風を切りながら、体重をかけてペダルを踏みこむ。青くすっきりと晴れ渡った空に薄く雲がかかっている。ひんやりと冷えた風が肌に触れて心地よい。
乾いた風に吹かれて、自転車のハンドルに取り付けている「アヒル隊長」のプロペラがカラカラ回っている。空気は澄んでいて、珍しく、遠くの緑に覆われた山々がはっきりと見える。
五月末。地球温暖化が声高にうたわれて、春だろうが秋だろうが、サウナみたいな猛暑の続く日本にしては珍しい、なんとも気持ちの良い朝である。 しかし、今の私にはこの朝をゆっくり楽しむ余裕などない。
私の今の成し遂げるべきミッションは三つ。
一つ目は、後十分で出発する電車に何としてでも乗り込むこと。 家から最寄り駅まで、かかる時間は自転車で平均十分。自己ベストは八分。 事故を起こさないように細心の注意を払うこと、信号の待ち時間、自転車を駐輪場に止める時間やホームまでの階段によるタイムロスを考えると厳しい戦いにはなるが、これを逃せば、次の電車の大学最寄り駅への到着予定時間は、始業時間の九時ぴったり。遅刻は確定だ。
二つ目は、電車の中で、ノータッチの一時限目の英語の小テストの範囲を詰め込むこと。
三つめは、始業のぴったり十分前に大学最寄り駅につく電車から降りた後、大学キャンパス内の最果てにある我らが法学部キャンパスに、全力ダッシュでたどり着くことである。 いつもはもう一本早い電車に乗っており、それは始業の十五分前には大学最寄り駅につく。それでもぎりぎり何とか始業に間に合っているのに、始業の十分前に到着して間に合うのだろうか。 初めての経験だ。わからない。しかし、一時限目の英語の授業は、小テストがある上に出席を取るので、遅刻は成績に大きくかかわる。遅れるわけにはいかない。
いま私は、家を出てからすぐの、交通量の多い大きな道路沿いを走っている。道路沿いのまっすぐな道なのだから楽に思えるが、人通りが激しく、高度な心理戦が必要な危険地帯でもある。
高度な心理戦だなんて、自転車ごときで何を言っているのかと、読者諸君は思うだろうか。
では、例えばこんな場面を想像してみてほしい。あなたが、自転車二台が通るのがやっとなほどの細い道を走っているときに、向かい側から自転車がやってきたとする。 この時、相手の動きを観察して互いに右か左によることで、互いの通り道を確保することができるだろう。 では、あなたと向かいの自転車との間に人がいたとしたらどうだろう。 このときあなたに必要なのは、人にぶつからないようにブレーキでスピードを緩めつつ、相手の動きを注意深く観察することだ。 相手がスピードを緩め始めたら、相手が私に道を譲ろうとしてくれているということなので、私は間にいる人と相手の自転車の距離に余裕があるうちに、小回りの利く変則一に切り替え、その二人の間をすり抜ける。 相手の自転車がスピードを緩めずそのままこちらへ向かってきそうな場合には、私は間にいる人に近づきすぎないように、今度は私がスピードを緩め、ハンドルを切り、相手の自転車の通行の妨げにならないように間にいる人の陰に隠れ、相手の自転車が私の横を通り過ぎたら、そのあと間にいる人の横を通り過ぎる。 これは交通量の多い場所ではよくみられるシチュエーションだが、それでもこのような細かい動きが必要になる。
ずいぶん長くなったが、とにかく、人通りが多いところではこのように周りの動きを注意深く見て、動きを予測し、様々なことに気をまわしながら動く必要があることがわかっていただけただろうか。
いま私がいる国道沿いの道路は先ほど説明したように人通りが多いことに加えて、この時間帯は特に遅刻しそうでスピードを出す自転車が多い。ボーっとしていてはいけない。頭をフル回転させて、自転車をかいくぐり、歩行者をよけ、とにかく前へ前へと急ぐ。
ここで、国道最大の難関にたどり着く。その名も巨大な歩車分離式信号。
歩者分離式信号とは何か。知らない人のために説明すると、この信号は歩行者の通行と自動車の交通を完全に分離したものである。交差点のすべての車用信号が赤になっている間にすべての歩行者用信号が青になるというものだ。 つまり、歩行者用信号が青の間は、縦横斜めのあらゆる方向から大量の自転車と歩行者が思うままに行きかうのだ。渋谷のスクランブル交差点をイメージしていただければわかりやすいだろうか。
だから、ここでもうまいこと動かないと大幅な足止めを食らう可能性がある。 かつ、歩車分離式信号を渡った後さらに駅への道を進むと、もう一つ信号があるのだが、それは歩車分離式信号と連動している。 つまり、歩車分離式信号が青の間はそのもう一つの信号も青なのだ。歩車分離式信号は車の量の多い国道沿いにある。そのような場所にある信号は、車用信号が青の時間、つまり歩行者用信号が赤の時間がとにかく長い。
歩車分離式信号が青の間に二つの信号を渡り切らないと、致命的なタイムロスを食らうことになる。そうならないために、大量の人と自転車が行きかう歩車分離式信号を最速で渡り切り、二つ目の信号まで走り抜ける必要がある。
歩車分離式信号の前にたどり着く。信号は赤で、すでにたくさんの自転車や歩行者がスタンバイしている。最前列はすでに埋まってしまっているようなので、どれかの自転車の後ろについて、待機する。
ここでも周りの観察が必要だ。大量の歩行者と自転車が赤信号により足止めを食らって、いったん同じスタートラインに立ち、青信号という合図で一斉にスタートする。
これはいわば徒競走と一緒であり、当然いいスタートを切ることと、いいポジションを確保することが重要である。これが成功すると、いち早く交差点を抜けることが可能なのだ。
信号待ちのときに、どの自転車の後ろにつくかは、初速がかかっており、結果を左右する。信号待ちの時、すでに戦いは始まっている。
信号待ちの人々を背後から観察する。
自転車を漕ぐのがゆっくりなご老人はダメ。 煙草をふかしながら運転するおじさんもダメ。片手運転はスピードが出ないし、危ない。あと煙たい。 二人並んで仲良く話しているおばちゃんは絶対ダメ。遅いうえにぬかしにくい。 待ち時間にスマホを触ってる人は論外。彼らはそもそも信号が変わったことにすら気が付かない可能性がある。
私は一番自転車を漕ぐのが速そうで、かつ早く出発したくてソワソワしているのがわかるサラリーマン風の男性の後ろにつく。前のめりな体制で、今にも走り出しそうな様子だ。これでいいスタートがきれそうだ。
車両用信号が黄色になり、だんだん道路の車の行き交うスピードが遅くなっていくと、そろそろだ。徒競走でいうクラウチングスタートの構えをしているあたりである。
ペダルを踏み込みやすい位置に回転させて移動させ、歩行者用信号に集中。
信号が青く点灯し、前の人が進み始めたら、車間を詰め過ぎない程度にすぐスタート!
私の見込み通り、前の男性は飛ぶような速さで走り去る。私も後について必死にペダルを漕ぐ。周りの自転車をぐんぐん抜き去る。これは予想以上に快調!
自転車のスピードが出てきてペダルの重みがなくなっていく。アヒル隊長のプロペラががりがり音を立てて高速で回る。この速さのまま、なんとか二つ目の信号に滑り込むことができた。
あとは曲がりくねる住宅街を走り抜けるだけだ。人通りはすくないが、とにかく角が多い。カーブミラーを注視して、ハンドルを切る。
涼しい朝だが、流石にかなり一生懸命漕いだので汗がダラダラ滲み出てきた。日焼け止めの混じった汗が垂れてきて、目に入って染みる。
負けない!!
大きな下り坂に差し掛かる。スピードが出すぎないように少しブレーキをかけつつ下っていく。風圧で前髪がふわりと上がり、アヒル隊長のプロペラは、モーター発電機みたいな音を立てて回っている。下り坂の終盤に差し掛かったので、カーブミラーを見て誰も来ないのを確認。下り坂の勢いのままハンドルを切って曲がる。
次の角を曲がるとようやく見えてくるのは駅近の駐輪場。幸い中にはだれもいない。私は自転車に乗ったまま中に自転車を漕ぎ入れる。(本当は絶対やっちゃだめ!!)
私はこの駐輪場の月極契約をしている。自転車スタンドの番号は七十八番。駐輪場の中腹にある。
スタンドの前に前に自転車の先頭がくると、ブレーキをかけて自転車の後ろの荷台を引っ掴み、向きを変え、そのままスタンドに突っ込む。鍵を引き抜き、自転車についているスタンドを足で蹴って立て、その反動で駐輪場の出口へダッシュ!
駅へ向かう。駐輪場を出て、道路を渡り、駅につながる歩道橋の階段を駆け上がる。歩道橋を駆け抜け、その勢いで改札に突っ込む。ポケットに入れておいた定期を改札に押し付け、通り抜け、また走る。駅のホームは二階。エスカレーターを駆け上がる。(これも本当はやってはいけない。)
電車が見える。まだドアが空いている!!!!私はそのまま倒れ込むように電車に突っ込む。
通勤ラッシュで満員の車内。顔面汗だらけの私を見て、何人かの乗客が私から距離を取る。
直後、アナウンスと共に扉が閉まる。窓の外には、残念ながら間に合わなかった、私と同じく時間ギリギリの戦いをしていたであろう同士たちの姿が見える。
私は勝った‥
まだ初夏だというのに、車内はエアコンがずいぶん聞いていて、汗でびっしょりの体が冷えて快適だ。
だが、これはあくまで第一関門を突破したに過ぎない。一時間目の英語の小テスト!
今受けている英語の授業は、成績評価のうちの定期試験の点数の割合が低く、平常点が高い。毎授業ある小テストの点数は、その平常点の中に大きな割合で含まれていて、かなり重要だ。点を落としたくはない。
リュックを前に回して英語の教科書を取り出す。英語の授業は、高校と同じように教科書に載っている英語の長文を読み解く形式である。小テストの範囲はいつもと一緒。英語の長文の中に出てくる単語、複雑な構造の文の並び替え問題、長文の内容理解を問う正誤問題。あと、今日はいつもと違ってリスニングがあるらしい。
リスニングは今からだと対策仕様がないし、正誤問題に関しては長文の内容をざっくりでも把握していたら点は取れる。単語と並び替え問題の対策に集中しよう。そう決めて私は教科書を開く。
ガタンガタンと音を立てて走る電車。通勤ラッシュで込み合い、人でぎゅうぎゅうの車内。高校生たちの話し声。電車が時折大きく揺れ、乗客同士がぶつかり、互いに頭をぺこぺこ下げて謝罪している。隣にいる野球部と思しき男子高校生たちは部活の話をしているらしい。
やけに周りの情報が頭に入ってくるが、なぜか集中が途切れることはない。頭の中がシーンと静まり返り、整理されていく。これは、いわゆる「ゾーンに入った」状態かもしれない。
家を出てから電車に乗り込むまで全力疾走を続け、ぎりぎりで電車に間に合った興奮でアドレナリンがドバドバ出ているからだろうか。いつもは眺めるだけで眠くなる教科書の内容も、すらすら頭に入ってくる。
これはいける…!
それから約三十分後、乗り換えのために降りる駅に着いたときには、私は自信に満ち溢れていた。これでテストの心配は必要ない。あとは何とかして、時間に間に合うだけだ。
改札を通り抜け、再び乗り換え先の改札を通る。階段を上り、駅のホームで電車の到着を待ちながら、私は大学についた後のことを考える。 どのように動けば最速で教室にたどり着くことができるだろうか。K大の地図を脳内で思い描く。制限時間は十分。大学最寄り駅、「K大前」は、文字通りK大の真ん前にあり、改札を出ると道路を挟んだ目と鼻の先に大学の門がある。
それなら、そこまで急がなくてもいいんじゃないか、と読者諸君は思うだろうか。 しかし、問題は、大学の門を通ってからなのである。物語序盤でも言及したように、私の所属するK大学法学部が学ぶ場である「第一学舎」は、キャンパス内の学舎の中で、「K大前」の前にある門から一番遠いのだ。 しかも、ただ遠いだけではない。上り坂と上り階段がとにかく多い。体力勝負である。いつもは始業の十五分前に「K大前」に到着し、少し早歩きで歩いて何とか間に合っていたのだが、十分で間に合わせるとしたら、最短距離を走りつつ、やはり駅からノンストップで全力疾走するしかないだろう。
駅員の鼻声じみたアナウンスが響いた後、K大方面の電車がガタンゴトンとやってくる。私は覚悟を決め、電車に乗り込んだ。
*
車内はなんだか静かだ。いつもは学生が何人かみえるが、今日は学生らしき人は見えない。もともと私と同じ方面からK大前に向かう学生は少ないうえ、こんな時間帯なのだから、当たり前か。
カランと空いた車内にやわらかい日の光が差しこむ。いつもの時間よりたった十数分遅いだけなのに、なんだか自分が大きく日常から隔絶された場所にいるように思える。席は空いていたが、座る気にはなれずにドアの前あたりに立つ。
三駅後にはK大前だ。そこからの全力疾走に勝負の結果がかかっている。靴ひもを固く結びなおし、腕を振りやすいようリュックの肩ひもを調節する。
静かな車内で電車に揺られながら、私はふと、急に冷静になった。そして恐怖に襲われた。
全力で走ったとして、間に合うのか?そもそも私は十分も全力疾走を続けられるのか?もし間に合わなかったらどうなる?厳しそうな先生だし、少し怒られるかもしれない。大学生にもなってみんなの前で怒られるなんて嫌だ! 小テストは受けなおさせてもらえるのか?それもきっと難しいだろう。 それに、英語のクラスは少人数クラスだ。大講義室で行われる授業と違って、遅刻は目立つ。 五月末。慣れてきたとはいえ、まだまだ大学生活の序盤だ。序盤での印象はかなり大切だ。こんな序盤に遅刻なんてしたら、これから一年間、「大学生活始まってすぐ遅刻したやつ」と思われ続けるに違いない……
アドレナリン効果が切れたのか、次々に嫌な思考が生まれては頭の中を駆け巡る。さっきまでかいていた、激しい運動をしたことによる汗とは別の、冷たい汗がにじんでくる。一つ目の駅に電車が停車する。パラパラと人が乗ってきて、席に座る。すぐに扉が閉まり、次の駅へ向かう。K大前がどんどん近づいてくる。
逃げ出したい。突如、そんな衝動に襲われる。車内は暖かくて、のどかで、まるで天国だ。頑張って走ったって間に合わないかもしれない。怒られるかもしれない。それなら大学なんか行かずに、このまま電車に乗って、心地よくどこかへ運ばれてゆきたい…。一回くらい休んだって、別にいいだろう。
次の駅に着く。扉が開くと、私の目の前に座っていたおばあさんが、杖を突きながらゆっくりとした動作で電車から降りていく。目の前にぽっかりと空いた席。私はつい、吸い込まれるようにしてそこに向かう。疲れを癒したい。朝からずっと走りっぱなしだったんだし、勉強もした。少しくらい座ってもよいだろう。リュックを前に回し、腰を下ろそうとした次の瞬間、電車が大きく揺れた。
はっとして、我に返る。ボーっとしていた頭が急激にさえていく。すぐに態勢を整える。ふとさっきの座席に目をやる。さっきまで魅力的に見えていたのがウソのようで、いまは恐怖しか感じない。危なかった。今のは今日で一番危なかった。もしあのまま座っていたら、私は二度と立ち上がらなかっただろう。
座席から距離を取る。頑張ろう。誰でもやらかすことはある。大切なのは、やらかした後の行いだ。今の私にできるのは、無事に、最速で教室にたどり着くことだ。間に合おうが間に合わなかろうが関係ない。間に合わなくて怒られるならそれでもいい。でも、逃げることだけはしてはいけない。
「次は、K大前、K大前~。」
車掌のアナウンスが響き渡る。
よし、やるぞ。ラストスパートだ!
私は隣の車両に移動する。電車を降りた後の、改札への距離を少しでも縮めるためだ。
「間もなく、K大前、K大前~。」
アナウンスが響く。スピードが落ち、電車の窓の景色が住宅街から見慣れた駅に切り替わる。緊張感が高まっていき、私はリュックの肩ひもを強く握りしめる。 電車が完全に停車する。扉が開く。
「K大前、K大前です。お降りのお客様はお足もとに…」
アナウンスを聞き流し、走る。
ホームの階段を駆け下りると、改札をくぐり、また階段を駆け上る。道路を渡り、門をくぐると、なんと、この始業ギリギリの時間帯なのに、かなりの人がいる。
急いでいる人も見受けられるが、談笑しながらゆっくり歩いている学生もいる。それを見ると安心して急ぐ気が失せるが、だまされてはいけない。おそらく彼らの大部分は、階段とエスカレーターを上ったすぐ先に学舎がある、社会学部の人だろう。
人をかいくぐりながら階段を一段飛ばしで駆け上がる。門の先の階段は二段構えになっていて、それを上り切るとエスカレーターがある。でも、どうせ駆け上がるので実質階段だ。(重ねて言うけど、本当はやっちゃダメ。)
エスカレータを上り切ると、目の前には社会学部の学舎があり、予想通り私の周りを歩いていた人々の大部分がそこに吸い込まれていく。
一方私はそのわきの道に入る。法学部の学舎へ向かう道だ。その道へ入ると、やはり一気に人が減る。 この道は歩道橋のようになっていて、平坦な道なので走りやすい。今のうちに時間を稼がなくては。ほとんど人のいない道を全力で走る。 人がいないので全力疾走しやすいが、その分孤独な戦いだ。朝から全力で自転車をこぎ、走り、連続で階段を上った私の足はすでに限界を超えていて、足が全く上がらない。しかしここでスピードを緩めてはいけない。
もはや一分一秒も惜しい。何とか歩道橋を駆け抜け、肩で息をする私の目の前に現れた最後の関門。
法文坂。
その名の通り、法学部と文学部のある第一学舎につながる全長約三百メートルの坂だ。しかも傾斜が結構きつい。
疲労がピークを迎える私には、坂どころか反り立つ壁にすら思えてくる。折れそうな心を叱咤し、何とか足を前に出す。
いつもの時間帯だと、1限目から授業がある学生たちが無気力な行列を作って登っているのだが、さすがに始業ギリギリの今はパラパラとしかいない。
私と同じように走っている人もいるが、大抵の人は諦めの境地に入り、優雅に歩いて坂を登っている。
だが私は負けない!!負けるわけにはいかない!!大股で法分坂を駆け上がる。 走っているせいでリュックががさがさと揺れる。
中に入っているのは法学部の必須アイテム、パソコンと、ポケットサイズじゃないことに定評のある法律事典、「ポケット六法」だ。このたった二つのアイテムだけで、リュックは鉛のように重くなる。
肩がキツくなってきた。私はリュックを前に回し、抱き抱えたまま全力疾走する。よし、走れる! とにかく足を前へ前へだす。
疲れた、もう止まってしまいたいという気持ちを押し殺し、走る。これは時間ではなく、自分との戦いである。諦めたら試合は終了してしまうのだ。
間に合うかどうか。わからない。今何分なのかもわからない。もう次の瞬間には、敗北を意味する始業のチャイムが鳴り響くかもしれない恐怖。
しかし、もはや時計を見る時間すら無駄である。時間に間に合いそうで安心しようが、間に合わなさそうで絶望するか。どっちだろうが、今の私のすべきことは、今できる最大の速さで教室にたどり着くことだ。
一限目の教室は第一学舎C棟三〇一。よりによって三階である。しかし、大学ならではの秘策がある。
ここ、K大学の校舎はあらゆるところで連結している。うまいことそれを使えば、なんと二階分しか登らなくて済むのだ。
全力疾走の末法文坂を上りきり、校舎が立ち並ぶ場所へ到着する。立ち止まっている暇はない。
私は走って、C棟…ではなく、D棟に入る。D棟はほかの棟より一階分高いところに立っている。つまり、そこの二階はC棟の三階にあたる。さきにD 棟の二階までわたり、そこから渡り廊下でC棟に移ると、階段を二回しか上がらなくて済む。タイムロスを大幅に減らせるはずだ。
D棟の階段を二階分駆け上がると左手に渡り廊下が見える。そこに向かって駆け抜ける!
C棟三〇一‥ 三〇一,三〇一……,あった!
始業一分前、なんとか間に合いそうだ。なんだか気まずいので、中にいる人に気づかれないよう、音を立てずに慎重にドアを開ける。
!?
誰もいない真っ暗な教室。
なぜ!?何度も時間割表で確かめたが、教室はここであっている。始業1分前なら間違いなく生徒はほとんど揃っているはずだ。
数秒の思考の後、蘇る先週の記憶
移動教室!!!
テストでリスニング用の機材を使うため、機材が使用可能な教室でテストを行うと先生が言っていたのを完全に忘れていた…
刹那、始業のチャイムが私をあざけるように鳴り響く。
不思議と、悔しさや先生に怒られる恐怖、初めてやらかしてしまった遅刻に対する不安はない。いま私を支配しているのは失望感。そして圧倒的な疲労である。
移動した先の教室は、いつもの教室よりも正門から近かった。もしも移動教室のことさえ覚えていれば、確実に間に合ったはずなのに‥
確かに寝坊はした。だが、そこからのリカバリーは、私の今まで積み重ねた叡智を結集させた完璧なものだったはずだ。それなのに!
たった一つの間違いで、今日の私の苦労が全て台無しだ!
ちゃんと覚えていれば‥ いや、そもそも時間に余裕を持って学校に来てたら、間違えていつもの教室に行ってしまったって、そこから移動する時間は十分にあった。
今日の朝、もっと根性出して早く起きてれば‥ いや、昨日もっと早く寝てれば朝早く起きれたな‥。でも、昨日は昨日のうちに終わらせないといけない課題があったし。
いや、違うな‥ 間違っていたのはそこからではない。
これまでも、何度も遅刻ギリギリの日はあったが、運良くなんとか間に合うことができた。 だから、明らかにギリギリの時間に出発し、何か少しのズレで遅刻になるようなギリギリの戦いをしていたのに、心のどこかでこれまでの経験からどうにかなるだろうと思っていた。だから、ダラダラして遅く寝て、目覚ましのアラームを無視する遅起きの生活を改善することもなかった。
たった一つの過ちではない。今日の敗北は、私の日常の慢心の積み重ねが招いたものだったのだ。
私は重い足取りで英語のテスト教室に向かいながら、とりあえず今日は、やることをさっさと終わらして、早く寝ようと決意を固めたのであった。