アンチセンス核酸って何?

はじめに

DNAからRNAが転写され、RNAが翻訳されてタンパク質になり機能を発現する。

この微生物からヒトまで共通のメカニズム、セントラルドグマに思いを馳せると、疾患に関連したタンパク質を主に標的とする低分子医薬品や抗体医薬品に加え、RNAやDNAを標的とする医薬品群の出現は必然であったと言える。本ページでは、特にRNAを標的とする核酸医薬品の一つ、アンチセンス核酸(アンチセンスオリゴヌクレオチド、ASO)に焦点をあてて概説しようと思う。

なお核酸医薬品はRNAを標的とするアンチセンス核酸やsiRNAのみならず、アプタマーやデコイ核酸、CpGオリゴのようにタンパク質を標的にしたり、TFOのようにDNAを標的としたりもするが、ここでは触れない。

ではまず、RNAを標的にするということについて考えてみよう。

化学の観点から見ると、ヒトゲノムは30億塩基対ものDNAからなり、その大部分の領域は一次転写産物としてRNAに転写されている。よって、ヒトの細胞ひとつひとつの中にはA、U、G、Cの並び順が異なるだけの、非常に物理化学的に類似したポリマー(RNA)の混合物が存在している。この混合物の中から疾患原因となっている特定のRNAにのみ作用するにはどうしたらいいだろうか。

その解の一つが、特定のRNAの持つ塩基配列に相補な配列をもつオリゴヌクレオチドを利用する方法である。あらためて述べるまでもないが、AはUに、GはCと選択的に水素結合することでワトソン・クリック塩基対を形成する。そのため、5'-AUGCGCという塩基配列があったら、3'-UACGCGという相補配列が選択的に塩基対形成することになる。物理的な安定性や構造についてより詳しく知りたい場合は別ページを参照してください。(まだ書いてないけど)

このワトソン・クリック塩基対という性質は、類似したポリマーの混合物から、特定のポリマーへのアクセスを可能にする。イメージしやすいように、数字に落とし込んで考えてみる。1塩基あたり、A、U、G、Cの4種類あるため、例えば17個連なると塩基配列の多様性としては約170億パターン(4^17)あることになる。ヒトゲノムは30億塩基対、60億塩基分の配列があるので、もしヒトゲノムがランダムな並び順だったら、17塩基長ぐらいの長さがあれば、作用する相手をだいたい一種類に限定できることになる。当然のこととしてヒトゲノムはランダムな配列ではないし、すべてが転写されるわけではない。またミスマッチ塩基対、欠失、挿入といった、配列の不適合があっても、ある程度は許容される場合がある。配列設計の観点からは、配列の多様性だけでなく、標的に作用するのに最適な親和性から、自然免疫応答をはじめとした多様なタンパク質との相互作用、標的RNAの高次構造、自己相補性、適した化学修飾の組み合わせなどなど、多様な観点からの配列最適化が必要になるが、脱線しすぎるのでここでは割愛。

このようにRNAを標的とする場合相補配列をもつオリゴヌクレオチドを利用するのは合理的なアプローチに思える。

アンチセンス核酸(ASO)について

DNA二重鎖を考えた時、タンパク質をコードしている、いわゆるコドン表で意味をなせるようなコーディング鎖のことをセンス鎖、その相補となる配列をアンチセンス鎖と呼ぶ。ゲノムDNAのアンチセンス鎖をテンプレートとして、RNAポリメラーゼはDNAの情報をRNAに転写し、相補配列となるセンス鎖の塩基配列をもつRNAが一次転写産物として生成する。タンパク質に翻訳されるmRNAはセンス鎖の配列をもつため、その相補配列を持つ一本鎖のオリゴヌクレオチド(アンチセンスオリゴヌクレオチド、ASO)を利用する方法のことをアンチセンス法と呼ぶ。

ここでタンパク質をコードしない、たとえばlncRNAなどを標的とする場合はASOと呼んでいいのか、ややこしくなるので、広く転写産物のRNAに相補なオリゴヌクレオチドをASOと呼んでいる。

アンチセンス法の最初の例としてよく挙げられる研究に1978年のPaul Zamecnik博士の報告(PNAS 1978, 75, 280)がある。35S RNAに部分的に相補な13塩基長の化学合成したオリゴヌクレオチド(DNA)をもちいて、細胞のウイルス複製および細胞形質転換を阻害した報告である。mRNAの環状化もしくは、翻訳開始阻害がそのメカニズムの候補として述べられている。なお無細胞系や、概念を紹介した論文はこれ以前にいくつかある。

RNAに相補のASOであるが、その作用機序により大きく二つに分類される。Stanley T. Crooke博士は、著書でOccupancy-Only-Mediated MechanismとOccupancy-Activated Destabilizationの二つに分類している(2008 Antisense drug technology, 2nd Eds, CRC Press)。すなわち二重鎖形成により、標的RNAに作用するタンパク質等を阻害する機序と、二重鎖形成により標的RNAの分解を誘導する機序である。

タンパク質等を阻害する機序は、RNAの分解を伴わないメカニズム、例えばスプライシング過程の阻害によるエクソンスキッピングや、エクソンインクルージョン、翻訳開始阻害が挙げられる。脊髄性筋萎縮症(SMA)治療薬のスピンラザ (nusinersen)やデュシェンヌ型筋ジストロフィー症 (DMD)治療薬のExondys51 (eteplirsen)、Vyondys53 (golodirsen)、Viltepso (viltolarsen)、Amondys45 (casimersen)、あとはバッテン病のmilasenなどが対応する。

標的RNAの分解を誘導する機序は、RNase Hを利用した分解が代表例だが、その他に5'キャップ化阻害や、3'ポリアデニル化阻害も含まれる。エクソンスキッピングを誘導して、ストップコドンを生成させナンセンスコドン介在的mRNA分解 (NMD) を誘導するなども含まれてくる。2023年の段階だと認可された分解型のアンチセンス核酸はすべてRNase H型であり、fomivirsen、mipomersen、 inotersen、volanesorsen、tofersenなどが挙げられる。

個人的には、現象で分類すると多くの場合は0、1とはならず、どっちも含まれるグレーな領域が大きいのが気になる。そのため、使用するASOの化学構造で分類できるRNase H依存的ASOとRNase H非依存的ASOで話すことが多い。RNase Hは微生物からヒトまで保存されている核酸分解酵素(エンドヌクレアーゼ)であり、DNA/RNA二重鎖構造を認識して、RNAのみを切断する酵素である。DNA複製におけるラギング鎖、岡崎フラグメントはRNAプライマーからの伸長であり、そのRNAの除去に関わる分解酵素(もっともASOが利用するRNase H1ではなくH2だけど)といえば、その重要さを納得してもらえるだろう。

そのためRNase H依存的ASOでは、連続したDNA配列を含んでいて、相補となるRNAとの二重鎖形成によりDNA/RNA二重鎖が形成されることで、RNase Hが認識、相補RNAのみが切断される。

もちろんこの分類でもグレーな分類の領域はある。例えば連続とはどのくらいか、とか、必ずRNase Hは関与するのか、とかである。ヒトRNaseH-RNA/DNA複合体のX線結晶構造(Mol Cell, 2007, 28, 264)やDNAを連続して入れる長さを変えた実験(例えばNucleic Acids Res. 2003, 31, 6365)より、認識には少なくとも5-7塩基長の連続したDNAが必要であり、ASOの構造に連続したDNAが5~7塩基以上ある場合は、RNase Hによる作用も関与しうるASOであるといえる。この閾値からすると、連続したDNAが5塩基より少ないのASOはRNase Hがほぼ関与しない機序、主に立体障害によるタンパク質等を阻害を含む機序で作用していると考えられる。これでもグレーな部分はあるが、比較的ましのように思う。

まとめ

まとまりなくアンチセンス核酸について入り口になりそうな話を書いてみたここに記載したように、非常にシンプルで分かりやすいメカニズムであるが、未だ課題は多い。私たちの研究室では、こういったメカニズムを一つ一つ踏まえ、ではどういった化学修飾を開発すれば今ある課題を解決できるか、新たなコンセプトのアプローチはないか、そのようなことを考えながら研究を展開しています。もちろん、アンチセンス核酸以外のアプローチもHPには書かないけどやってます。