#62 ちょっと読んで欲しいかも・・・
2025年9月25日の記事「つねに負け戦の婉曲表現」で触れたように、お手洗いに行くときに「ちょっと行ってくる」と言うときの「ちょっと」は、直接的な表現を避けるためのぼかし表現で、英語では “hedge(ヘッジ)” と呼ばれます(これまで「垣根表現」と訳してきました)。このような言い方は、<排泄>という直接的な行為をそのまま伝えることで相手を不快にさせないための方略として、婉曲表現として定着するに至っています。
Brown and Levinson(1987)によれば、ヘッジは一般に、相手の独立(ネガティブ・フェイス)を脅かさないという意味でネガティブ・ポライトネスの特徴の一つとされていますが、中にはポジティブ・ポライトネスの機能を持つものもあります。以下の例のように、相手に意見を伝えたり共有したりする場面では、基本的にポジティブ・フェイスを満たそうとする行為といえます。とはいえ、相手の意見が分からない中では、自分の意見をあえて曖昧にすることで安全を図ることがあります。英語では sort of, kind of, like, in a way(まあ、いわば、~みたいな)といった語句で表されます。
たとえば、
I really sort of think [hope/wonder]...(本当に…と思ったりするんです/いいなと思うんです)
I kind of want Florin to win the race, since I’ve bet on him.(そのレース、フローリンに勝ってほしいかなって。彼に賭けちゃったからね。)
I don’t know, like I think people have a right to their own opinions.(さあ、どうかな。というか、みんな自分の意見を持つ権利があると思うね。)
また、
You really should sort of try harder.(本当に、もう少し頑張ったほうがいいよ。)
のように、提案や批判、苦情などをやわらげたり、発話の意図をあえて不鮮明にするためにも使われます。
この sort of や kind of は、「それにより修飾される語句をある種のメタファーとして提示している」とも考えられます。たとえば、That knife sort of “chews” bread.(あのナイフは、パンをいわば「かじる」って感じだね。)のように、明言を避けることで解釈を聞き手に委ね、発言の曖昧さがむしろ安全弁として機能していることが分かります。
ヘッジがネガティブ・ポライトネスのストラテジーとしてどのように働くのかについては、明日もう少し詳しく取り上げたいと思います。
参考
ブラウン, ペネロピ & レヴィンソン, スティーヴン・C.(著)田中典子(監修・翻訳)(2011).
『ポライトネス――言語使用における、ある普遍現象』研究社.
(原著:Brown, P. & Levinson, S. C. (1987). Politeness: Some Universals in Language Usage. Cambridge University Press.)
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[ポライトネス] [フェイス] [垣根表現] [婉曲法]