推薦者:菊地了(きくち りょう)(上智大学文学研究科哲学専攻、グローバル・コンサーン研究所)
教会と社会
フォン・ネル=ブロイニング、オスヴァルト(1987)『カトリック教会の社会教説 教導職諸文書の解説』(本田純子・田淵文男訳、山田経三監修)女子パウロ会
オスヴァルト・フォン・ネル=ブロイニング(1890-1991)は、補完性原理の擁護やピオ11世の社会回勅『クアドラジェジモ・アンノ』の起草にかかわったことで知られるドイツ出身のイエズス会士である。本書では『レールム・ノヴァールム』から『ラボーレム・エクセルチェンス』にいたるカトリック教会の主要な社会教説が解説されているが、回勅など文書ごとに項目が立てられており、非常に読みやすい構成となっている。
フォン・ネル=ブロイニング、オスヴァルト(1987)『正義と自由 : カトリック社会要論』(社会問題シリーズ刊行委員会訳)上智社会事業団出版部
発展的学習のための手引き。「単に教会の伝統的な教説の概要をまとめるだけではなく、さらに奥深く、なお未解決で論議されている問題へと手引きし、また読者が、学問的に訓練を受けた他の主義主張や世界観の信奉者と同じ土俵で相手をし、彼らの非難、論議に理解を持ちつつ対決し、彼らに我々の主張するところを的確に理解せしめることができるような装備を提供する」(著者序文より)ことを意図して書かれた。『カトリック教会の社会教説 教導職諸文書の解説』とともに読むとよいであろう。
Constantelos, Demetrios J (1969). Byzantine Philanthropy and Social Welfare. [Rutgers Byzantine Series.] Rutgers University Press.
ギリシアのアトス山の静寂主義やロシアの民間信仰など、東方教会は日本でも深い霊性によって知られているが、東方教会の社会活動というとあまりピンとこない人がほとんどではないだろうか。しかし、同著によるとビザンティン帝国の慈善・福祉活動は高度に発展していたという。教会と社会の歴史を知るうえで貴重な一冊である。
教会と共生(教会とカリタス(神愛/隣人愛))
デーケン、アルフォンソ (2005)『人間性の価値を求めて―マックス・シェーラーの倫理思想』阿内正弘訳、春秋社
キリスト教の社会活動の根幹には隣人愛があるべきであろう。それでは、隣人愛とはいったい何だろうか。
百年ほど前の欧州で活躍した哲学者マックス・シェーラー(1874-1928)は、カトリック思想の強い影響下、極端な世俗主義に走りがちな近代社会において隣人愛が見失われつつあることに警鐘を鳴らした。そして、人間愛を人類愛と隣人愛とに分けたうえで、後者を「聖なるもの」や「浄福」などの概念に結びつけることによって、その前者に対する優越性を主張した。
シェーラーには邦訳の全集もあるが、入門書としては同書がわかりやすい。
Taylor, Charles (2007). The Secular Age. The Belknap Press of Harvard UP.
現代を代表する哲学者の一人、チャールズ・テイラー(1931-)によると、現代を支配する世俗的人間主義(secular humanism)にはさまざまな弱点がある。たとえば「高度な自尊心」に頼る啓蒙主義的市民主義においては「他者への献身」が「気ままな自己満足」に陥りやすいという脆弱性がみられるし、「正義」は「被抑圧者の救済への激しい情熱」をしばしば「邪魔するものへの苛烈な憎しみへ」と転化させる。
そこでカトリック信者であることを公言するテイラーは、アガペーのネットワークという理念を代替として提唱する。たまたまそばを通りかかった人を助ける善きサマリア人のように、生まれ落ちた境遇からはじまって人生で出会っていく多様な隣人たちと、様々な障壁を越えて愛の絆を結び、ともに生きていくことこそがキリスト教的愛の実践の本来の形である。そして、その動力として「教会」を「復活」させることが、「差異を横断する統一性」であるカトリシズムの現代社会における意義だと、テイラーは主張するのである。
なお、 千葉眞氏監訳による邦訳も存在する。
Baumann, Klaus (Hrsg.) (2017). Theologie der Caritas: Grundlagen und Perspektiven für eine Theologie, die dem Menschen dient. Echter.
チャリティ(英語)の語源でもあるカリタス(羅語)は愛を意味する伝統的なカトリック用語であるが、ドイツでは”Caritas”といえば高度に組織化されたカトリック教会の巨大な慈善・福祉団体(より正確にいえば団体の連盟)を指す。そして、ドイツ・フライブルク大学の神学部には「カリタス学」を研究している学科がある。(評者もそこで大学院を修了している。)同著は同科の主任教授がシンポジウムをもとにまとめたカリタスの神学の基本書である。
なかでも、コルデス枢機卿の論考では、ベネディクト教皇の回勅『神は愛』の成立背景が詳らかにされており、非常に興味深い。回勅や使徒的勧告などの教皇文書は当然のことながら教皇個人の思いつきではない。当ブックリストをみればわかるように、補完性原理の裏にはケテラーやネル・ブロイニングがいるし、フランシスコ教皇の「改革」を辿ればカタコンベの誓いがあり、聖フランシスコがいる。カトリック社会思想は、多様性のなかで一致を目指す、ダイナミックな試みなのである。そして、聖人や聖職者だけではなく、学者や芸術家、そして市井の信仰者がその源流であるともいえるであろう。
教会と共生(ともに生きるヒント)
石飛仁(1998)『風の使者ゼノ』自然食通信社
アウシュヴィッツの聖者として知られる聖コルベ神父とともに日本を訪れたゼノ修道士(1891-1982)は戦後も日本に残り孤児の救済などで活躍した有名人であった。ゼノ修道士は周りの人々を巻き込む不思議な能力を持っていて、片言の日本語とエキゾチックな風貌を武器に、日本社会の通常の枠組みを超えて人々の間に支援の絆を構築していく。そのさまはチャールズ・テイラーが『世俗の時代』で語る「アガペーのネットワーク」構築の手本にも思える。