俺が思うに、人間にはみな裏表がある。
パワハラを生きがいにしている上司が、実は実家暮らしのマザコンだったり、小難しい頑固な陶器職人が、実はマザコンだったり、いつもは優しくて頼りになる彼氏が、実はマザコンだったり……。
大事なのは、『みな』という部分だ。皆さんはおそらく失念しているだろう。この世には、人間だということを忘れられて生活している人がいる。そう、サンタクロースだ。
確かに、彼らは人間離れしていると言っていいだろう。毎年十二月二十四日の深夜にのみ現れ、トナカイが引く空飛ぶソリに乗り、家宅に侵入し、眠れるちびっ子たちの枕元に忍び寄り、ひっそりとプレゼントを置く──こんな芸当、我が国が誇る忍者だってできない!
皆さんが彼らを信じない気持ちも分かる。だが、俺は彼らが存在することを示す根拠を持っている。なぜなら今、俺はサンタクロースに追われているからだ。もっと言えば、あおり運転をされている。あのソリで。
先ほど俺は、人間に裏表があると言った。サンタも例外ではない。ほら、だって現に、あんなに怖い顔をして俺を追ってきているじゃないか。プレゼントをくれると思ったら、あおり運転をするほどの凶悪な一面を持っているのだ。きっと服が赤いのは──おっと、怖い妄想は止めて、運転に集中しなければ。
「お父さん怖いよ……」
「あなた、一体どうするのよ?」
「ちょっと黙っててくれ! とにかく今は逃げるしかないだろ!」
アクセルを全開にして、俺は汗ばむ手でハンドルを握りしめていた。バックミラーでちらちらと後ろを確認しながら、家族にばれないように、全身の震えを必死に押さえ込む。
──俺がびびってどうする。
自分に活を入れてみるものの、子供のすすり泣く声が余計に不安を煽ってくる。ただでさえサンタに煽られているというのに。
それは、突然だった。今日はクリスマスイブ。というわけで、息子のプレゼントを買いにドライブに出たのだ。サンタとは別に、俺からのプレゼントである。そしてその帰り道、車に強い衝撃が走った。そして、驚いて後ろを振り向いた息子が泣きながら言い放った。
──お父さん、サンタさんが追っかけてきてる!
訳が分からなかった。冗談はよしてくれよ、と言いながらバックミラーを見やると──そこにはトナカイがいた。しかも二匹だ。体の空気が全て抜ける感覚に陥る。恐る恐る、さっきからミラーにちらちら映っている赤い影を覗いた。ああ、サンタだ。サンタが、俺の車に体当たりしてきやがった。自分の目を疑ったが、妻が叫び声を上げていることから現実だと判断した。サンタの顔は遠目でも分かるほどに紅潮し、今にも爆発しそうだ。例えるならば──赤い悪魔。そんな形相だった。
「くそ……どうすれば……」
ふとスピードメーターを見ると、時速百キロメートルを超えている。インターチェンジで振り切れるかと思い高速道路に入ったものの、奴は気にせずに勢いだけで突破してきやがった。
トナカイの荒い足音が、振動となって伝わってくる。それが焦りとなって、アクセルを踏む足に力が入った。
「ちょっと! あなたスピード出しすぎよ!」
「じゃあどうしろって言うんだ? ここで追いつかれて停車することになったら、それこそ危ないじゃないか!」
「もう、二人ともケンカはやめてよね」
こういうとき、なぜか子供は冷静だ。いや、うちの息子だけかもしれない。
息子はおいしいと言いながら、さっき買ってやった《都こんぶ》をしゃぶり尽くしている。ほんとうにこれがクリスマスプレゼントでいいのだろうか。百円も払っていないぞ? というか、さっきまで泣いてなかったか?
「ああ、ごめんな。ちょっと頭に血が上ってしまった」
息子のおかげで、冷静さが戻ってきた。
「高速道路は停車すると危ないし、警察を呼んでも多分追いついてくれない。一旦下りようと思う」
「そうね。でも、下りてからどうするのよ?」
「大通りを逸れて、細い道に入って撒こう。あいつはバカみたいにでかいソリに乗ってるし、トナカイも異常にデカいから、多分入れないんじゃないか?」
「分かったわ。私はあいつらの状況を伝えるから、あなたは運転に集中して」
「ああ、ありがとう」
なんだか家族が一つになった気がする。やはり家族というのは、助け合ってこそだ。家族を守るためにも、絶対に逃げ切ろう。
案内標識が目に入る。坂出北IC。よし、ここで出よう。
左手に、下りの道路が目に入った。さあ、車線変更を──。
「あなた! あいつ、急に速くなってるわ!」
「え?」
ふと左を見ると、トナカイが真顔で走っていた。ヨダレに無駄な躍動感がある。くそ、追いつかれた上に、塞がれた。これじゃあ下りられない。あいつ、高速道路で煽り続ける気か。
下りずにこのまま走るしかない、と意思を固めたところで、右側からも足音が響いてきた。おいおい、勘弁してくれよ……。
右を見ると、案の定トナカイがいた。やばい、挟まれてる。
サンタはトナカイを繋ぐリードをいっぱいに伸ばし、V字型になって俺の車を囲んでいた。このまま行くと……瀬戸大橋か。本州と四国を結ぶ大きな橋で、長さも日本では三本の指に入るだろう。確か、鉄道も通っていたような──やばい。ここで事故でも起こしたら、かなり大勢の人に迷惑をかける。
右から、小さな衝撃が伝わった。トナカイがぶつかってきたか? でもそれにしてはそんなに揺れていない。
横の窓を見ると、べっちゃべちゃに濡れていた。鼻くそらしきものも付いている。
「うわー、汚い」
妻と息子が、声を揃えて呟く。このトナカイ、車の窓で鼻拭きやがった。ゆるさん。その赤い鼻を笑ってやる!
やがてトナカイの鼻水も乾いた頃、瀬戸大橋が見えてきた。
「うわー、でっかいねえ!」
息子が楽しそうに声を上げる。
息子よ、旅行じゃないんだから。
「ライトアップされてて綺麗ねえ」
妻よ、旅行じゃないんだから。
「橋に入ったら、少し安全運転にしたい」
「そうね。電車も通るって言うし、事故したら海に落ちちゃうかもしれないもんね」
「えー! 海に落ちちゃうの? 都こんぶにとっては里帰りだね!」
なんでこんな冗談が言えるんだ? 肝が据わりすぎだ。どこで教育を間違えた? いや、成功しているのか?
そうこう言っているうちに橋に入った。ライトアップのおかげで、かなり前が見やすい。ありがたいことだ。
「ねえあなた! あいつもう追ってきてないわよ!」
「ほんとか!」
橋に入ったからあいつも諦めたのか……。安堵して、ハンドルを握る手がゆるむ。
でも待てよ? そもそも一本道で、追い越しをされたわけでもない。あいつは一体どこに行ったんだ? まさか、空を飛べる訳でも……んはっ!
そうだ! あいつはサンタじゃないか!
「やばい! 上だ!」
「上?」
その時、ふと雰囲気が変わった。ライトアップで明るかったはずが、突然周囲が暗くなった。
「上から当ててくるぞ! 伏せろ!」
妻と息子が絶叫する。俺はできるだけ身を縮めた──が、衝撃は襲ってこなかった。
なぜだ?
恐る恐る顔を上げると、前方を優雅に飛ぶソリが見えた。
俺たちを追い越していった? 諦めてくれたのか?
そのまましばらく観察する。すると突然、着陸した。
やばい、前を塞がれた! このままじゃあ──ぶつかる!
「伏せろおおぉぉぉ!!」
再び妻と息子の絶叫を聞きながら、俺は思いっきりブレーキを踏みつけた。
体が前に飛んでいきそうになる。そこをぐっと耐えて、ハンドルを一気に切った。
車がドリフトし、世界が回る。耳をつんざくタイヤの摩擦音と共に、白煙が舞い上がる。
俺は体を色々な所にぶつけながら、死を覚悟した。
やがてタイヤの焦げる匂いがしたと思ったら、ふいに体にかかる遠心力がなくなった。
「はぁ、はぁ……助かった」
ゆっくりと目を開けて外を見ると、目と鼻のさきにサンタのソリがあった。意外なことに、ソリは鉄で出来ている。普通木製だろ。
「みんな、大丈夫か?」
「ええ、なんとか。髪乱れてない?」
「めっちゃスリリング! もう一回やろ!」
まあ、いろいろ言いたいことはあるが、無事そうで良かった。
ところで、あいつは?
目の前のソリからは、サンタの姿が消えていた。あおり運転のニュースを思い出す。この後に起こることは……わぁ~お。
「鍵を閉めろ!」
ウィーン……。後ろを振り向くと、息子が既に窓を開けていた。
一足遅かった。まあ、人の話はなにがあっても聞けとは言っているが、今日は違う。今日だけは。
あの赤い悪魔が、顔を車に突っ込んでこちらを睨んでいた。もれそうになった。が、俺は腐っても父親。はしたない姿を見せるわけにはいかない。
「お、おい! い、一体俺たちが、な、な、なにし、何したって言うんだよ!」
裏声が出てしまった。恥ずかしい。
「都こんぶ一個とは何事だ!」
サンタが、いかにもおじいさんみたいな声で叫んだ。
「え? 都こんぶ?」
「そうだ! 親として、もっといいものをプレゼントするべきだ!」
そんなことで怒ってたの?
怒るサンタを見つめていた息子が、口を開いた。
「いや、サンタさん、僕がこれでいいって言ったんです。だから、お父さんとお母さんは何も悪くないんです」
涙が出そうになった。俺が思っているよりも、この子は立派に育っている。
「そうだったのか……。本当は欲しいものがあるというのに……君はいい子だな。よし! 特別に、もう一つおまけしてあげよう!」
サンタはそう言うと、ソリの上に乗っていた白い袋を二個取り出してきた。
大きい袋と、小さい袋の二個だ。……ん? あの大きい袋、なんだか動いてないか?
「なあ、サンタさんに何をお願いしたんだ?」
「ああ、それはね──」
サンタが、まずは小さい袋を車に投げ入れた。息子が嬉しそうに開ける。
何を頼んだのかと思って、覗き込んだ。するとそこには、あの赤いパッケージ……。
「おい、これ、都こんぶじゃないか! しかもこんなにたくさん!」
「僕はね、サンタさんに都こんぶを百個頼んだんだ!」
どこまで都こんぶが好きなんだ……。というか、渋い。渋すぎる。お前小学二年生だよな?
「それだったら、お父さんに都こんぶをねだる必要はなかったんじゃないの?」
妻が問うた。確かに、その通りだ。もっと他に欲しいものがあっただろうに。
「分かってないなあ。今すぐ食べたくなったんだよ。都こんぶの魔力には、誰も勝てないのさ……」
哀愁ただよう顔で、息子が呟いた。子供は、目の前の欲望に弱い。というか、別に都こんぶはおまけで買ってあげても良かったのに。この子は真面目すぎる。
「重いから、気をつけるんだぞ!」
サンタがそう言って、大きな袋の方を車にねじ込んだ。
袋の中から、人の声が聞こえる。何? 誰?
妻が、慎重に袋を開ける。すると突然、袋の中から腕が飛び出してきた。
「きゃあ!」
「ぶはっ、むはっ、はっ!」
中から出てきたのは、中年の男だった。
「おいサンタ! こいつは誰だ! これが『おまけ』ってやつか!」
いくら何でも、プレゼントで人間はないだろう。
息子は怯えた顔で、男を見つめている。
「この人は、都こんぶを作っている、浅岡食品株式会社代表取締役──浅岡俊樹さんだ」
「ど……どうも」
どうもじゃねーよ。
「後は分かるな?」サンタが俺を見て言った。
いや、全く分からないが。
「じゃあ、わしは他の子供のところにも行かなきゃならないから、もう行くよ」
サンタはそう言って、ソリに向かって歩きだした。
「え? ちょ、ちょ待てよ!」
俺の中のキムタクが、思わず溢れだす。こんなおっさんを置いて行かれても困るし、気まずいだろうが。
案の定、車内に気まずい沈黙がたっぷりと流れた後、キムタクが功を奏したか、サンタが踵を返して戻ってきた。
「あ、そうそう。追いかけて悪かったな。物騒なまねをしてしまった。それにしても、息子さんはとてもいい子だ。これからも、幸せに暮らすんだぞ」
「は……はい」
なんだ、とってもいい人じゃないか。さっきまで悪魔に見えていたのが嘘のようだ。やはり、人と人というのは、話し合って初めて分かり合えるということか。
勝手に一人で納得していると、サンタはいつのまにかソリに戻って、手綱を握っていた。こちらに軽く手を振って、やあっ! と叫んだと思ったら、空を飛んで見えなくなってしまった。
「すごい……本物初めて見たわ」
妻が口をあんぐりと開けて驚いている。人が“いる”という実感は、なぜかいつもいなくなってから感じられるものだ。
「あ、あの……」
浅岡が、申し訳なさそうに座っている。
そうだ、忘れてた。一体こいつをどうすれば……。確かに息子は都こんぶが好きだが、別にそれを作っている人は好きじゃない。どうしたものか。
「ねえ、君は都こんぶが好きなの?」
浅岡が息子に尋ねた。
「うん! この世の食べ物で一番好きなんだ!」
「ははっ、そうかそうか。それは嬉しいな!」
にしても、この人が社長さんなのか……。そうか、彼にしかできないことがある。
分かったぞ、サンタ。
「みんな、ドアと窓を閉めてくれ」
妻と息子が、怪訝そうな顔をする。
「なんで? もういいでしょ?」
「いいから!」
渋々、といった感じで、二人は窓を閉めた。
さあ、始めるか……。
「おい、浅岡!」
「はい?」
「俺たち家族は、お前を監禁した!」
「へ?」
浅岡がぽかんと口を開ける。
「ちょっと、あなた何言ってるの?」
「いいから、俺に任せてくれ」
妻と息子が、顔をしかめて俺を睨む。引かないでくれ。お父さん悲しいぞ。
「解放条件は一つだ!」
「な……なんですか? やっぱり、お金ですか? 都こんぶじゃあ、そんなに稼げないですよ……」
「違う。息子に、工場見学をさせろ」
都こんぶの故郷を見れるとなれば、息子も喜ぶだろう。
「工場見学?」
「ああ。今週の日曜日、家族で訪問する。浅岡さんは俺たちを歓迎して案内しやがれっ!」
自分でもバカみたいだなあ、と思う。
「はあ……まあ、それぐらいなら大丈夫ですよ」
「よし! じゃあ解放してやる!」
「え? ここで?」
「ああ。今すぐ降りろ!」
俺は後部座席に回って、無理矢理浅岡を外に引っ張り出した。
「さあ、帰ろう!」
「ねえ、あなた、浅岡さんかわいそうじゃない?」
「そうだよ。乗せてあげようよ」
ぐっ。なんだか俺が悪者みたいだ。しかし、俺は家族水入らずで帰りたい。
「大丈夫だ。社長さんだぞ? 部下が迎えに来てくれるに決まってるじゃないか」
「確かにそうね」
「そうだね。社長さんだもんね!」
素直で助かった。愛してるぞ、お前たち。
ふと後ろを見ると、長い渋滞が出来ていた。クラクションの嵐だ。
「やばい、早く進まないと」
俺は、アクセルを踏んだ。徐々にスピードが上がっていく。バックミラーを見ると、後ろで大きく手を振って怒っている浅岡が見えた。どんどん小さくなって、しまいには見えなくなった。
ごめんなさい、浅岡さん。
「いやぁ、とんでもない夜だったな」
「そうね。疲れたわ」
「工場見学楽しみだね!」
ああ、そうか。工場見学に行かないといけないのか。せっかくの日曜日がつぶれちゃうな。
まあ、家族で過ごせるんだからいいか。
「そうだな。できたての都こんぶいっぱいもらって帰ろう!」
「うん!」
あ、でも俺都こんぶ苦手なんだよな……。
「おえっ」
突然、妻がえずいた。
「おい、大丈夫か? 車酔いか?」
「いや、この感じ……つわり?」
時間の流れが変わるのを感じた。
「私、妊娠したかも」
『妊娠』という単語がやけにはっきりと、ゆっくりと聞こえて、脳内でリフレインした。鼓動がきゅっと速くなる。小さな温かい手が、頼りなく、俺の心臓を握ってくるようだ。驚きとか、嬉しさとか、愛しさとか、そういったものがごちゃ混ぜに、涙に変わって溢れてくる。
──ありがとう。
涙と共に出てきたのは、そんな言葉だった。
「なによ、まだ決まったわけじゃないのよ?」
妻が笑顔で呟く。
ああそうだ、妻が初めて妊娠したときも、俺はこんな感情になって、どばどば泣いたんだった。もしもう一度子供が出来たら、どんと構えていようと思ったのに。何も成長してないな、俺。
涙ぐむ俺を尻目に、息子はきゃぴきゃぴとはしゃいでいた。
「すごいよお母さん! おめでとう! 僕、できるだけ子育てサポートするよ!」
子育てする側に回ってくれるなんて。子供は本当に、あっという間に成長してしまうな。きっとすぐに、俺よりも立派な男になるだろう。これから思春期がきて、反抗期が来て、大学に行って、社会に出て、独り立ちして──そうか、これからはこの子だけじゃなくて、もう一人面倒を見れるんだもんな。
なんだよサンタ、最高のクリスマスプレゼントじゃないか。
「実は僕、もう一個お願いしてたんだよね」
息子が、嬉しそうな顔をしながら呟いた。
「何を頼んだんだ? あ、もしかして……」
「うん。妹が欲しいって……」
照れた表情を浮かべる息子が、世界で一番愛しく思えた。
「じゃあこれはもう確実だな」
「ふふっ、そうね」
バックミラーから見える妻の顔は、とても幸せそうだ。
「みんなで力を合わせて、頑張ろうな」
「ええ」
「うん!」
そのとき、シャンシャン、という鈴の音が聞こえた。
「あ、すごい! ジングルベルだ!」
「きれいな音ね」
サンタめ……粋な演出をするじゃないか。
その瞬間、俺の頭に閃くものがあった。
「なあ、娘の名前なんだけどさ……」
「ん?」妻が優しく相槌を打つ。
「『鈴』っていうのはどうかな?」
鈴の音のように、楽しく一生を過ごしてもらいたい。そういう意味を込めて。
「とってもかわいい名前ね」
「うん、いい感じ!」
「良かった。じゃあ今週の日曜日は、四人でドライブだな!」
家族の笑い声が、車内にこだまする。幸せだ。今日のことは一生忘れないだろう。
人間には、裏表がある。俺はさっきそう言った。だけど、前言撤回させてもらう。サンタは例外。彼は、表がいきすぎて裏に見えただけだ。サンタクロースは、世界で一番優しくて、太っ腹で、粋な男だ。
「なあ、そう思わないか? 三太?」
「え? 何が?」
「いや、なんでもないよ」
みんなに幸せを運ぶ。そんな人になってほしいと、息子に『三太』と名付けた。今になって思う。それは、間違いじゃなかった。むしろぴったりの名前だ。その証拠に、三太は俺たち家族に、『鈴』という幸せを運んでくれた。
『三太』と『鈴』か。これは、毎年のクリスマスが楽しみになるな。
「ねえねえ、お腹すいた~」
確かに、もう夜の九時を回っている。いつもならとっくに夕飯を食い終わっている時間だ。
「はやくクリスマスケーキ食べたい!」
無邪気に三太が叫ぶ。やっぱり、まだまだ子供だな。
「よし、とっとと帰ろう!」
気合いを入れて、ハンドルを握り直す。そのとき、あることに気付いた。
「なあ、まだ俺たち、あの言葉を言ってなくないか?」
「え?」
妻が、不思議そうな顔をする。
「ああ、あれね! 僕分かったよ! ほらお母さん、今日はクリスマスでしょ?」
三太の助言で、妻も思い当たったようだ。
「ああ、そうね。まだ言ってなかったわね」
「それじゃあ、みんなで一斉に言おうか!」
バックミラーに映る二人が、コクンと頷いた。
「じゃあいくぞ──せーのっ!」
素晴らしい聖夜に、素晴らしい俺たちの未来に。
「メリークリスマス!!」