2025年6月11日
暗所における葉のビタミンC分解に関する研究成果がPlant Science誌に掲載されました。
Tamami Hamada, Kojiro Yamamoto, Akane Hamada, and Takanori Maruta*
Dark-induced decrease in ascorbate levels in Arabidopsis leaves occurs independently of ascorbate peroxidase and oxidase, recycling enzymes, and senescence signaling.
Plant Science, 2025, in press. DOI: https://doi.org/10.1016/j.plantsci.2025.112608
■概要
植物の葉には、ビタミンC(アスコルビン酸)が豊富に含まれており、これは植物が環境ストレスに対抗するための大切なしくみのひとつです。しかし、夜間、特に長時間にわたって光が当たらない状態では、ビタミンCが急速に分解されます。植物はなぜ、日中に蓄えたビタミンCを、わざわざ夜間に分解するのでしょうか?その理由はまだわかっていません。
ビタミンCの分解は、その酸化型であるデヒドロアスコルビン酸(DHA)から始まるため、これまでその分解は、酸化と還元のバランスを調整する酵素によって制御されていると考えられてきました。そこで私たちは、ビタミンCの酸化還元制御に関わるさまざまな遺伝子を欠損させたシロイヌナズナの変異体を用いて、遮光条件下におけるビタミンC分解への影響を網羅的に調べました。その結果、暗闇で起こるビタミンCの減少は、従来知られていた酸化還元酵素や老化に関わるシグナル伝達経路には依存していないことが明らかになりました。これはつまり、植物のビタミンC分解には、これまで知られていなかった新たな制御メカニズムが存在する可能性を強く示しています。
■研究内容
ビタミンC(アスコルビン酸)は、植物の葉に高濃度で含まれる重要な抗酸化物質で、光合成の過程で発生する活性酸素(ROS)の過剰な蓄積を防ぎ、細胞を守る役割を果たしています。アスコルビン酸は日中に多く蓄積されますが、夜間や長期間にわたって光を遮った状態では、新たに合成されなくなる一方で、急速に分解されてしまうことが知られています(下図)。これは、収穫後の葉物野菜におけるビタミンCの損失の主な要因のひとつと考えられます。
アスコルビン酸の分解は、その酸化型であるデヒドロアスコルビン酸(DHA)から始まり、DHAは不安定なため、酵素を介さずにシュウ酸やL-トレオン酸などの物質へと分解されます。そのため、アスコルビン酸が酸化されるかどうかが、分解の進み具合に大きく関わると考えられてきました。
この酸化反応を促す酵素には、細胞の外で働くアスコルビン酸オキシダーゼ(AO)や、細胞の中で働くアスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APX)があります(下図)。一方で、酸化型を元の還元型アスコルビン酸に戻す酵素としては、モノデヒドロアスコルビン酸還元酵素(MDAR)やデヒドロアスコルビン酸還元酵素(DHAR)が知られており、これらは分解を抑える働きを持つと考えられています(下図)。
細胞内ではアスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APX)がアスコルビン酸を酸化する。酸化型のモノデヒドロアスコルビン酸(MDHA)とデヒドロアスコルビン酸(DHA)は、それぞれに特異的な還元酵素(MDARおよびDHAR)のはたらきにより還元型(ASC)へと再生される。細胞外(アポプラスト)では、アスコルビン酸オキシダーゼがアスコルビン酸を酸化する。MDARやDHARなどのアスコルビン酸再生酵素はアポプラストには存在しない。
また、暗所では植物の老化を進めるエチレンなどのシグナルが活性化され、葉緑素やタンパク質の分解が進むことも知られています。そのため、ビタミンCの分解もこうした老化のシグナルに影響されている可能性が考えられてきました。
しかし、これらの仮説を直接検証した研究はこれまでありませんでした。そこで本研究では、モデル植物シロイヌナズナを用い、アスコルビン酸の酸化還元制御や老化シグナルに関わる遺伝子に変異をもつ複数の変異体を使って、暗所でのビタミンC分解の仕組みを詳しく調べました。
まず、アスコルビン酸の酸化還元に関与する酵素群として、細胞内のAPX、MDAR、DHAR、細胞外のAO、そしてROSを合成する細胞外酵素としてNADPHオキシダーゼ(RBOH)に注目しました。これらの酵素を欠損した単独または多重変異体を用いて、長期間暗所に置いたときのビタミンC分解の様子を観察しました。その結果、どの変異体においてもビタミンCの分解速度にまったく変化は見られませんでした。たとえば、ビタミンCの再生能力が大きく低下した五重変異体(∆dhar pad2 mdar5)や、細胞外の酸化還元環境が大きく変わると考えられるao2 rbohD二重変異体でも、野生型と同じようにアスコルビン酸の分解が進行していました。これらの結果から、細胞内外の酸化還元制御が、ビタミンC分解の速度に影響を及ぼさないことが強く示されました。さらに、エチレンを中心とした老化シグナルの関与についても調べましたが、これもアスコルビン酸分解には関与していないことがわかりました。
このように、本研究ではこれまで仮説にとどまっていた「ビタミンCの酸化還元制御が分解速度を決めている」という考えに対し、遺伝学的な実験により否定的な証拠を得ることができました。また、老化シグナルの影響も認められなかったことから、ビタミンC分解はこれら既知の制御機構とは独立して進行していると考えられます。
アスコルビン酸分解の起点がDHAであることから、アスコルビン酸の分解には「酸化プロセス」が必要不可欠です。したがって、APXやAOとは異なる新しい酸化酵素が暗所での分解に関わっている可能性があり、その候補としては、酸化と還元の両方を担うシトクロムb561や、植物に多く存在するクラスIIIペルオキシダーゼなどが挙げられます。
現在、私たちは、暗い環境でもビタミンC(アスコルビン酸)が分解されにくくなっているシロイヌナズナの突然変異体の探索を進めています。実際に、アスコルビン酸の分解が大幅に抑えられた複数の変異株をすでに単離することに成功しており、この現象が遺伝的な仕組みによってコントロールされていることが明らかになってきました。今後は、これらの変異株で見られる性質の原因となる遺伝子を特定し、その働きを詳しく調べることで、暗所におけるアスコルビン酸の分解メカニズムを解き明かしていく予定です。あわせて、「植物はなぜ、日中に蓄えたビタミンCを、わざわざ夜間に分解するのか?」という、私たちにとって非常に重要な疑問にも答えを見つけたいと考えています。
■あとがき
この研究は、今春に修士課程を修了した濱田珠未さん(タマさん)の修士論文研究として進められたものです。これまで私たちは、「なぜ植物はビタミンC(アスコルビン酸)を高濃度に蓄積しているのか?」という問いに対し、アスコルビン酸の合成・利用・再生に関わる分子メカニズムやその生理的な役割の解明に取り組んできました。本研究は、タマさんとともに初めて“分解”に焦点を当てた挑戦であり、新たなステップとなる試みでした。
これまでの研究を通じて、アスコルビン酸代謝に関連するさまざまな変異体を整備してきた私たちは、分解の仕組みを簡単に解明できるだろうと考えていました(正直に、ナメてました)。しかし、当初の予想は次々に覆され、怒りに燃えた(?)タマさんは、多重変異体の作出を次々に試みましたが、それでもアスコルビン酸の分解には影響が見られず、苦しい日々が続きました。それでもタマさんは粘り強く実験を続け、最終的には「細胞内でのアスコルビン酸の酸化還元制御は、その分解には関与していない」という明確な結論を導くことができました。さらに、この結果から「未解明の新規酵素」の存在が強く示され、今では順遺伝学的アプローチによる新たな解析へと発展し、少しずつ成果が見え始めています。
というわけで、この研究は、私たちにとって「アスコルビン酸分解」という新たな研究分野の出発点であり、これからの方向性を切り拓く大きな一歩となりました。タマさん、本当にありがとう!そして、早く戻ってきてください。みんなで待っています!