研究 Research

1.性染色体の進化

性(有性生殖)は真核生物および一部の細菌にもみられる普遍的な繁殖戦略です.性決定には多様なメカニズムが存在しますが,なかでも性染色体は代表的な有性生殖機構のひとつとして知られています.性染色体は環境によらず性比を一定にできるなど,生物にとって有利な点もありそうです.実際,多くの生物が性染色体を持っています.しかし,その進化過程を考えると,話はそう単純ではありません.性染色体も元々は一対の常染色体であり,その常染色体の片方が性決定遺伝子を獲得することで性染色体になります.性染色体が生じると、性決定を安定して維持するためにX染色体とY染色体の間で組換えが抑制されるようになるのです.組換えは有害変異を除去する有効なメカニズムですので,組換えの機会を失ったY染色体は遺伝子を失ったり余計な配列が蓄積したりして退化します.このような潜在的不利にもかかわらず,どうやって性染色体を持つ生物は多様化してきたのでしょうか?

我々のグループでは,この謎にせまるべく,東京都立大学が世界に誇るショウジョウバエ資源を利用して,この謎の解明に取り組んでいます.

I)遺伝子量補償の進化

Y染色体が退化すると,もともとX染色体とY染色体に存在していた遺伝子が1つ減ってしまいます.メスにはX染色体が2本存在するので,つまりX染色体上の遺伝子はメスで2個,オスで1個という不均衡が生じます.この不均衡を解消するメカニズムとして知られているのが「遺伝子量補償」です.遺伝子量補償の様式は生物によって異なりますが,ショウジョウバエではオスのX染色体の転写活性が倍になることで,メスの2本のX染色体と同じ転写活性を持ちます.しかし,どのようにして進化の過程で遺伝子量補償のメカニズムが獲得されてきたのかはまだあまりよく分かっていません.我々のグループでは,常染色体が性染色体と融合することで生じたネオ性染色体とよばれる起源の新しい性染色体を用いてこの問題に取り組んでいます.

Nozawa et al. 2014 MBE

Nozawa et al. 2016 Nat Commun

Nozawa et al. 2018 GBE

II)性染色体化と性的拮抗の関係

性染色体は片方の性に偏った遺伝様式を持ちます.具体的にはX染色体は3分の2がメスを通じて,Y染色体はオスのみを通じて遺伝します.したがって,性染色体には片方の性に偏った発現を示す遺伝子(性バイアス遺伝子)が多数存在することが知られています.我々のグループでは,常染色体が性染色体になると,その染色体上の遺伝子が性バイアス遺伝子になることによって,性的拮抗(雌雄がそれぞれの性に最適な形質をめぐって争っている状態)が軽減するのではないかと考えています.この仮説を検証するため,ネオ性染色体を持つショウジョウバエとそれを持たない近縁種の遺伝子発現を雌雄で調べ,近縁種では両性で遺伝子発現に差がなく,ネオ性染色体を持つ種でのみ性バイアス遺伝子になった遺伝子の検出を試みています.

III)性染色体化とクロマチン構造の進化

性染色体が一対の常染色体から進化すると,クロマチン構造はどのように変化するのでしょうか?我々のグループでは,ネオ性染色体を持つショウジョウバエとそれを持たない近縁種のヒストン修飾をChIP-seqとよばれる手法を用いて網羅的に調べています.

IV)性染色体の一生追跡による進化過程の全容解明

性染色体の一生は場合によっては1億年以上にもおよびます.したがって,その一生を直接観察することはできません.我々のグループでは,様々なショウジョウバエの核型などの観察から誕生直後,初期,中期,後期,再転換期(常染色体への再転換直後)の状態にある様々な性染色体を発見してきました.これらの性染色体を持つショウジョウバエのゲノム,トランスクリプトーム,エピゲノムを調べることで,性染色体進化の全容を明らかにしようと試みています.成果は随時アップデートしていく予定です.

2.miRNAを介した遺伝子発現調節機構の進化

miRNAは21~24ヌクレオチドからなる低分子RNAです.このRNAは標的とする遺伝子のmRNAに結合することでその遺伝子の発現を制御(抑制)することが知られています.動植物などに幅広く存在しており,生物のゲノム中に数百から数千のmiRNA遺伝子があることが明らかになっています.我々のグループでは,進化の過程で新たに生じたmiRNA遺伝子が,いかにして既存の遺伝子制御ネットワークに取り込まれていくのかに着目して研究を行っています.特に,① miRNAは時間と共に標的遺伝子の数を増やしていくのか,それとも減らしていくのか,② miRNAと標的遺伝子は共進化しているのか,などに着目し,ショウジョウバエを材料に研究を進めています.また,③ 生物情報学的な予測に頼らず一網打尽に細胞や組織中のmiRNA-標的mRNAペアを同定する手法の開発にも取り組んでいます.

Nozawa et al. 2010 GBE

Nozawa et al. 2012 GBE

Nozawa et al. 2016 GBE

Nozawa et al. 2016 Encyclopedia for Evol. Biol.