#17 思いやりもいろいろ
前回は、日本の典型的なオフィス空間とそこで生まれるコミュニケーションについてご紹介しました。部署ごとの大部屋で上司と部下が同じ空間で働き、机には仕切りや衝立がないため、電話の内容や雑談が自然と耳に入ってきます。アメリカやドイツのように個別の空間が確保されたオフィスと比べると、「漏れ聞こえる」「察する」といった形のコミュニケーションがより重要になってくるのです。須田(2004)はこれを、日本の高コンテクスト文化を示す好例として挙げていました。今日は、この高コンテクスト文化と低コンテクスト文化の違いについてまとめてみます。
高コンテクスト文化では、非言語的なやりとりが大切で、明確に言葉にされない情報を、周りの雰囲気や状況からくみ取ることが求められます。一方、低コンテクスト文化では、情報は明確に言語化され、発した言葉はそのままの意味に受け取られるのが基本で、本音と建前といった使い分けはほとんどありません。
Rosh & Segler(1987)によれば、西欧の多くの国々は低コンテクスト文化に属し、それ以外の国々は高コンテクスト寄りだとされています。東(2009)が示す図では、〔低 ←ドイツ‐スカンジナビア‐アメリカ‐フランス‐イタリア‐ラテンアメリカ‐アラビア‐日本 →高〕と位置づけられており、日本は最も高コンテクスト文化、そして昨日とりあげたドイツは最も低コンテクスト文化にあるとされています。
こうした違いがよく現れる場面の一つが、客を招いて飲み物をすすめるときです。東(1994)は日英語を比較していて、とてもわかりやすい例を紹介しています。
日本では、今の猛暑の場合、「たいしたものはないんですけど」と言いながら冷えた麦茶やジュースをさっと出すのが自然でしょう。冬なら温かいお茶やホットコーヒーなどでしょうか。先日、友人宅でキャンプ道具を運んでいたときも、友人のお母さんが汗だくになっている我々を見て、氷入りの麦茶を何も言わずにさっと出してくれました(優しさがプラスされ美味しさも増していました)。
一方、英語の例では次のようなやりとりが紹介されています。
Host: We have lemonade, orange juice, Coke, Sprite, Dr. Pepper, root beer, and tea. What would you like?
Guest: Anything will be fine.
Host: Most people are having tea. How about tea?
飲み物を具体的に列挙し、客が「何でもいい」と答えても、もう一度念を押すように相手に決定権を与えています。このやりとりからもわかるように、アメリカでは客の好みを無視してさっと何かを出すことはほぼなく、たとえ飲み物が一種類しかなくても「それでいいか?」と確認するのだそうです。
つまり、日本のようにいちいち口に出さない「察する」コミュニケーション(高コンテクスト)と、アメリカのようにきちんと口に出して相手に選んでもらうコミュニケーション(低コンテクスト)の違いがここにはっきり現れます。これは以前触れた「発話の解釈の責任が話し手にあるのか聞き手にあるのか」という話題ともつながります(話し手志向・聞き手志向)。
どちらも「相手のため」を思っての行為であるにもかかわらず、その場に適切なふるまいが言語文化によって異なることが分かります。そして同時に、「思いやり」の示し方にも多様な形があるのだと気づくと、少し得をした気分になります。私自身は状況によって、どちらのスタイルも使い分けています。
参考
東照二. (2009). 社会言語学入門<改訂版>: 生きた言葉のおもしろさに迫る. 研究社.
東照二. (1994). 丁寧な英語・失礼な英語: 英語のポライトネス・ストラテジー. 研究社.
須田紀子. (2004). 異文化理解への道. 青山社.
keywords
[高コンテクスト文化] [低コンテクスト文化] [話し手志向] [聞き手志向]