信号処理は観測されたデータから価値の高い情報を抽出するための総合科学であり、情報通信工学とデータサイエンスの基盤を支えています。信号処理の典型例として音声や画像のノイズ除去が挙げられますが、これに限らず、様々な対象に対する多様な処理が信号処理の問題として研究されています。信号処理は最適化・逆問題・機械学習とも密接に関わっており、これらの分野に明確な境界はありません。本研究室は、強力な数理(例:凸解析、不動点理論、非線形固有値理論)の最先端を開拓することで、信号処理・最適化・逆問題・機械学習の横断的領域における根本的課題を解決する数理モデルとアルゴリズムを創り出す研究を進めています。また、独自の数理モデルとアルゴリズムの実践的応用にも力を入れており、特に無線通信・気象レーダ・地震波解析に関してはこれらの分野の専門家と共同研究を行っています。
以下では、これまでの代表的な研究事例を紹介しています。
信号処理の実応用では観測されるデータに深刻なノイズが加わっていることが往々にしてあるため、所望の未知情報を正確に推定するには未知情報に関する事前知識を最大限に活用することが不可欠です。近年、最適化理論の発展に伴い、信号処理・逆問題・機械学習分野に現れる未知情報に含まれる「スパース性」が効果的に活用できるようになってきました。実は、無線通信やリモートセンシング等の多くの応用では未知情報が更に特別な「構造的スパース性」を有するのですが、その具体的構造が未知であることが障壁となり、従来のアルゴリズムは構造的スパース性を上手く活用できていませんでした。本研究室では、凸解析に関する最新の知見を駆使することで、構造の最適推定機能を備えた構造的スパースモデルとその最適化アルゴリズムを世界で初めて実現しています。
提案モデルとアルゴリズムは理工学の幅広い問題に応用が可能ですが、特に、線状降水帯などの集中豪雨の防災のために研究開発が進められている最先端のフェーズドアレイ型気象レーダーへの応用に気象観測の専門家と協力して取り組んでいます。このレーダーは広範囲を一括観測するため高速観測が可能な一方、所望の解像度の気象状況を推定するアルゴリズムが必要とされるのですが、提案アルゴリズムを応用することで従来よりも格段に高精度で気象情報が推定できることを計算機シミュレーションにより確認しています。
構造的スパースモデルに関するチュートリアル講演の論文、スライド、録画
H. Kuroda and D. Kitahara, "Block-sparse recovery with optimal block partition," IEEE Transactions on Signal Processing, vol. 70, pp. 1506–1520, 2022. (IEEE SPS Japan Young Author Best Paper Award) official access TechRxiv
H. Kuroda, D. Kitahara, E. Yoshikawa, H. Kikuchi, and T. Ushio, "Convex estimation of sparse-smooth power spectral densities from mixtures of realizations with application to weather radar", IEEE Access, vol. 11, pp. 128859-128874, 2023. official access (OA) arXiv
線形写像(行列)の固有値理論は理工学の広い分野で活用されてきましたが、近年、無線通信ネットワークにおけるリソース(送受信電力)配分への応用がモチベーションとなり、通信路と干渉抑圧方法を含めてモデル化できる非線形写像の固有値に関する研究が進んでいます。本研究室とフラウンホーファー通信研究所(ドイツ)の共同研究では、「非線形写像の固有値理論」と「凸解析・最適化」の知見を駆使することで、長年解決困難と考えられてきた「無線ネットワークの通信容量を最大化するリソース配分を求める問題」に対し、cell-free等の次世代方式で成立する典型的条件の下で大域的最適性が保証されるアルゴリズムを実現することに成功しています。この研究事例を足がかりに、より広範なクラスの問題を解決するべく研究を進めています。
H. Kuroda and R. L. G. Cavalcante, Sum-rate maximization via convex optimization using subgradient projections onto nonlinear spectral radius constraint sets, arXiv.
信号セグメンテーション・ハイブリッドシステム制御等を含む多くの応用技術で必要となる「区分的連続信号・システムの推定問題」では、多くの場合,離散情報のみが観測されます(下図①御参照)。そのため、区分的連続信号・システムをその不連続点を含めて推定することは極めて困難な課題です。私たちのグループは、もし不連続点を特徴付ける変換が実現できれば、この難題を解決する糸口が掴めると考えました。この着想に基づき、「区分的連続信号・システムに潜む特別な構造」を「不連続点の付近に非ゼロ成分を持つスパースベクトル」として顕在化させる全く新しい原理を解明することに成功しています.さらに、このスパース性を顕在化させる線形変換 W の戦略的設計法を与えています。この新たに発見したスパース性を活用することで、「区分的連続信号・システムの推定問題」を凸最適化問題に帰着することにも成功しており、低計算コストで大域的最適性の保証された解法を実現しています。
H. Kuroda, M. Yamagishi, and I. Yamada, "Exploiting sparsity in tight-dimensional spaces for piecewise continuous signal recovery," IEEE Transactions on Signal Processing, vol. 66, no. 24, pp. 6363–6376, Dec. 2018. official access preprint (©2018 IEEE)