#60 ありのままに世界を捉える
『The Cognitive Linguistics Reader』をテキストとして使おうかなと思い、昨日はざっと目を通していました。誤解を恐れずに言えば、言語を通して人間そのものを解明しようとする認知言語学の試みにロマンを感じています。
今回はその中でも、事例を楽しく読んだメトニミー(換喩)の部分について触れたいと思います。
今この原稿を書いているとき手元に本がないのが残念なのですが、佐藤信夫の『レトリック感覚』の中で、メタファーやメトニミー、シネクドキといった修辞は、単なる説得の技法としてではなく、現実を可能な限りありのままに捉えて表現することを可能にするものと述べられていて、そのとき強く感動したのを覚えています(後日、引用を追記したいと思います)。
メトニミーについては以前、婉曲表現(euphemism)の文脈で少し触れました。仲本(2012)の定義を借りれば、メトニミーとは、「二つのものや概念の近接性や関連性に基づき、一方を用いて他方を表す比喩的表現」のことです。
『Reader』でも、英語における<排泄行為>に関する婉曲表現を例に、メトニミーの使用が紹介されていました。
"face-threatening situations, which may be alleviated by metonymy-based euphemism.(メトニミーに基づく婉曲表現によって、対人的に脅威となる状況が和らげられることがある。)"
さらに、こうした婉曲表現が長く使われ続けると、もはや比喩的ではなく、直接的な意味として定着してしまうことにも触れられています(この点については、「2025-9-25 つねに負け戦の婉曲表現」でも取り上げました)。
"The euphemistic expressions may become so entrenched that they are no longer felt to be metonymic.(婉曲表現があまりに定着すると、それがもはやメトニミーだと感じられなくなる。)"
その場合、新しい表現が生まれて入れ替わるとされています。
"Metonymic expressions which are no longer felt to mystify a taboo topic tend to be replaced by new non-default metonymies. This happened to the originally euphemistic word toilet, which was replaced by bathroom and restroom, which in their turn have been supplanted by expressions such as facilities and comfort station.(もはやタブーを覆い隠す役割を果たさなくなったメトニミー的表現は、新たな表現に置き換えられる傾向がある。たとえば、もともと婉曲的だった toilet は bathroom や restroom に置き換えられ、それらもさらに facilities や comfort station などの語に取って代わられた。)"
仲本(2012)は「鍋が煮える」(実際は中身が煮えている)といった例や、Nunberg(1978)の The ham sandwich is waiting for his check(「ハムサンドが勘定を待っている」=ハムサンドを注文した客)といった例を挙げ、その後メトニミー使用の動機付けについてこれまでの議論をまとめています。
Langacker(1993)は、メトニミーを「参照点能力(reference point ability)」の反映とし、知覚的に際立った(cognitive salience)ものを参照点として、目標(target)に注意を向けると説明しています。また、Lakoff and Johnson(1980)は「換喩リンク(metonymy links)」を提案し、出来事と場所、生産物と生産者、全体と部分など、日常経験に基づく関係から発想されていると述べています。彼らはメトニミーを単なる指示の仕組みとしてではなく、対象をどう捉えるかという積極的なカテゴリー化の選択として位置づけています。
今日はこのあたりまでにしますが、ひとつ思い出したことがあります。
以前、学生Aが学生Bに少し腹を立てていて、その学生Bがいる空間で私に愚痴を言おうとしたことがありました。そのときAはこう言いました。
「あの赤髪が……」
学生Bは髪を赤く染めていました。対象を名前でなく髪色で呼び、その行為を否定的な文脈で語っていたわけですが、この「赤髪」という表現の使い方には、さまざまな言語学的示唆が含まれているように思います。
参考
仲本康一郎(2011). 「メトニミー再考」『山梨大学教育人間科学部紀要』13(20), 302–320.
Langacker, R. W. (1993). Reference-point constructions. In R. W. Langacker (1999), Grammar and conceptualization (pp. 189–201). Berlin: Mouton de Gruyter.
Nunberg, G. (1978). The pragmatics of reference. Bloomington: Indiana University Linguistics Club.
Lakoff, G., & Johnson, M. (1980). Metaphors we live by. Chicago: The University of Chicago Press.
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[メトニミー] [ユーフェミズム] [参照点能力]