車窓には夕暮れの街並みが流れている。電車のドアにもたれて、大きなため息をついた。
今日はバレンタインだ。いつもより何倍も疲れる一日だった。クラスの女子たちは皆、彼氏にチョコをあげるとか、憧れの先輩に告白するだとかそんな話ばっかりしていた。私の友達も例にもれず、恋の話で持ち切りだった。
そうなるとつらい。当然のように私にも話を振られるのだ。
「凪は好きな人、いないの?」
私がいないと答えると、
「じゃあ気になる人は?」
それもいないと答えると大体つまらなさそうにされるか、私抜きで盛り上がり始めることがほとんどだ。
私は恋愛感情を持っていない。
中学の時は好きな人を聞かれると、周りに話を合わせるため顔がかっこよかった男子の名前をあげたりもしていた。しかし、自分を偽るというのは続かないものだ。結局のところ自己嫌悪に陥って、誰かを好きなフリをすることはやめたのだった。
もやもやした気持ちを抱えているうちに最寄り駅に着き、改札を出た。
雪だ。
冬の寒さは嫌いだが、雪は珍しいもので、たまに降るとなぜかとても嬉しくなる。雪がふわりと降ってくるごとに、心が軽くなっていくのを感じた。
そのとき、何年か前に流行った冬の歌が聞こえてきた。誰かが弾き語りをしている。
白い冬の恋を唄った歌詞。普段なら、さっきまでの気分なら、何がいいのかよくわからないような言葉たちが、今だけは素直に心に飛び込んでくる。
恋愛の切なさ、涙、逢いたい気持ち──
私には経験のないものではあったが、素直に良い曲だと思った。私の足は自然と歌声のする方へと向かう。
同年代に見える少年が指先を赤くしてギターを弾き、白い息を吐きながら歌っている。寒いけれど、私は曲の最後まで夢中だった。
聴き終わった私は、思わず拍手していた。
嫌な一日だと思っていたけれど、私は何か小さなプレゼントを貰ったような気持ちで家路についた。