松村圭一郎
2026.1.7
軽井沢書店でたまたま手にした一冊。エチオピアの農村部でのフィールドワークの話だけではなく、コロナ禍での社会の変化など、扱われている内容が幅広く、ときに似ていてときに異なる、世界の捉え方を知りワクワクする一冊でした。その中でも心に留めておきたい箇所は・・・
「大学は、何かを知っている人が知らない人に教える場ではない。教員と学生がともに学び考えながら、答えのわかっていない問いをわかろうと追究する場だ。」
日本に輸入される熟す前に収穫されたバナナと、エチオピアで食べた実がなったまま熟した村のバナナをくらべて、
「いつでも何でも好きなものが手に入る。それは「豊かさ」ではないのかもしれない。」
長田弘
2025.12.30
随分とじっくり読書とご無沙汰になってしまいました。せわしない日々の中でも、何を食べるか、食べたいか、誰と食べるか…など、食の時間は大切にしてきましたが、そんな中で「食」と「ことば」が一緒になったこの詩集に惹かれたのだと思います。
最初の詩のタイトルもドンピシャで「言葉のダシのとりかた」。かつおぶしでなく、言葉の表面を削り、鍋に入れ、アクを取り、火を止めて言葉を濾しとりできる言葉の一番ダシ。
「だが、まちがえてはいけない。他人の言葉はダシにはつかえない。いつでも自分の言葉をつかわねばならない。」
食にまつわる人々の様々なエピソードが述べられたあとには、
「食卓にのるは常に人生。・・・人間は生きている比喩である。」
私のこれからの言葉とストーリーはどのような味になっていくのかしらと思いを馳せながら…ごちそうさまでした。
茂木健一郎
2025.10.12
国際ビジネスコミュニケーション学会にて紹介されていた著書を読みました。偶然の幸運に出会う能力「セレンディピティ」のために何が必要かを説く本でしたが、自分の専門と照らし合わせて印象に残ったフレーズを紹介させてください。
「胸に満ちる万感の思いの中から、何を口にして何を秘めるか。そこにこそ、人間の世界観や価値観、尊厳や美質が表れるのであります。言うべきことと言うべきでないことを、自ら峻別する。無意識に垂れ流すのではなく、意識的に表に出すものをセレクトする。受け止めるほうも、相手の言葉がセレクトされた、吟味されたひと言であるということをわきまえる」
「表現は生き方の果実なのである。そのことを、胸に刻んでおいてくれたまえ。ヌルい人生からは、ユルい表現しか出てこない。心に響く言葉の背後には、必ず、厳しくも妥協しない生き方がある。」
どちらも、ことばを文脈や話し手の属性から紡ぎだされる選択と捉える社会言語学と親和性が高いと思い、強く印象に残りました。これらの言葉を胸に、私自身も、エネルギッシュにがむしゃらに生き自分のことばに命を吹き込んでいきたいと思いました。
二宮敦人
2025.9.27
随分と時間をかけてしまいましたがやっと読み終わりました。エピソード満天。
建築科の学生のエピソードでは、「いつも通る場所をよく観察して、自分なりに記述する」という課題に対し、その学生が農家の倉庫を対象として、並んでいる農機具の名前、生えている木や雑草の名前なども含めて全てスケッチしていたそうで、その学生が言ったセリフが印象に残りました。
「一定の期間そこにいないと、見えてこないころもあるんです。柵のこの部分は猫の通り道になっているだとか…。」
また、指揮科の学生のエピソードからは励みになるフレーズが・・・。
「初対面のオーケストラに行く時なんか、もう緊張して…胃が痛いですよ。…先生は『百人いたら百人がこちらを好きになってくれることはない。だが、百人がこちらを嫌うこともない』って言いますね。」
授業で沢山の人に見られジャッジされ得る恐ろしさを日々感じる中で、この言葉は思い返したいひとつとなりました。
あとがきには、この本が、飲み会で著者の妻の藝大エピソードを編集者と雑談していたことがきっかけになったと書かれています。Day Logでも触れていますが、雑談の力を改めて感じます。
星野道夫
2025.9.7
前回に引き続き、神保町で手にした一冊。以前、東京都写真美術館にて「星野道夫 悠久の時を旅する」の写真展を訪れたことを思い出して、懐かしい気持ちで手に取りました。
著者は大学生のときに、同じく神保町で出会ったアラスカの写真を見て手紙を書き、現地を訪れ、それから自然と共にする人生を選ぶ。星野さんの写真には対象そのものに対する深い愛が映し出されている。アラスカを旅し暮らすことを選択する行動力に憧れつつ、自分も何か自分だけの対象にその愛を注いでいきたいと思ったり。本書の中で印象に残った箇所をひとつ、ふたつ。
「短い一生で 心魅かれることに多くは出合わない もし 見つけたら 大切に… 大切に...」
「人はいつも無意識のうちに、自分の心を通して風景を見る。オーロラの不思議な光が語りかけてくるものは、それを見つめる者の、内なる心の風景の中にあるのだろう」
「ピュアラック、つまり絶対的な幸運など存在するのだろうか。シャッターチャンスとは、やはりどこかで自分の写真を撮る姿勢と関わっているような気がする。つまり、どれだけ撮りたいと思い続けたか。その前を通り過ぎずに立ち止まれるか。そのためにどれくらい待てるのか…。それらのすべてが絡み合い、本来、偶然的な自然の営みの中で起きるシャッターチャンスという瞬間への、不思議な道に続いているような気がするのである。」
瀬戸内寂聴
2025.8.20
神保町の古本屋で手にした一冊。声に出して言いづらいことも、優しく、それでいて鋭く指摘している。
第8話の「みそかごと」では
「結婚式の披露宴が、盛大でにぎやかであればあるほど、なぜか空しくて、その長さにも嘘く臭さにも、義理で出席した客たちが白けきってしまうのは、ここまで公に認められてしまった後の二人の男女の間には、もはや、わくわくも、じんわりも、ひしひしも、かっかもなくなって、いち早く訪れる幻滅と倦怠の予感だけが感じられるので、おめでたいおめでたいと口でいいながら、どこかお腹の中でそんなことないぞと思っているからではないでしょうか」
と、公にしないこと(みそかごと)の魅力について触れている。互いに関心を惹きつけ合う、もしくは魅力的であり続けるために、未知の部分を残しておくこと。これは男女に限った話ではなく、公開をベースとするSNSや日々のコミュニケーションにおいても「どうあるか」を考えさせられる内容だと思いました。
田坂広志
2025.8.18
こういう本も結構好き。古典を読み解くのとはまた違った方法で軽やかに楽しめる。「最先端の科学の知見と最古の宗教の直観との一致」にはかなり説得力があった。面白かったのは、「他人を非難し否定する言葉は、自分に戻ってくる」というセクションで、
我々が、誰かを非難し否定する言葉を、強く、感情的に語るとき、我々の無意識の世界では、その言葉の「主語」が抜け落ち、「述語」が自分に返ってくるのである。(あいつは、駄目な奴だ!あの人は絶対失敗する!、とか。)
の部分。これは逆に、褒め言葉などのポジティブな言葉にも通ずる気がする。何かに対して評価する(スタンスをとる)ということが間主観的なものだということとも繋がっている気がするし、今後少し考えてみたい内容となりました。
高橋源一郎
2025.8.17
これからホームページを毎日書くぞ〜と思っていたらこの本とたまたま遭遇。
この世界に生きるわたしたちは、ことばを使って考えます。他のやり方はありません。だから、「考える」とは「ことば」を使うことそのものなのです。そして、わたしたちの使うことばは、実は「社会」が使うことばでもあるのです。わたしたちは「社会」が教える「ことば」を学び、その「ことば」を使って考える。… だから、わたしたちが「ことば」を使って「考える」しかないのなら、実は、わたしたちは、「社会」がそのように「考えろ」というやり方に従うことになる。… どうすれば自由に「書く」ことができるのでしょうか。その一つが「考えずに」書くことでした。… そしてもう一つが、「考える」ことそのものを「書く」ことだったのです。
著者は比喩的に、社会のことばを「昼間のわたし」、それから解放されたことばを「夜のわたし」と呼んでいました。少し恥ずかしいですが、ここで「夜のわたし」を見せられるようにこれから頑張ります(笑)
板坂元
2025.8.4
神保町の中川書房で偶然出会った1冊。
現代アメリカ社会といっても1985年のものなので注意の必要アリ。だけれどもその内容は驚くほどに今と変わっていない気がする。
特に面白かったのは、「仕事中毒の本家はむしろアメリカなのだ」と「水墨画に鉛筆で濃い輪郭をつけるような翻訳」の章2つ。
前者では、マネジャー級で週平均70時間、社長クラスともなると100時間労働しているとのことだった。そして面白いことにそういう家庭ほど離婚率が低いとか。
後者では、川端康成の雪国の翻訳の中で、冒頭ではなくキスシーンの描写について取り上げているのが新鮮だった。タイトルは、英語の時制に当てはめる際に筆者が抱いた感覚のこと。言い得て妙。
前期の授業が終わったので、この夏は本読みの沈潜を図りたいと思います。
村田和代
2025.7.26
社会言語学を専門とすることの喜びを再認識させてくれる本。同時に、以前コロナ禍に企業の声明文を分析したときの気持ちが蘇ってきた。
「生きていることばやコミュニケーションの有り様」を研究すること。実社会のコミュニケーションを可視化し、より良く(より優しく)なれる道を模索すること。どれも自分も引き継ぎたい思いだなと染み入りました。
これからのことばの有り様を見るのが今から楽しみだ〜。
やなせたかし
2025.7.9
朝ドラに合わせてこちら読み進めておりました。
「ほんとうの正義というものは、けっしてかっこいいものではないし、そして、そのためにかならず自分も深く傷つくものです。」
予想していたよりも後に、そしてぬるっとアンパンマンが誕生するけど、その劇的でない感じがとてもリアル。何が起こるか分かないけど、後から考えると全部の経験や作品がゆるやかに繋がっている。
鷲田清一
2025.6.13
日本英文学会の書籍展示で運命的に出会った一冊。鷲田清一が朝日新聞で連載している「折々のことば」ラバーとして、迷うことなく購入。
日本英文学会での自分の発表とも関わるまさにの一節を確認し、深くうんうんと頷き中…もはやうんうんと声に出しながら読んでおります。 そういう時間が嬉しい。
「多様性」の落とし穴
「多様な社会を謳いつつも、じつはこれまで以上に一様な社会になっているとつくづく思わされる。… 全国におよそ八百ある大学の運営形態の一様さもそうだが、名だたる企業も、かつてはそれぞれに経営の手法に個性があって、社是もみな独特であった。」
私のデータも実際に物語っている。どうしてか、どうあってほしいか、どうするか。考えながら先に進みます🚶
金谷治 訳注
2025.5.17
雨のことば辞典、の前にこちらを読了しました。出かける前でしたが、ラストにかけてふんふんと一気に読んでしまった。幸福感に包まれております。
大学のほう
「大学の最初の教育では、世界のすべての事物について、すでに自分の見ぬいた理を手がかりとしてますますそれをおしきわめ、そのようにして理の極点にまで到達することを、学ぶ者たちすべてに必ず追求させるのである。」
中庸のほう
「平凡で恒常的な日常の徳を実行し、平凡で恒常的な日常のことばを慎重にして、足りないところがあればあくまで行きつこうと努力し、過ぎたところがあれば、慎重に抑えて自制する。そしてものを言うときにはことばが実行より過ぎないようにと注意し、事を行うときには実行がことばに及ばぬことがないようにと注意(して、言と行との一致に努力)する。」
イェーリング著
村上淳一訳
2025.4.30
読むと勇気づけられると同時に荒々しい気持ちにさせられる一冊。まるでヒッピーにとってのサリンジャーのような、少し危険なバイブル臭が漂っている…。
「権利侵害によって自分自身ないし他人がどんなに大きな苦痛を受けるか経験したことのない者は、「ローマ法大全」の全巻を暗記しているとしても権利の何たるかを知っているとは言えない。」
「権利という恵みを受けている者は誰でも、法律の力と威信を維持するためにそれぞれに貢献せねばならぬ。要するに、誰もが社会の利益のために権利を主張すべき生まれながらの戦士なのだ。」
最後に紹介されるゲーテの箴言にもうっとり🫠
「智慧の最後の結論は斯くの如し 自由と生を享受して然るべきは、日々それを蠃(か)ち得ねばならぬ者のみ」
倉嶋 厚、原田 稔
2025.4.12
『雨のことば辞典』を楽しく読んでいます。筆者の雨愛に溢れていて、おかげさまで雨の見方が変わりそうです。雨と冬と夜の三余は読書に当てたいと思います。さらにポーランドの雨のことわざも発見。
「私がいないと私を求め、私がいると私の前から逃げる」
ずっと雨模様だった昨年のポーランド旅を思い出ししみじみ...。
ニーチェ著
水上英廣訳
2025.3.20
春休み中にやっと読み終えました。
とはいえまだ上巻。
「あなたは、あの支柱の美徳にならうべきだ。支柱は上に行けば行くほど、ますます美しく、華奢になり、しかも内部はますます強く、支える力を増す。」