推薦者:松本いく子(まつもと いくこ)(上智大学実践宗教学研究科)
教会と経済
Martin Dent and Bill Peters (1999) The Crisis of Poverty and Debt in the Third World. Ashgate Publishing.
途上国の債務問題は開発援助や国際協力の負の側面である。融資額のノルマは、商業銀行も国際開発金融も二カ国間の借款事業も同様であり、負債国が返済のためにさらに融資を受けるという自転車操業を引き起こしている。本著は、1990年代世界の最貧国(主にアフリカ)が抱えていた深刻な債務超過問題に驚くべき解決をもたらした地球レベルの市民運動―Jubilee2000―を先導した著者により執筆されている。著者は二人の名誉教授(政治学者と経済学者)で、若き日を植民政府の役人としてアフリカで過ごした際にその貧困に心を痛め、21世紀を目前にしても引き続き債務超過に苦しむアフリカの国々を目の当たりにし、定年後の使命として債務帳消しに尽力した人物である。
彼らは、旧約聖書レビ記が示す49年毎の債務帳消しと奴隷解放の慣例や新約聖書に示される貧しき人々への施しの教えに則り、2000年という千年紀を、債務帳消しの機会とする運動を発起した。聖公会やカトリック教会の組織的な支援と、債務問題と取り組む国際NGOとの連携を通じて、世界銀行やIMFへの債務、そしてパリクラブメンバー国からの2カ国間債務の返済義務免除が実現した経緯が丁寧に説明されている。聖公会とカトリック教会の協力とそのグローバル組織が、開発援助政策を牛耳るG7と世界銀行・IMFに強い影響をもたらした貴重な例である。今日も続くアフリカや太平洋島嶼国における債務問題の再考にも示唆的な著書である。
教会と政治
山本正(1993)『父・山本信次郎伝』中央出版社
本著はキリシタン禁止令廃止後まもない明治10年生誕の海軍少将山本信次郎の伝記である。キリスト教がまだ耶蘇教ともよばれていた日本で、寺の檀家長をつとめる片瀬(鎌倉)の名家に生まれた山本少将は、縁あって暁星高校で学美、強固に反対する父を説き伏せて、カトリック信者になった。そして明治・大正・昭和初期の激動の日本近代史の中で、軍人とカトリック信者というアイデンティティを生きた山本少将の活動は大変興味深い。日露戦争や講和会議において、そして、昭和天皇の皇太子時代の側近として、日本の近代史に深く関わっていた。
その中で、今の日本にはあまり親しみがない、当時南洋群島と呼ばれた現ミクロネシア地域の日本による委任統治をめぐる「南洋群島布教問題」の解決に、山本少将が日本政府を代表してバチカンと交渉した経緯と結果にもふれられている。日本海軍がミクロネシアから宣教師を追放したことが現地に大きな波紋をもたらし、宣教師の再派遣をバチカンに要請するという難題の解決を任されたのが山本少将だった。その結果イエズス会がミクロネシアの宣教にバチカンから任命され今日まで至っている。これはミクロネシアの近代の歩みにも重要な貢献をもたらしてきた。戦前・戦中日本と宗教とテーマにおいて、めずらしい側面を示しうる著書である。