Research Interests

We are interested in unraveling the molecular basis of plant growth and development. Our current research is focusing on

I. Function of polyamines in growth and development

II. Molecular mechanism of establishment and maintenance of shoot epidermis-specific gene expression

植物における形づくりの分子的基盤を明らかにするために,シロイヌナズナを用いた分子遺伝学的研究を行っています。現在の主要な研究テーマは以下の2つです。

1) 成長と分化におけるポリアミンの機能/これまでに,ポリアミンの1つであるサーモスペルミンが木部分化の抑制に必要な生理活性物質であることを発見し,またその合成阻害剤の開発に成功しました。サーモスペルミンの具体的な作用機構はどのようになっているのでしょうか?

2) 表皮に特異的な遺伝子発現の確立と維持の分子機構/表皮分化に必須な転写因子としてHD-ZIP IVファミリーに属するホメオドメインタンパク質を見つけ,その標的結合配列"L1 box"を明らかにしました。この転写因子自身はどうして表皮に限定して発現し,働くのでしょうか?

→ 10分でわかるサーモスペルミンの基礎知識

1.はじめに/ポリアミンとは

ポリアミンは2つ以上のアミノ基が炭素の鎖の末端、あるいは鎖を挟んで結合した低分子塩基性有機化合物の総称で、生体アミンでは、アミノ基が2つのプトレシン(1,4-ジアミノブタン)とカダベリン(1,5-ジアミノペンタン)、3つのスペルミジン、4つのスペルミンがよく知られる(図1)。スペルミンは、17世紀にオランダのレーウェンフックが自作の顕微鏡で精液中にその結晶を見つけたのがきっかけで、後にその発見に因んでsperm+amine=spermineと名付けられた。アルギニンまたは遊離アミノ酸のオルニチンが脱炭酸されてできるプトレシンと、それにS−アデノシルメチオニン由来のアミノプロピル基が付加されたスペルミジンは、あらゆる生き物に存在し、RNAの構造の安定化、タンパク質の合成やイオンチャネルの活性修飾など、多面的な機能がある。スペルミジンによる翻訳開始因子eIF5Aの修飾は、真核生物の生存に必須であることが示されている。植物でも、スペルミジンの合成欠損変異は胚致死になる。また、タバコのニコチンがプトレシンから作られる他、植物の種に特有のアルカロイドにはポリアミンから合成されて生体防御に働く物質が多い。スペルミンはスペルミジンにアミノプロピル基が付加されて合成される。一方、カダベリンはリシンの脱炭酸化によってできる。

サーモスペルミンは、大島泰郎先生(東工大名誉教授)が超高度好熱菌サーマス・サーモフィルスThermus thermophilusから発見したポリアミンで、スペルミンの構造異性体である。NC3NC4Nの原子配置を持つスペルミジンにアミノプロピル基(NC3)が付加する際、NC3NC4N-C3Nになったのがスペルミンであり、反対側の窒素が反応して非対称のNC3-NC3NC4Nになったのがサーモスペルミンである。スペルミンは種子植物、動物、菌類にはほぼ普遍的に存在し、大腸菌を除く細菌にも持つものが多い。サーモスペルミンは、一部の細菌と藻類を含む植物界に広く検出されるが、動物では、狩人蜂の神経毒に共有結合しているのが見出される程度できわめて限定的である。サーモスペルミンにさらなるアミノプロピル基が付加して、長鎖または分枝のポリアミンができるが、極限環境にいる微生物は古細菌、真正細菌を問わず、こうした多種多様なポリアミンを持っており、ポリアミンの宝庫と言われる。極限環境下での生理機能、特に核酸の構造安定化やRNA翻訳に重要であることが示唆されている。私たちは、シロイヌナズナの茎の伸長が抑えられた矮性突然変異体acaulis5 (acl5)の原因遺伝子ACL5がサーモスペルミン合成酵素を暗号化していることを突き止め、新たな植物の生長調節物質として研究を進めてきた。

2.サーモスペルミンの生理機能

サーモスペルミンを合成できないacl5変異体の茎では、維管束の木部道管が過剰に分化しており、中心部(髄)の柔組織が減少する(図2)。すなわち、サーモスペルミンの直接的な生理機能は道管分化の抑制であり、死細胞化して道管になる細胞の増加と伸長に貢献する生細胞の減少が、変異体の矮化の原因と考えられる。一方、シロイヌナズナのスペルミン合成酵素遺伝子SPMSの欠損変異体は正常な表現型を示す。また、acl5 spms二重変異はacl5変異と同じ矮性表現型を示し、スペルミンは通常の生育に必須ではないことが確かめられている。スペルミンはプトレシンとともに、植物の塩ストレス耐性や乾燥耐性に関わることが示唆されているが、ポリアミンの分解によって生じる過酸化水素がストレス応答に重要であると指摘する報告も多くあり、詳しい作用機構はよくわかっていない。しかし、SPMS遺伝子の発現は各組織で普遍的である。一方、ACL5遺伝子は維管束の木部前駆細胞に限られ、植物体全体でのサーモスペルミンの含有量はスペルミンの1/10以下である。2つの構造異性体の違いは、NC3NC3Nの構造がサーモスペルミンにあってスペルミンにない点である。NC3NC3N構造を含み、シロイヌナズナが合成しないノルスペルミン(NC3NC3NC3N)をacl5変異体の茎頂に添加すると、茎の伸長がサーモスペルミン添加と同等以上に回復することから、やはりNC3NC3N構造が生理活性に重要であることが示唆される。サーモスペルミンの道管分化に対する抑制効果は、野生型の芽生えを高濃度のサーモスペルミン含有培地で育てた場合の根でも確認され、芽生えは水や無機養分をほとんど輸送できず、成長が著しく阻害される。また、主根は伸びても側根は形成されない。サーモスペルミンやノルスペルミンを除草剤として使える可能性があるかもしれない。

植物の維管束形成はオーキシンによって誘導されるが、ACL5遺伝子の発現もオーキシンに応答して増加する。また、acl5変異体の芽生えの成長に影響を与える化学物質を探索した結果、人工オーキシン2,4-Dのエステル誘導体に過剰な木部分化をさらに亢進する効果があることがわかった。この物質自体にはオーキシン活性はないが、細胞内でエステル基が除去されて、オーキシン活性の強い2,4-Dが遊離する。また、野生型芽生えの維管束には効果がないことから、オーキシンは維管束形成を誘導しながら、ACL5遺伝子の発現を介してサーモスペルミンを合成し、木部分化を適度に抑制するという負の制御機構があると考えられる。さらに、ACL5遺伝子の発現は、サーモスペルミンに応答して低下することから、サーモスペルミンの合成にも負のフィードバック制御機構が働いている。

ポリアミンの分解は、ポリアミン酸化酵素(PAO)によって触媒される。シロイヌナズナでは、ACL5遺伝子同様、維管束に限定して発現しているPAO5遺伝子がサーモスペルミンの特異的な分解に関わっているが、その欠損変異体pao5ではサーモスペルミン蓄積量が増加するだけでなく、塩耐性や乾燥耐性が高まり、それはアブシシン酸やジャスモン酸の合成と信号伝達の促進を介していることが示唆されている。これらの結果は、前述のポリアミンの分解で生じる過酸化水素がストレス応答に関わるとする説と一見矛盾しており、今後さらに詳しい解析が必要だろう。

3.サーモスペルミンの作用機構

サーモスペルミンがどのような仕組みで木部分化を抑えるのか、その分子機構については、acl5変異体の茎の伸長がサーモスペルミンなしで回復する、いわゆるサプレッサー変異体の単離から研究が進展している。suppressor of acl5 (sac)と名付けられた変異体はいずれも優性または半優性変異で、最初に見つかったsac51-d変異体の解析から、サーモスペルミンはその原因遺伝子SAC51のmRNAの翻訳を特異的に促進することがわかった。SAC51遺伝子は転写因子に特徴的なbHLHタンパク質を暗号化しているが、そのmRNAには本来の開始コドンAUGの前に長い5’リーダー配列があり、AUGで始まる短いペプチドの読み枠upstream open-reading-frame (uORF)が存在する。uORFは真核生物遺伝子の10-20%のmRNAに偶然のように存在するが、アミノ酸配列が進化上保存されたものもあり、その下流の主たる翻訳領域からの翻訳の抑制に働く例がよく知られる。sac51-d変異では、53アミノ酸の比較的長いペプチドが翻訳されるuORFの中に終止コドンが生じ、bHLHタンパク質の翻訳効率が上昇したため、木部分化の抑制と茎の伸長回復が優性形質として現れることがわかった。また、サーモスペルミンがSAC51遺伝子mRNAの翻訳を促進することも確認された。細胞内のポリアミンが概してRNAと相互作用していることを考え合わせると、サーモスペルミンはリボソームRNAあるいはSAC51遺伝子mRNAの5’リーダー配列に働きかけて、uORFによる翻訳抑制効果を打ち消しているというのが、現在考えられている仮説である(図3)。加えて解明されたsac52-d, sac53-d, sac56-d変異の原因遺伝子は、リボソームを構成するタンパク質RPL10, RACK1, RPL4をそれぞれ暗号化しており、いずれもSAC51遺伝子mRNAの翻訳をサーモスペルミンなしで促進することが示唆されている。

シロイヌナズナのSAC51遺伝子は、相同性の高い3つの遺伝子SACL1, SACL2, SACL3と遺伝子ファミリーを構成しており、いずれの遺伝子mRNAにも保存されたuORFが存在する。一方、欧州の研究グループから、acl5変異に対するサプレッサー変異体の原因遺伝子として、SAC51に加えてSACL2, SACL3が報告され、いずれもuORFの変異により、下流のbHLHタンパク質の翻訳が促進されていることが示唆された。さらに、私たちもsac57-d変異の原因としてSACL3のuORFに変異を見出している。ただし、私たちの実験でサーモスペルミンに応答して下流の翻訳促進が認められたのは、SAC51SACL1だけであったことから、uORFが暗号化しているペプチドとサーモスペルミンとは関係がないかもしれない。実際にuORFからペプチドが翻訳されているかは不明である。根における発現解析によると、SAC51は維管束全体、SACL1は篩部前駆細胞、SACL2は前形成層、SACL3は木部前駆細胞という組織特異性が認められる。さらに、ACL5SACL3は木部前駆細胞において、bHLH型転写因子の二量体LHW-TMO5およびLHW-T5L1により、直接、発現を制御されていることがわかった。TMO5, T5L1はオーキシンで遺伝子発現が誘導される転写因子であり、LHWとのヘテロ二量体は、サイトカイニンの合成の誘導を介して維管束形成をもたらす重要な制御因子でもある。興味深いことに、SACL3は同じbHLHタンパク質として、それらの二量体形成を拮抗阻害する。したがって、木部前駆細胞では、SACL3がLHWヘテロ二量体形成に対して負のフィードバック制御に働き、その結果ACL5遺伝子の発現も抑える一方、周囲の細胞に拡散したサーモスペルミンがSAC51SACL1のmRNA翻訳を促進し、類似の転写因子形成の抑制に関わるという、シナリオが見えてきた(図4)。SAC51SACL3の二重欠損変異体は、外的なサーモスペルミンに非感受性を示し、根の木部分化は抑制されないことから、この2つがサーモスペルミン応答の鍵遺伝子であると思われる。

4.展望

サーモスペルミンの作用標的がRNAであるとすると、既知の植物ホルモンが特異的な受容体タンパク質に認識されて機能を発揮するのとは、作用機構が全く異なる。具体的な翻訳制御の場は維管束に限定され、対象として見つかっているのもSAC51遺伝子ファミリーに限られていることから、維管束植物の進化の過程で機能を特化した、ユニークな生理活性物質と言えるかもしれない。好熱菌や維管束を持たない植物におけるサーモスペルミンの存在を考えると、今後さらなる標的が見つかる可能性がある。

最近、私たちはサーモスペルミン合成酵素の競合阻害剤として、末端のアミノ基を除いたスペルミジンのアンタゴニストの開発に成功し、その木部分化の促進効果に因んでザイレミンと名付けた。ザイレミンと2,4-D誘導体を併用すると劇的な木部分化を誘導できることから(図5)、サーモスペルミンの強力な木化抑制効果と合わせて、農作物、木質バイオマスや除草剤に関する応用研究への適用も期待したい。