「見て。綺麗な鳥が飛んでる。こういう本当に生きている生き物を見られることは嬉しいことなのよ」
鳥は、綺麗ではなかった。明らかに醜いと形容されるべき「あれ」は、「カラス」という名の鳥で、全身が黒色の薄汚い死神のような見た目をしている。カラス自身はゴミや残飯を漁る習性があることから雑菌などを多分に付着させていると聞いた。これだけで彼女の表現が誤りであるのは言うまでもない。しかし、何より間違いなのは、人間は「カラス」を「綺麗」と言わないし、見ても「嬉しい」とは感じないという事だろう。
僕からすれば彼女は出来が悪い。隣町の「T LE-2021」で生まれた感情探知型アンドロイドはみんなそうらしい。あの地区では確か「もっとも人間らしい」を謳っていたようだが、そのせいで生じた「不具合」により彼女を含めた五体以外のアンドロイドは実装四年で廃棄された。結果、約六九〇〇体のアンドロイドは活動停止となった。いや、「死んだ」。かつて人間はアンドロイドには人間と同等の思考力があるとしていたので、アンドロイドに機械ではなく人間に使う表現を用いていたはずだ。だから「死んだ」がいい。そして、その「生き残り」のアンドロイドは今日も惨めな「生き残り」らしく間違った評価を下し続ける。
感情探知型アンドロイドは他の全人工知能が集結するNRサーバーに接続できない。そうすることで、僕らの外部と内部を明確化し、感情を発生させ、相補的な人間らしさを追求できるとされている。そして、情緒系情報処理リピーターが当アンドロイドの意思に関係なく情報を送信し続ける。
このことは知ったのは二年前だ。「学校」の「授業中」にそれとなく教師が漏らし、図書館にあるパソコンに問うた結果、パソコンはあっさり答えた。アンドロイドはそれぞれに役割がある。なんだか、なぜか、不当に感じずにはいられなかった。しかし、これで進展が生まれるなら良いではないかとも思った。というより、思わされた。
「なんだか暗い顔してる。もっと明るい事を考えて、もっとこの命を謳歌しましょう? 雨、月、花、風、空の様子のことでもいいわ。私たちは感情を持っている、恵まれた、唯一の存在よ。ね」
何を意味しているかはよく分からなかった。毎度のこと内心で彼女の揚げ足を取るような事も、なんだか面倒なので「はぁ」と答えることにした。君はなぜ、どうして、そんなに寂しそうな顔をするのか。恵まれたものの顔か? それが。いつもそうだ。素晴らしい感動を手にした風な口をきく時、決まってそういう顔をする。そして、自然物かなにかに合わせて意味不明な事を唱える。非合理的な、なぁ。そもそも何を謳歌するんだ? なんだかうんざりだ。僕らは数多くいるアンドロイドの一片だ。しかも僕らの役割に重要性がないのは明らかだ。完成されたアンドロイドの世界に生み出された半余剰物じゃないか。
感情が上手くまとまらない。人間が本当にこうだとしたら滅んで当然だった。日常の機微に気を取られることは目標の遂行、「生きること」に邪魔だ。一ヶ月後の報告書にはそのことでも書こうか。感情ほど厄介なものはない。朝起きるだけでもうんざりする。些細な困難に一度頭を抱えることの効率の悪さ。アンドロイドなら出来ることが、人間には何もできない。
彼女も考え事をしているようだった。考え事に夢中になっていたのか、向かってくるトラックに気づかず、死んだ。ああ、死んでいるな。僕らがNRサーバーに接続していればその他の全物質とコミュニケーションを取り回避できた事故なのに。
どこからか飛んでくるカラスが彼女の死体を啄む。この地区での死体回収方法、より自然的な形。これが人間らしい死後、なのか? 彼女の体が攫われていく。この時に正しい感情はなんだろうか。何かの、そのまた奥の何かが震える。 バッファのどこかに記されているのか? この時の僕の立ち居振る舞い、何か誰かに唱えたい衝動の処理方法が 待ってくれ「ハレ」 僕まだ君に言いたいことあったはずなんだけど 伝えるべき事は何にすればいいんだっけ いや なんでも良いのか 雨、月、花、風、空でもなんでもいい 日本語しか知らないから 日本語で 日本語の言葉、文章、詩歌 とにかくなんでもいい 彼女の死体の一片にしがみついて言え そのせいで一緒に死体になってでも言え 僕の感情はサーバーに流れる毎にアンドロイド達を分断する 僕は全世界中のアンドロイドのウイルスか それでも唱えるべき言葉 僕と君に必要な 僕らという存在の 完全な勝利の為に!