#63 前置きで緩和する
昨日に引き続き、今日はヘッジ(hedge)について書きたいと思います。もともとは、ネガティブ・ポライトネス・ストラテジーとしてのヘッジを取り上げるつもりでしたが、Brown and Levinson(1987)を読み直す中で、以前「2025-8-24 本音が言いにくい」で考えた「これ言ったらハラスメントになるかもしれないけど…」のような“逃げ”の前置き表現に関係する部分があり、そちらを紹介したいと思います。
そのときの記事では、このような前置き表現は「自分のこれからの発話内容がどのようなものであるかをメタに言及する」行為、つまり発話そのものについてコメントするメタ・コミュニケーションの一種として機能しているのではないかと考えました。今回改めてBrown and Levinson(1987)を読む中で、このような表現がヘッジの一種として扱われていることがわかりました。
Brown and Levinson(1987)によると、フェイスを脅かす行為(Face Threatening Act; FTA)には、それを和らげるためにさまざまなヘッジが用いられます。その中には「フェイス欲求を侵害することを直接予告する働き」を持つものもあり、次のような表現が例として挙げられています。
“frankly”(率直に言うと)
“to be honest”(正直に言うと)
“I hate to have to say this, but …”(こんなことは言いたくないのだが…)
“if I do say so myself”(自分で言うのもなんだが)
“I must say”(本当のところ)
これらの表現は、いずれもオン・レコードで発話している内容について、「本来はオフ・レコード(暗示的に言う)で述べるか、あるいは言わない方がよかったかもしれない」という含意を示すものだと説明されています。つまり、これから発する発話が相手のフェイスを脅かす可能性をあらかじめ示すことで、その影響をやわらげる働きを持つということが根底にあるのではないかと思われます。
同じ言語行為でも、理論的な枠組みの違いによって異なる角度から説明できるという点に、改めて気づかされました。言葉の機能をとらえるうえで、こうした視点の重なりを意識することが大切だと感じます。
参考
ブラウン, ペネロピ & レヴィンソン, スティーヴン・C.(著)田中典子(監修・翻訳)(2011).
『ポライトネス――言語使用における、ある普遍現象』研究社.
(原著:Brown, P. & Levinson, S. C. (1987). Politeness: Some Universals in Language Usage. Cambridge University Press.)
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[垣根表現] [FTA] [ポライトネス] [フェイス]