#46 つねに負け戦の婉曲表現
昨日、なんとか紀要論文を執筆し終えました…。その中で、瀬戸(1997)のユーフェミズム(euphemism, 婉曲法)の概念を、ある現象の説明に使ったのですが、改めて面白いなと思ったので、ここに書き留めておきたいと思います。また、これを読んでいて、大学院に入りたての頃に自分が書いたレポートについても思い出したので、少し触れてみます。
瀬戸(1997)によれば、「ユーフェミズムは響きの悪いことばを響きの良いことばで置き換える」ものであり、そこには善玉と悪玉があるとされています。善玉は、おもに聞き手に不快感を与えないために、露骨な現実をことばのベールで装飾するもの。たとえば「老夫婦」を「熟年カップル」、「癌」を「ポリープ」、「肥満サイズ」を「ゆったりサイズ」と置き換えるといったケースです。一方、悪玉は話し手自身が不快にならないようにするもので、「賄賂」を「政治資金」、「売春」を「援助交際」と呼ぶ、といった表現があげられます。
ユーフェミズムを生み出す言語的な仕組みについては、瀬戸は「移す」「ずらす」「ぼかす」の三つをあげています。これはそれぞれメタファー、メトニミー、シネクドキの考え方に基づいています。
・メタファー:表現Aの意味領域を表現Bの意味領域に「移す」
例)「熟年」は<老い>を<実り>で表している。
・メトニミー:指示対象Aを、その世界のなかで隣接関係にある指示対象Bに「ずらす」
例)「手洗い」は<排泄行為>に後続して起こる(隣接して起こる)行為で、そこから<排泄行為>そのものを表す。
・シネクドキ:カテゴリーAを、それを含むより大きなカテゴリーBに「ぼかす」
例)「用足し」は<用足し>の一種として<排泄行為>を示す。
ユーフェミズムの対象となる意味領域としては、生老病死が代表的で、そのほか神・性・排泄・金・政治・人種・職業・障害などについても多用されるといいます。さらに、何がタブーになるかは社会や時代によって変化するため、ユーフェミズムの対象自体が変わっていく。ユーフェミズムそのものもまた変化していくという点も指摘されており、その証拠として「トイレ」に関する呼称が数多く存在することが挙げられています。
私自身、大学院時代のレポートで<排泄行為>の呼称のバリエーションと変遷を調べたことがあり、そのときには以下のような結果が得られました。(括弧内は例文の出典年です)
厠(712年)
便所(1336–1573年)
手水(1692年)
用を足す(1835–1839年)
はばかり(1887–1888年)
化粧室(1900年)
トイレット/トイレ(1928–1929年)
洗面所(1953年)
手洗い(1957年)
さらに、インターネット上には「花摘み」「キジ打ち」といった表現や、WC(Water Closet)を「ダブリュー・シー」「ワシントン・クラブ」「ボックス」と読み替えるような言い換えも存在します。また、「ちょっと」という垣根表現(hedge)を付けて「ちょっと外します」と表現することで、直接的に言わずに済ませることもあります。
このように表現が多様化するのは、一つには、一定期間ユーフェミズムが使われ続けると「いつの間にか臭いが伝染してしまう」からであり、瀬戸は「実体が透けて見えればもうおしまい」と述べています。ユーフェミズムは「つねに負け戦」であるとも・・・。
興味深い例として瀬戸が挙げているのは、黒人に対する呼称の変遷です。black(黒人)から始まり、darky(黒んぼ)、colored(有色人種)、negro(ニグロ)、Afro-American(アフリカ系アメリカ人)を経て、現在では一巡してblackに戻っている、というものです。
参考
瀬戸賢一(1997)『認識のレトリック』海鳴社
keywords
[婉曲法] [垣根表現] [メタファー] [メトニミー] [シネクドキ]