なヒューリスティックを使う)ことも明らかになってきました。
その他、各方略使用者の認知プロセスの特徴(衝動的/熟慮的など)を マウスカーソルの軌跡といった行動データから検証したり、時間的要素(記憶の減衰/活性など)を考慮したより高度な認知モデリングを試みたりすることで、ヒューリスティック使用に関するより詳細な理解も目指しています。
【主な業績】
Shirasuna, M. (2021). The adaptive use of heuristics: Investigations of human inferential strategies in a new task structure. (The University of Tokyo) [UTokyo Repository]
Shirasuna, M., Honda, H., Matsuka, T., & Ueda, K. (2020). Familiarity-matching: An ecologically rational heuristic for the relationships-comparison task. Cognitive Science. 44(2): e12806. https://doi.org/10.1111/cogs.12806
Shirasuna, M., Honda, H., Matsuka, T., & Ueda, K. (2017). Familiarity-matching in decision making: Experimental studies on cognitive processes and analyses of its ecological rationality. Proceedings of the 39th Annual Conference of the Cognitive Science Society (pp. 3143-3148).
[受賞] 第38回日本認知科学会大会発表賞 (白砂大・本田秀仁・松香敏彦・植田一博. (2021). そのヒューリスティックは、そもそも使えるのか ~正確性と使用可能性に基づくヒューリスティック使用の検証~. 日本認知科学会第38回大会, P1-11.)
人は、「これは何?」と他人に問うことで、知識を得て、外界と関わります。また、時には問われる側にもなり、他人に知識を伝え、他人の意図(聞きたいこと)を推定します。「問い」という営みは、人が誰しも経験する、いわば人の知性の根幹にもかかわるものです。
そして「問い」という営みは、クイズ(特に早押しクイズ)という形で、人々の競技・文化にもなっています。
しかし、その背後にある人の認知はほとんど明らかになっていません。
早押しクイズは、単なる「知識(記憶)の有無」の話だと思われがちですが、実際にはそうではありません。
早押しクイズには、「回答者・競争者・質問者」という三者のインタラクションを伴います。競争者より先にボタンを押さなければ意味がない。そのためには、問題文の途中(つまり不確実性下)でもボタンを押して、正答(質問者の意図)を予測する必要がある。そしてこの間にも、誤答に対するリスクや得点状況、確信度など、様々な認知的要素を勘案しなければならない…… 単なる知識・記憶を超えた一瞬の駆け引きが、ここには潜んでいます。
また、不十分な情報から正答をはじき出す認知過程や、より良い「問い」の在り方(例: 質問者の意図した解を的確に得られる)をモデル化できれば、その知見は優れた応答システム・作問システムの開発に活かせるかもしれません。クイズの競技性や娯楽性を踏まえると、競技戦略の立案(スポーツ科学)、知識の効果的な伝達(教育工学)といった方面への展開も見込まれます。さらに、クイズの「観戦者」がどのような場面に面白さを感じるのかを検討すれば、より楽しめるエンタテインメント設計(消費者心理学)にも資するといえます。
クイズを認知科学の視座から捉えることで、人の知性について新たな視点から探求できるほか、クイズという人特有の営みを文化たらしめる認知基盤に迫れる可能性も秘めています。
【主な業績】
Shirasuna, M. (2024). The evidence accumulation-based framework to explain human cognitive processes for considering quiz questions: A pilot study in Japan. PsyArXiv. https://doi.org/10.31234/osf.io/8q9u3
白砂大・小坂健太. (2024). 早押しクイズに見る不確実性下の判断:クイズ大会の行動データに基づく事例研究. 認知科学, 31(2), 352-361. https://doi.org/10.11225/cs.2024.004
[受賞] academist Prize第3期FINALイベント「若手研究者を投票で応援!- 100万円配分ピッチコンテスト」エマージングテクノロジーズ賞
[取材記事] QuizKnock『「早押しクイズの論文」が誕生!書いた人にいろいろ聞いてみた』[link]
[取材記事] QuizKnock『クイズ王はAIよりスゴい?「クイズの研究者」が考える未来予想図』[link]
※ クイズ競技者としての主な実績(2008年~2010年、2012年~2015年)
県立船橋高校例会 QF進出(2009年)、日本テレビ系番組「第30回高校生クイズ全国大会」全国大会ベスト8 (茨城県立水戸第一高等学校より出場; 2010年)、フジテレビ系番組「ブレインワールドカップ」日本代表 (千葉大学より出場; 2013年)、TBS系番組「ミッドナイト感謝祭!もってけダービー'14春」第2位 (千葉大学より出場; 2014年)、第1回クイズ山梨最強決定戦 優勝(2014年)、第14回一橋オープン QF進出(2014年)、STU XIII ペーパー50位(次次点; 内田賞) (2014年)、NEXT GENERATION2 ペーパー39位通過・2R進出 (2014年)、中央大学オープン2015 決勝進出 (2015年)、EQIDEN2015 復路進出・第5位 (千葉大学より出場; 2015年)、水戸オープン主催 (大会長として; 2015年)
個人で判断を下すのが難しいとき、多数決を取るなど、複数人の意見を集約させることがあります。認知科学では、複数人の意見を単に集約させる(多数決や平均化など)だけで、集団としての判断の精度が良くなることを「集合知」と呼びます。
では、どのような人の意見を集めれば(またはどのような手法で意見を集めれば)、集合知がうまく達成されるでしょう?
直感的には、「目の前にある問題」に対して高い確信度を持つ人の意見を受け入れるのがよいと思われます。しかし実社会は不確実性があり、将来どのような問題に出くわすか分かりません。目の前の問題に高いパフォーマンスを見せる集団も、「将来の(現時点では未知の)問題」に対しても高いパフォーマンスを見せられるとは限りません。
実際に、個々人の回答パターンにばらつきがある(多様性がある)集団の方が、回答が画一的な集団よりも、パフォーマンスが安定することが、行動データに基づく計算機シミュレーションから示されています。なぜなら、回答に多様性があれば個人レベルでの誤り・誤差を打ち消しあえるのに対し、回答が画一的であると集団全体が誤った方向に向かう場合もあるためです。
さらに、集合知をより効率的・効果的に達成させるためにどのような工夫ができるのかについても検証しています。例えば、呈示する刺激を個人ごとに変えることで、多様な視点から意見がもたらされるような手法を提案しています。
集合知がどのような状況や環境でうまく達成されるかを、理論(計算機シミュレーション)と実践(行動実験)の双方から検証することで、実社会における集団意思決定に向けた示唆・提言を与えることを目指します。
【主な業績】
Shirasuna, M., Honda, H. (2023). Can individual subjective confidence in training questions predict group performance in test questions?. PLOS ONE. 18(3): e0280984. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0280984
Shirasuna, M., & Honda, H. (2021). Do low-confidence individuals decrease group judgments’ accuracy? Investigations in terms of the wisdom of crowds framework. PsyArXiv. https://doi.org/10.31234/osf.io/xnk4p
Shirasuna, M., & Honda, H. (2022). How do individuals’ confidence about their judgments affect group judgments? Medium-level confidence will decrease accuracy. Poster presented at the 42nd Annual Meeting of the Society for Judgment and Decision Making.
Honda, H., Kagawa, R., & Shirasuna, M. (2024). The nature of anchor-biased estimates and its application to the wisdom of crowds. Cognition, 246, 105758. https://doi.org/10.1016/j.cognition.2024.105758
Honda, H., Kagawa, R., & Shirasuna, M. (2022). On the round number bias and wisdom of crowds in different response formats for numerical estimation. Scientific Reports. 12, 8617. https://doi.org/10.1038/s41598-022-11900-7
人の持つ認知的技量を引き出すことで正確な判断を促す介入策を「ブースト」と呼びます。昨今、優れたAIの開発に向けて大量の学習データを作ることが必須であり、そのためにも人の判断の精度を高めるための低コストなブーストが求められています。例えば、医療画像から病状の有無を判定する診断支援システムを作るうえでは、正確な正誤ラベルが付された学習データが必要です。質の良い学習データを作るには、「異常あり/なし」のラベルを人が極力正確に付与しなければなりません。
一般的には、考える時間を長く与えれば、正確な判断を促せます。しかし人の認知資源には限りがあるため、長く考えればそれだけ思考コスト(認知的負荷)もかかってしまいます。よって、思考コストを最小限に抑えつつ、正確さを最大限に高めるような、「適度な」思考時間を与えることが有効だといえます。
実際に、適度に短い思考時間を与えた群が、思考時間を与えない群よりも正確さが高まり、かつ長すぎる時間を与えた群よりも認知負荷が小さいことが、行動実験から明らかになっています。また、ブーストがなぜ/いかにしてうまく働いたのかを理解するために、判断時の認知負荷や認知プロセスを、主観評価のみならず行動レベル(例: マウスカーソルの軌跡)でも検証しています。
最近は「AI協働」の視点から、人の判断をより効果的にブーストできるような「AIアシスト」の在り方も探っています。単に「AI」の精度向上を追求するのではなく、「AI × 人」の精度向上を目指し、人の判断傾向にそくしたAIを提供することの有効性を、実験的に検討しています。
【主な業績】
Shirasuna, M., Kagawa, R., & Honda, H. (2025). Pause before action: Waiting short time as a simple and resource-rational boost. Scientific Reports. 15, 4362. https://doi.org/10.1038/s41598-025-87119-z
Shirasuna, M., Kagawa, R., & Honda, H. (2024). Cognitive Load In Speed-Accuracy Tradeoff: Theoretical and Empirical Evidence Based on Resource-Rational Analyses. Proceedings of the 46th Annual Conference of the Cognitive Science Society (pp. 5115-5121).
Shirasuna, M., Kagawa, R., & Honda, H. (2023). One-second wait: boosting to improve workers’ accuracy with less their workload. Oral presented at 1er Colloque international à distance NUDGES et ÉDUCATIO, in virtual (Nudgelabeducation, in Cergy, France).
Shirasuna, M., Kagawa, R., & Honda, H. (2023). A one-second wait improves judgment accuracy: A mouse tracking reveals cognitive processes during choice behaviors. Proceedings of the 45th Annual Conference of the Cognitive Science Society (p. 3672; accepted for 6-page paper, but we chose to publish only abstracts).
[受賞] 第41回日本認知科学会大会発表賞 (白砂大・香川璃奈・本田秀仁. (2024). 速さと正確さのトレードオフにおける適度な思考時間の存在: 資源合理的分析. 日本認知科学会第41回大会, O-1-2A.)
[受賞] 第19回日本認知心理学会優秀発表賞「技術性評価部門」(白砂大・香川璃奈・本田秀仁. (2022). 人の判断プロセスの解明に向けたマウス軌跡の実験的検討. 日本認知心理学会第19回大会, O-A03.)
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