#14 本音が言いにくい
最近、話し手の発話、特に「評価」や「意見の提示」といったものが、ハラスメントやマウントと受け取られて非難される場面が増えているように思います。
以前オーディエンス・デザインについて書いたときには、聞き手の性質や発話への貢献度が、話し手の発話スタイルや内容に影響する可能性を取り上げました。そこから考えると、聞き手が発話を「ハラスメント」や「マウント」として解釈する傾向が強まると、話し手は気軽に意見や本音を言いにくくなっているのではないか、と感じます。
そのせいか、最近は「自分の発言が悪く解釈されないように」とリスク回避を含むコメントがよく耳に入ってきます。
たとえば、昨日友人と車で懐メロを聴いていたときのこと。友人があるアーティストを評価して「〇〇は歌上手いよね」と言った後に、「何様って感じだけど」と付け足しました。本来「うまい」は褒め言葉のはずなのに、プロに対して素人の自分が評価するのは図々しいと受け取られるかもしれない、という懸念を込めているように思えました。ポジティブな評価でさえ、どこか言いにくい時代なのかもしれません。
また「ハラスメント」という言葉が一般的になってからは、目上の人がアドバイスや意見を述べる際に「これ言ったらハラスメントになるかもしれないけど…」と枕詞をつける場面もよく見かけます。もちろん「真摯に意見を聞いてほしい」という意図の場合もあるでしょうが、場合によっては責任を回避する“逃げ”として使われていることもあるように思います。聞き手が「ハラスメントだ」と感じても、話し手は「事前に言ったでしょ」と言い逃れできてしまう構造があるのです。
こうした表現は、自分の発話を一歩引いて意識しているという点で、「メタ・コミュニケーション」の一種だと考えられます。
岡本(2016)は、メタ・コミュニケーションの定義と問題点を整理しています。まず、その概念を生み出した Bateson(1968 [1951])は、「コミュニケーションについてのコミュニケーション (communication about communication)」と定義しました。さらに Anderson (2009) は、「コミュニケーションをフレームづけしコンテクスト化するあらゆる形式をメタ・コミュニケーションと考える」と述べ、その上で次の4つに分類しています。
《明示的メタ・コミュニケーション》
《非明示的メタ・コミュニケーション》
《非言語コミュニケーションについての言語コミュニケーション》
《非言語コミュニケーションについての非言語コミュニケーション》
このうち「明示的メタ・コミュニケーション」の例として、Anderson (2009, p. 651) は以下を挙げています。
(他者の発話に対して)Wow—was that a great speech.
(きついコメントやジョークをした後に)Just kidding. / Not really.
(親や教師などが)Watch your mouth. / Don’t interrupt.
今回の私の事例は、特に(2)に近いといえるでしょう。日本語にも類似の例があります。
「うーん(0.8)あの:(1.0)ちょっとこんな言い方したら失礼なんですけどね(.)あの:(.)カドカワさん随分変わられた気がするんですよね」
ここでは「ちょっとこんな言い方したら失礼なんですけどね」という言及によって、後続の発話の攻撃性が緩和され、結果的に円滑なコミュニケーションにつながっています。このように、メタ的な言及は攻撃性を和らげたり、発話を円滑に進める調整機能を果たしていることが分かります。
ところが、私が取り上げた事例には、どうしても少し違和感を覚えてしまいます。「上手い」という評価は本来素直に言っていいはずだし、「ハラスメントかもしれないけど」といった枕詞で 自分の発話の責任を回避するのはやめてほしい、と感じてしまうのです。
時には否定的なことであっても、できればそのままの目線で(つまりメタの世界をなるべく排除して)正直に言ってほしいと思うことがあります。とはいえ、それを実現するためには、聞き手側の柔軟さや忍耐力も欠かせません。極端に言えば、「ハラスメント」「マウント」などとすぐに批判しない風潮をつくることも必要なのではないかと思います。
参考
井上逸兵・堀田隆一(2023)「メタ言語・メタメッセージ・メタコミュニケーション【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル #65】」いのほた言語学チャンネル(YouTube).
岡本雅史(2016)「コミュニケーションの『場』を多層化すること―メタ・コミュニケーション概念の認知語用論的再検討」『社会言語科学』第19巻第1号, pp. 38‒53.
Andersen, P. A. (2009). Metacommunication. In S. W. Littlejohn & K. A. Foss (Eds.), Encyclopedia of Communication Theory (pp. 650‒654). Thousand Oaks, CA: Sage.
Bateson, G. (1968 [1951]). Information and codification: A philosophical approach. In J. Ruesch & G. Bateson, Communication: The Social Matrix of Psychiatry (pp. 168‒211). New York: W. W. Norton & Company Inc.
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[メタ・コミュニケーション] [オーディエンスデザイン]