恋愛
はなはだ間が悪い。意中の文芸サークルの後輩女子、ベージュのコートにピンクのベレー帽という姿をして、まもなく来る。されど、小気味よいトーク、慣れない褒め口上などは、ことごとく世の末が如くスベる。己の学のなさ、話術のなさを存分に披露しては、その度に準備不足に嘆くこと間違いなし。気まずさから所在なげに顎に触れれば、剃り残しを発見し、また己の不甲斐なさに肩を落とす。
金銭
「ここは先輩である僕が、プレゼントしてあげよう」などという下心からの行為は、慎むべし。さもなくば、ようやく長いレジ列の中程まで来たという時に、財布の置き忘れに気付き、冷や汗を滝のように流すことになる。「だ、大丈夫だよ。ほら、最近はQR決済もあるし、私はクレジットカードと連携してるから」など、早口で取り繕うことも、虚し。先月の未払い故にカードは使用停止されている。
失物
財布、見つからず。
健康
連人に誘われるがまま入店したカフェにて、「じゃあ、私も同じものにしようかな……」と、普段は目にすることも無いグランデサイズのタピオカホイップミルクティーを飲み、きっかり二時間後に腹痛に見舞われる。住宅街の道中にあって、駆け込めるトイレもなし。「私の家すぐそこですけど、来ます?」と気を遣わせるが、「大丈夫だよ」の一言、冗談にも言えず、顔面蒼白のまま世話になる。悲鳴をあげる腹部を撫でながら、自分自身もまた、こうして介抱されたいと、居た堪れない気持ちで涙をこぼす。
待人
来ず。まず、かさねがさね約束したはずの、この初詣に誰も来ず。元来、酒癖が悪く、朝も夜もない文芸サークルの同士である。初日の出など拝もうとする方が阿呆であるから、集合時間は午後二時に設定した。だが、なお、来ず。現れるのは陸上部をかけ持ちしているという後輩の女子が一人と、「あけおめー。寝てた(笑)」というLINEが一件のみ。
旅行
悪し悪しの悪し。計画のない男女の二人旅、鬼が泣いて逃げ出すほどに悪し。レディースファーストに託けて、「君の好きなところへ行くのが良いだろう」などと口にすることなかれ。たちまち互いに気を遣いあい、気まずさに乗って浮かび上がった旅程は、着地点を失う。行く先々でも災難多し。書店へ立ち寄れば赤面し、トラブルの故に映画館にはたどり着くことすら叶わず。
――百円を投資して手に入れたものは、趣味の悪い呪詛であった。私はこういった占いの類を信じる質ではない。が、一人で暇を潰すことにも限界があり、初めて「おみくじ」というとのを買った。結果は悲惨の一言である。
「せーんぱいっ! 新年早々、死にそうな顔してるじゃないですか。そんなに悪かったんですか?」
そう言うが早いか、背後から駆け寄り、私の手中にあるおみくじを強奪していった。早崎さんだった。
「うっわ、大凶……。むしろ大凶なんて、ほんとに存在したんですね。うわぁ、なにこれ……。これは死にたくもなる……」
彼女は羅列された呪いの言葉を上から下まで眺め、その度に散々なコメントを残した。彼女は「ご愁傷さまです」の一言と共に、私におみくじを返した。申し訳なさそうな笑顔を添えて。いっその事丸めて遠くへ放り投げてほしいくらいだった。けれども、そうも言えないので、しぶしぶ受け取ってポケットに押し込んだ。
「そういえば、この後どうするんですか? 他の先輩方はもう来そうにないですし。良かったらこのまま、どこかへ遊びに行きませんか?」
落胆する私を気遣ってのことだろうか。彼女は嬉しい提案を持ち出した。私の脳内検索フォームへ、その「どこか」の答えを求める。すると、〇・二一秒で一件の回答――映画館がヒットしたのだが、私から誘うのはハードルが高いと却下した。
「君の好きなところへ行くのがいいだろう」とお茶を濁したが、これは悪手だった。寒空の下、どうしましょうと彼女を悩ませ、私は体を冷やす結果になってしまった。ひとまず妥協案として、カフェへ移動することになり、そこでの作戦会議が開かれた。最終的には、彼女の希望を全面的に支持し、書店と映画館を巡る計画が浮上した。
だが、詳らかに書き記すことは控える。語るのも辛い、散々な顛末であったからだ。
読者諸君は、いったい何があったのか見当もつかないだろう。あれやこれやと詮索したくもなるやもしれない。その代わりと言うわけではないが、実はもう一つ、「呪詛」があったので、載せておこうと思う。
縁談
前途多難。「多」の一文字では抱えきれないほどの難あり。歩けば棒にあたり、河には流れ、登ったつもりもない木から落ちる。何度となく「ここぞ」というチャンスを取りこぼし、着飾った薄っぺらな見栄をダメージ加工し、空っぽといっても過言ではない腹の中をひっくり返した後、湯沸き立つほど赤面すること数多。月並みな想いでは、とても成就すること叶わず。
これは私が安下宿に帰ってきて、くしゃくしゃに丸めたおみくじをポケットから取り出して、ようやく気づいたものである。当然、七転八倒の最中にあった私には、知る由もない。ましてや、私には駆け寄る前に早崎さんが引き当てていた、「大大吉 恋愛 意中の相手には、己から駆け寄り声をかけると良し。多少の難あれども、必ず結ばれるであろう」から始まる長い長い祝詞のことなど、結婚前夜まで私が知ることはないのであった。