「命の価値はみんな平等である」このような言葉を耳にしたことはないだろうか。理性ある人間として生きとし生けるもの全てを愛の対象とする。残念ながらそんなものはただの絵空事だ。稚児は地を這う命を指の腹で擂り潰し、少年少女は友を最上階の端へと追いやる。大人なんてのは他者を陥れることだけに一生を掛けているようだ。
今では見知らぬ誰かの冥福よりも、池に餌を投げ入れられた鯉の如く群がり、シャッターを切る事の方がよほど急務であるらしい。
それにも関わらず、彼らは口を揃えて言うのだ。
「生きているだけで素晴らしい、命は大切にしなさい」と。
人と人との命は等価ではないし、人と他の生物の命も同様に等価ではない。
私は一羽の衰弱しきり、身動き一つ取ることの叶わない烏を放っておけば命を落としてしまうと理解していながら、眼前のこの小さき命から目を逸らした。この腐敗した世の中に忌々しい法があったからだ。いや、そんなものはただの言い訳で、自身の正義を貫けばよかっただけの話ではないか。本当はその今にも消えてしまいそうな命に対する責任から逃れたかっただけだ。
そうは言っても良心の呵責か、放置しておけなくなり、引き返したがそこには先程の烏はいなかった。そこにあったのは一つの骸、見るに堪えない姿と化した屍だった。
本当に人間というものは恐ろしいもので、自分たちの命よりもその一羽の烏の命の方が劣ると信じて疑わないらしい。
私もそんなバケモノの立派な一員なのだ。命の価値は等価ではない。
次に殺されるのは貴方か、私か。
数日が経ち、私もその出来事を忘れかけていた。人間は嫌なことからは目を逸らし、忘れることができるのだ。その点でだけは今の自分も悪くないものだなとよく思う。しかし、私は出会ってしまった。偶然か必然か分かりはしないがソレを見つけてしまったのだ。
ソレは廃棄物の上を飛んでいた。いや、正確には飛んでいたのではない、浮いていた。透けた袋を木に括り付け、その中に押し込まれていたのだ。
刹那にその意味を理解する。怒りで全身の血液が沸騰し、鼓動の速度を増す。ぎりりと歯と歯の擦れる音が口内に響き、震えながらに握りしめた掌からは血が滴り落ちた。
だが、どこにもこの怒りのぶつけようがない事を直ぐに悟り、次第に申し訳ない気持ちに襲われる。
ごめんなさい、ごめんなさい。何度も何度も、何度も言葉にする。もちろん許しの言葉も返事もあるはずはなく、一匹の人間が、ただ立ち竦んでいるだけだった。
私はバケモノだ、根幹では同じものによって構成されているのだ。どう変わろうとしたってバケモノなのだ。
これ以上私は醜くはなりたくない、これ以上私は無為に何かを犠牲にして平然と笑っていたくはない、これ以上私は嘘に塗れたくはない、これ以上私は自分というものを失いたくはないのだ。
命の価値は等価ではない。それでも誰かに殺されてなるものか。
体はとても軽く、今なら何だってできそうな気がした。踵を返し走る、桜の雨を切り裂きながら只管に地を蹴る。
私は飛び立つのだ、バケモノに殺され、利用され、変わり果ててしまった一羽の友の分までただ一瞬の大空へと、目一杯その両翼を広げて。