このリン化合物、なんて名前?
このリン化合物、なんて名前?
はじめに
31PのNMRをみたとき、研究室ではこんな会話が繰り広げられます。
(文字の上付き下付きをやろうとすると大変そうだったので、そのまま書いてます、31とか)
この会話を聞いて、??ってなったそこの方、そんなあなたのためにこのページはあります。有機リン化合物の命名は、大学で使う有機化学の教科書ではあまり書いてないし、大学院で使うものでもあんまり見かけない。さらに有機化合物の命名法って名前の本を見てもちょこっと書いてあるだけ。オンラインでいくつか見かけるけど、ヌクレオチドとか思い浮かべながら見るとなんかうまくフィットしない。ってことで、命名の専門家でもなんでもないけど、実用上の観点からヌクレオチドに関わりそうなリンの名前をまとめてみました。
いろんな入り方があるけど、実用上からいくと、やっぱりホスフェート(phosphate)とホスファイト(phosphite)から入るのが個人的には好き。カルボン酸のアニオンであるカルボキシレート(carboxylate)のように、プロトンがついていない状態の名前。リン酸のプロトンの状態は、生化学と有機化学で扱いちょっと違うし、慣用的な扱いもちょいちょい出てくるので、初学者はまずは気にしないでスタートした方がいいかも。(例えばphosphiteはPO3の3-って考えるべきだけど、sodium phosphiteはNa2HPO3だったりする。あとで説明するホスホン酸のナトリウム塩って考えるからだろうけど、ここではちょっと放置)
ここで大事なのはphosphateとphosphiteの違い、aなのか、iなのかで、リンが5価と3価って変わっているということ。化合物の反応性が大きく違うので、会話の中でaなのか、iなのか、間違えると話が大きくかわってきちゃう。
ここで、phosphate、phosphiteのP-O結合を、一個ずつP-C結合、P-N結合、P-S結合、P-Cl結合に変えていくと下のようになります。(Rは本来のアルキルの意味ではなく、便宜上おいているだけです。全て同じでもないです。-だったりHだったりしてるけど、ちゃんと作るの大変だから、、、)
ここまでは規則正しい変化です。母音が重なるから、amidite/amidateがつく時は、phosphor"o"のoははいらないのに注意。
一つ例を出してみる。
みんな大好きアミダイト試薬。この名前 (2-Cyanoethyl N,N-diisopropylchlorophosphoramidite) を見てわかるように、phosphoramiditeでP-O二つとP-N、そこにchloroをつけてP-Oの一方をP-Clに変えている(リン酸の類型誘導体では電気陰性基に置換されるのは酸素原子)。ここで、Nの置換基にisopropyl基を2個(di)いれるとN,N-diisopropylchlorophosphoramidite。スペースをあけて書いているのが、O上の置換基。methyl carboxylateっていったらメチルエステルになるのをイメージしたら理解しやすいかも。
ラボではこの試薬、クロリダイトって呼んだりします。P-Clのある3価のリン試薬、名前長いから略しちゃってる感じです。あとはジアミダイトとか、アミダイトとか、、、
このaとi、他の原子でも使われます。sulfateとsulfite。構造思い浮かんだかな?
ちょっと話をもどして、ホスホネート(phosphonate)とかホスフィネート(phosphinate)とか、P-C結合(Cって書いてるけどHを含む)の化合物の名前ってちょっと規則正しくないなって思った人、同感です。これはリン酸イオンじゃなくてリン酸の命名が母体にあるからかな。ということで、carboxylateじゃなくてcarboxylic acidみたいな、〜acidはどうなるのか見てみようと思います。
(本当はこっちから説明すべきだけど、ちょっとややこしいから後回しにしました。)
~ic acidと~ous acidで価数が変わっている。phosphonic acidからphosphonate、phosphinic acidからphosphinateって考えるとすっきり。ここで注意なのはOHがある亜リン酸の状態は不安定で、互変異性でホスホン酸・ホスフィン酸の方に偏っちゃう。おそらくそのせいでsodium phosphiteはNa3PO3ではなくNa2HPO3なんだと思う。当然、酸素原子上にHがなければ互変異性しないので、亜リン酸トリエステルとかは、ホスホロアミダイト法の生成物なのでよく出てくる。
なおここに書いてあるphosphateとかは参考のためで、この構造に名前をつけるならtrihydrogen phosphateです。あとP-Oが完全になくなると違う命名の世界へ旅立つので注意。acidじゃないしね。
例を出してみよう。
どうだろう?なんとなく、ふんふんって感じじゃなかろうか。
いやいやリンを置換基として命名したいって?
リン酸の化合物の場合、いわゆる置換命名(いわゆる水素を変える)よりも官能基クラスの命名(基官能命名法、官能基の種類を連結する)が推奨されているけど、しゃーなしで使うときや論文で見かける時、あるよね。
正直、普段使わないのも調べて書いてみた。
注意点として、IUPACではphosphorylはP=Oだけで、他の置換基は指定する必要がある。けど生化学のphosphorylationとかphosphorylaseとかはリン酸化やリン酸化酵素として使っていい。ちょっと脱線するけど、5価のリン酸がつくphosphorylationに対応して3価の亜リン酸がつくことはphosphitylationと言います。よく使う。
核酸の分野でよくみるのはphosphonoとphosphinoかな。自分の理解では、phosphonoはphosphonic acid(HP(=O)OH2)から来ていて、P-Hの水素を置換した化合物。phosphinoはphosphine(PR3)から来ていると思っている。おそらく。ちがったらごめん。
ちょっとイメージをつけるために、みんな大好きphosphoramidite誘導体の命名を、phosphinoをつかってやってみる。(ChemDrawで名前から構造を生成してます)
phosphinoはPだけっていうのがわかるだろうか。cyanoeth"oxy"としないと酸素つかないし、aminoってしないと窒素つかない。比較のためにphosphoramiditeでの命名を見てみよう。
よく考えるとこの命名、Oが重複してる。phosphoramiditeにOが含まれていて、thymidineにも3'にOがある。glucoseのOHにリン酸PO4が付いているglucose 6-phosphateのように、酸素原子が重複していても、慣用的に表記されることがある。6-O-phosphono-glucoseでもいいけど、慣用名は強い。生化学での解りやすさの整合性をとっているのかな。
いろいろ言ってきたけど、困ったら1100ページぐらいあるけど、IUPACのBlue Bookをみましょう。
補足: カタカナ表記についてあれこれ
カタカナ表記のために音訳よくないという話は昔からあり、慣用名の学習負担低減と自動化のために、論理的で覚えやすいとされている組織名、いわゆる字訳基準表をもとにカタカナ表記を決めることが推奨されています。al, ate, ol, ole, oseなどの語尾はアール、アート、オール、オースのように長音とし、it, iteなどはイットと促音にすることが推奨されます。
ただ字訳、あまりにも発音から遠いし、、、英語が身近になった昨今、本当に学習負担低減になっているのか、ちょっと疑問。自動化は英語でやればいいし(2バイト文字やっかい)、、このHPでは慣習として使われている表記にしようかな。
まとめ
自分の作った子の名前は正しく付けるべきだという声もあり、命名をしっかりという先生はちょいちょいいる。ただ人間が作ったルールなので、なかなか合理的に全てスッキリというのは難しそう。ある程度はそういうものとして飲み込むしかないのかもしれない。
専門用語そのものはそんなに重要じゃないけど、内容のあるディスカッションするときは、どうしても専門用語が必要になる。一言一言調べたり、説明したりすると、なかなか話が進まないからね。なので、まずは自分の扱う化合物周辺から仲良くなるといいではなかろうか。
参考
Nomenclature of phosphorus-containing compounds of biochemical importance (Recommendations 1976)*
Nomenclature of Organic Chemistry. IUPAC Recommendations and Preferred Names 2013.