研究テーマ


 「生殖」とは「ある個体と同じゲノムを少なくとも一部持つ新たな個体を作り出すこと」と言えると思います。私たちが主な対象としている哺乳動物の生殖の場合、2つの別々の個体のゲノムを半分ずつ受け継いだ新たな個体が作り出され、雌(母親)がそれを産みます。新たな個体は、母親の胎内にいる時に既に次の「生殖」の準備を始めます。配偶子(哺乳動物の場合、卵と精子)の形成やその準備をするのです。生殖年齢に達した個体は、雌雄それぞれの配偶子を使ってまた「生殖」を行います。このように「生殖」の仕組みは「連続性」を持っています。生殖の連続性は生物の存在を「必然」にします。ただこの必然を可能にしている仕組みや必然によって継承されるものは「偶然」によって獲得されています。

 生殖生物学分野では、この生殖の仕組みを理解し、資源動物の生殖の制御につなげることを目指して主に以下のテーマで研究を行っています。

マウスの受精卵:受精後4日目の胚盤胞期胚

哺乳動物の受精卵の発生と分化

実験動物ならびに資源動物の卵母細胞の成熟や受精後の発生機構を分子レベルで理解することを目指しています。精子と卵母細胞は遺伝子発現を停止した状態で受精します。受精後しばらくすると最初の遺伝子発現が始まりますが、この遺伝子発現のことを胚性ゲノムの活性化と呼びます。胚性ゲノムの活性化には、過去に現生哺乳動物の祖先に「偶然」感染したウイルスが関わっています。受精卵の遺伝子発現制御に関わるメカニズムを解析することによって、ゲノムの混合に特化した精子や卵子の核が、全能性を持った受精卵の核へと変化していくリプログラムの過程、さらには受精卵から胎子へとさまざまな細胞へと分化する過程を明らかにすることを目指しています。

Oog1プロモーターの制御下で光る受精卵と精子細胞

生殖細胞特異的遺伝子

当研究室で新規に発見されたOog1という卵母細胞特異的遺伝子は雌胎子の生殖細胞で発現を開始して、減数分裂の終了と同時に発現を停止しますが、その機能はいまだに明らかになっていません。Oog1の祖先遺伝子は、1億年弱前に北方獣類(真獣類を大きく3つのグループに分けたうちの一つで、身近な動物ではヒト・マウス・ウシが含まれる)の共通祖先の2つの遺伝子の間に「偶然」現れ、生殖と進化を通じて、動物種ごとに転移を含む遺伝子重複を繰り返しています。減数分裂は生殖細胞に特異的な分裂様式であり、この時期に卵子で発現し、細胞質に蓄えられる物質は受精後の発生にとっても非常に重要な役割を持っています。そこでこの遺伝子がどのような役割を持っているかを、分子生物学的手法を用いて解析しています。

牛の母子(左)とエピゲノムマップの一部(右)

資源動物のエピゲノムマップの収集と利用

乳肉生産の高度化、気候変動や異常気象、生殖補助技術の適用等により、資源動物の初期胚を取り巻く環境は多様化、複雑化しています。これも人間の存在という偶然があって初めて生じたことです。初期胚という発生の極めて初期の段階の環境が、初期胚発生のみならず胎子発育、出生後の成長、行動、健康、疾病にも影響するという現象が明らかになっており、この現象にゲノムへの後成的修飾であるエピジェネティクスが関与していると考えています。私たちは2019年から資源動物のエピジェネティック修飾を表すゲノム地図であるエピゲノムマップの収集を始めました。エピゲノムマップを使って、初期胚を取り巻く環境の長期影響を明らかにし、家畜や実験動物をはじめとする哺乳動物の胚生産、さらには健康や有用形質の促進に応用することを目指しています。

 

 テーマについてより詳しく聞きたい方は研究室訪問に来てください。