どのように核酸を合成するか? 

はじめに

核酸医薬品、PCRのプライマーからゲノム編集のguide RNA、遺伝子・ゲノム合成、DNAナノテクノロジーからDNAストレージまで、核酸の化学合成が果たしている役割は大きい。今でこそ、短鎖核酸であるオリゴヌクレオチド(特に50塩基以下)は容易に入手できるが、その背景には核酸化学合成法の発展の歴史がある。そこで本ページでは、核酸化学合成の初期の歴史を簡単に振り返ってみる。なお、リンの名前がいろいろ出てくるので不安な方は別記事を見ておくといいかも。

核酸の化学合成法に関する最初の論文は、Alexander R. Todd博士らのジヌクレオチド合成(J. Chem. Soc. 1955, 2632.)である。5'-O-アセチルチミジン 3'-ベンジルホスファイト (元論文での名称、個人的にはホスホン酸ジエステルとかH-ホスホネートが好み)にN-クロロスクシンイミドを作用させてホスホロクロリデート(phosphorochloridate)を調整し、2,6-ルチジン存在下、3'-O-アセチルチミジンと反応させることで、ジヌクレオチドであるチミジンダイマーを合成している(下図)。ここで生成する中間体のホスホロクロリデート中間体の安定性は低く、そのままオリゴヌクレオチドを合成することは困難であったが、その後のホスホジエステル法、ホスホトリエステル法の礎となった。

つづいて登場すべき巨人はH. Gobind Khorana 博士である。Khorana博士は二つの概念を導入したとよく言われる。

1つ目の概念が保護基のオン・オフの使用である。同じヌクレオチドが連続して導入することを防ぐために、反応点となる5'水酸基を保護したヌクレオシドを用いて縮合、5'水酸基の保護基を脱保護して次の5'水酸基を保護したヌクレオシドを縮合するという方法である。言うのは簡単であるが、核酸の分解や塩基部やリン酸基の保護基が共存している中で、温和かつ迅速に脱保護されるような保護基が必要になる。そのような保護基として導入されたモノメトキシトリチル基(MMTr基)、ジメトキシトリチル基(DMTr基)は、現在(2023年)でも、標準的な5'水酸基の保護基として利用されている(J. Am. Chem. Soc. 1962, 84, 430)。他にもグアノシンに対するイソブチリル、アデノシンとシチジンに対するベンゾイル保護など、オリゴヌクレオチドで標準的に使用される第一世代の保護基を導入したのもKhorana博士である。 

もう一つの概念が反応性の高い不安定なリン酸誘導体を利用するのではなく、安定なリン酸誘導体を系中で活性化して反応させるという方法である(J. Am. Chem. Soc. 1958, 80, 6212)。不安定なホスホロクロリデートではなく、安定なホスホモノエステルを脱水縮合剤で活性化し、ホスホジエステル結合を生成させるという方法である(下図)。生成物としてホスホジエステル結合ができる合成法をホスホジエステル法と呼ぶ。

ただホスホジエステル法の問題として、反応効率の低さ(50-70%)や生成したホスホジエステルがさらに反応し、分岐したピロリン酸オリゴマーやオリゴヌクレオチドが合成されてしまうという多くの課題があった。

ホスホジエステル法の課題を回避する方法として、生成物としてホスホトリエステル結合ができる方法が種々検討された(下図)。いわゆるホスホトリエステル法である。例えば、Fritz Eckstein博士らのトリクロロエチル基で保護されたホスホロクロリデートを用いてホスホトリエステル結合をつくる方法(Angew. Chem. Int. Ed. 1967, 6, 562)、Colin B. Reese博士らのフェニル基で保護されたホスホロクロリデートを用いてホスホトリエステル結合をつくる方法(Chem. Commun. 1968, 13, 767)、Robert L. Letsinger博士らのシアノエチル基で保護したホスホジエステルを用いてホスホトリエステル結合をつくる方法(J. Am. Chem. Soc. 1969, 91, 3350)などである。

Letsinger博士らの方法はリン酸ジエステルを縮合剤で活性化する方法であり、取り扱いが容易であった。さらにLetsinger博士はペプチドの固相合成の研究しており、その経験を応用することでオリゴヌクレオチドの固相合成法をはじめたことも重要な貢献である。このホスホトリエステル法は最初のDNA自動合成機で用いられた化学である。その一方で、ホスホトリエステル法は、縮合効率が95~97%でかつ反応時間が長いという課題があり、長いオリゴヌクレオチドの合成を可能にするにはさらなる改善が必要であった。

そのような中、Letsinger博士は5価のリンではなく、3価のリンが高い反応性を示し、大幅に反応時間を短縮することが可能であることを報告した(下図)。しかし、初期に用いられたヌクレオシド ホスホロクロリダイト (phosphorochloridite)は不安定で副生成物も多く生成するため、-78℃の反応条件を利用するという方法であった(J. Am. Chem. Soc. 1975, 97, 3278.)。

1981年、3価のリンの高い反応性をうまく利用した新たな方法がMarvin H. Caruthers博士より報告された(Tetrahedron Lett. 1981, 22, 1859.)。それがホスホロアミダイト(phosphoramidite) 法である。Caruthers博士は、Letsinger研を卒業し、Khorana研でポスドクをしたという経歴をもっており、その経験を活かしたホスホロアミダイト法は核酸合成のこれまでの課題や解決策を踏まえた一つの到達点とも言える方法になっている。比較的安定なホスホロアミダイト構造をもつヌクレオシドに対し、弱酸である1H-テトラゾールを作用させると、5’水酸基と迅速な縮合反応が進行する。DNAの場合、わずか1分未満で99%もの効率で縮合できることから、現在の化学合成におけるスタンダードな方法である。反応機構は、反応性の高いアゾリド中間体が系中で生成し、縮合するというメカニズムが受け入れられている(Nucleic Acids Res. 1989, 17, 853、下図)。

ホスホロアミダイト法の一般的な合成サイクルを下図に示す。ホスホロアミダイトユニットと呼ばれるヌクレオシド誘導体と固相担体上の水酸基のカップリング工程、未反応の水酸基をそれ以上伸長しないようにキャップするキャッピング工程、3価のリンを5価のリン酸に酸化する酸化工程、末端のDMTr基を脱保護するデブロッキング工程からなるサイクルとなっている。任意の配列に対し、対応するヌクレオシド誘導体を順次反応させることで、目的のオリゴヌクレオチドを化学合成することが可能になっている。

また、固相担体としてCPGを導入したのもCaruthers博士である。Merrifield樹脂(ポリスチレン-ジビニルベンゼン)は通常膨潤する。膨潤しない固相は、膨潤のための空間が必要なく、反応後の試薬の除去を容易にし、短い洗浄で高い反応効率を維持できるようになった。CPGの他に高架橋度のポリスチレンも利用されている。

まとめ

ホスホロアミダイト法までの流れを簡単に紹介しました。余裕があったら、H-ホスホネート法やオキサチアホスホランを用いた方法など、異なる反応様式を用いた方法論の開発や、ホスホロアミダイト法での保護基や各ステップの最適化検討などさまざな検討についても紹介したいような、、、副反応の話も大事だし、、でも作るの大変だから、つづきは研究室でかな。

いずれにしても現在の化学合成法で到達している合成鎖長は論文報告ベースで~200ヌクレオチド程度遺伝子やゲノムといった核酸に比べてはるかに短いです。なので、より長い核酸を合成するには、過去の知見を踏まえ、新しいアプローチの開発が重要です。わたしたちの研究室ではこういった過去の知見を踏まえ、極微量な副反応を定量できるようになった今だからこそできる合成法の開発を行なっています。