松﨑研究室では、こころの形成・発達の基盤である「脳の発達の仕組み」の分子・細胞レベルでの基礎研究、さらに発達障がい者の診療・支援への応用を視野に入れたトランスレーショナル研究を展開している。
2023年度
1.臍帯血中のエポキシ脂肪酸に関する共同研究:浜松医科大学との共同研究により、浜松母子出生コホートの自閉スペクトラム症(ASD)特性が高い小児を対象に、出生後のASD特性と相関する臍帯血中PUFA代謝物を検証したところ、エポキシ脂肪酸代謝経路の中で、ADOS比較得点と有意な正の相関を認めるアラキドン酸由来ジヒドロキシ脂肪酸diHETrEを見出した。さらにROC解析の結果、臍帯血中の11,12-diHETrE濃度測定はASD男児の超早期判定に寄与する可能性があると判明し、特許を出願した(特願2024-045289)。現在、diHETrEを生じさせる代謝酵素の臍帯血中動態を調べる国際共同研究を進めている。また、臍帯血中リノール酸およびリノール酸由来ジヒドロキシオクタデセン酸の濃度と出生児童体重との間に有意な負の相関があることから、その原因を胎盤に求める研究を展開している。
2.周産期炎症が与えるADHD 遺伝的リスクに関する共同研究:浜松医科大学との共同研究により、浜松母子出生コホートの8~9歳の小児を対象に、周産期炎症とADHDポリジェニックスコアの関連を調査した結果、周産期の炎症は出生児のADHD症状を直接悪化させていると判明した(Takahashi et al., Brain Behav. Immun. Health. 2023)。
3.耳介迷走神経刺激によるマウス社会性の調節に関する共同研究:国立精神・神経医療研究センターとの共同研究により、耳介迷走神経刺激によるマウス社会性調節の試みについて研究を進め、研究経過について学会発表を随時行った。
4.ASDの病態モデル研究:当研究室が独自に開発したN-ethylmaleimide-sensitive factor(NSF)遺伝子のヘテロノックアウトによるASDマウスモデルの表現型を改善する物質を見出して、特許を出願した(自閉スペクトラム症改善剤:特願2023-10567)。現在、この物質の作動機序について研究を続けている。
5.社会的隔離が脳神経回路の発達に与える影響に関する共同研究:国立精神・神経医療研究センターとの共同研究により、社会的隔離がマウス脳の発達に与える効果について研究を進めた。発達期に社会隔離を経験したマウスで情動処理の中核である眼窩前頭皮質から扁桃体へのシナプス投射を測定したところ、速い興奮性神経伝達を担うAMPA電流由来の電流成分が、内側眼窩前頭皮質からは低下、外側眼窩前頭皮質からは増加していることが判明した。
6.ASD死後脳に関する共同研究:和歌山県立医科大学、浜松医科大学、弘前大学、群馬大学、国立成育医療研究センターとの共同研究により、ASD児童の死後脳縫線核に特異的な遺伝子メチル化探索を行い、新たなASD関連遺伝子を発見して、英文誌に投稿中である。
7.網膜ミュラー細胞の保護作用をもたらし得る植物エキスに関する共同研究:約3000種の植物エキス抽出物のライブラリーを対象に、網膜ミュラー細胞におけるNT3の遺伝子発現量を指標として網膜保護作用をもたらし得る植物エキスのスクリーニングを行った。その結果、NT3発現増強活性が見出された植物について段階的な分画精製を行い、活性化合物を単離することに成功した(Sakai et al., J Clin Biochem Nutr. 2024)。
8.女性ホルモンとマウス社会性の関係に関する共同研究:横浜薬科大学との共同研究により、幼若期の女性ホルモンと社会性の関連のメカニズムに関して研究を進めている。出生4週で卵巣を除去したマウスの行動を観察した結果、活動期の自発運動量が低下し、10週齢での3チャンバー社会性テストで慣れ親しんだマウスよりも新しいマウスを好む傾向がみられた。これらの表現型は、ある共益受容体の刺激薬の投与により改善されることが実証され、英文誌に投稿中である。
9. ADHDとドーパミンD2受容体(D2R)の関連の研究:PET研究ではADHD患者での側坐核、尾状核、中脳でD2/D3R結合能の減少が知られているが、D2Rの相互作用分子を含め下流のシグナル伝達経路は不明である。D2Rを発現する神経細胞に特異的なNSFコンディショナルノックアウトマウス(D2R-NSFcKO)を作製し、ADHD様行動およびドーパミンシグナル異常を見出した。D2R-NSFcKOマウスの行動解析および機能解析を進めてADHDモデル動物として成立するかを検討するとともに、NSFおよびD2RがADHDの診療標的候補となるか否かの確認を行っている。
10.ASDのミトコンドリア機能に着目した特定臨床研究:ASD児童に特異的なミトコンドリア機能の低下に着目し、その機能向上を図るサプリメントがASD症状の改善に有効かどうかを検討する「自閉スペクトラム症児童に対する5-アミノレブリン酸サプリメントの有効性を検討する二重盲検ランダム化比較試験(jRCTs051210168)」を実施している。
2022年度
1.自閉スペクトラム症の病態モデル研究:自閉スペクトラム症のマウスモデル研究を進め、モデルの表現型を改善する物質を見出して、特許を出願した。(自閉スペクトラム症改善剤 令和5年1月26日出願:特願2023-10567)
2.臍帯血中の脂肪酸が出生体重に与える影響に関する共同研究:浜松医科大学との共同研究により、低出生体重の要因に関して出生コホート研究を進めた。その結果、在胎不当過小児ではリノール酸(LA)由来のジヒドロキシオクタデセン酸(diHOME)臍帯血中濃度が有意に高く、さらに重回帰分析で産科的要因を調整すると、ひろく出生児童の体重と臍帯血中LA、9,10-diHOME、12,13-diHOMEの濃度との間に有意な負の相関があると判明した。
3.社会的隔離が脳神経回路の発達に与える影響に関する共同研究:国立精神・神経医療研究センターとの共同研究により、社会的隔離がマウス脳の発達に与える効果について研究を進めた。発達期に社会隔離を経験したマウスで情動処理の中核である眼窩前頭皮質から扁桃体へのシナプス投射を測定したところ、速い興奮性神経伝達を担うAMPA電流由来の電流成分が、内側眼窩前頭皮質からは低下、外側眼窩前頭皮質からは増加していることが判明した。
4.ミトコンドリア活性測定に関する共同研究:ブラジル・カンピーナス州立大学との国際共同研究により、細胞外フラックスアナライザーを用いて、凍結保存したヒトリンパ球中のミトコンドリア活性を測るプロトコールを作成した。
5.マウス脳皮質の神経回路形成に関する共同研究:大阪大学との共同研究により、樹状突起スパイン形成のメカニズムに関して研究を進めた。脳内でスパイン成熟に関わるアクチン結合タンパク質DrebrinAとPhldb2との相互作用がスパインの形成にどう影響するのかを検討した結果、成熟したマウスの脳ではPhldb2がDrebrinAの局在を制御することで、スパイン形態やシナプス可塑性に重要な役割を与えていることが示された。
6.自尊心を高める教育プログラムの妥当性の検証: 学童の自尊心を高める目的で開発された「Treasure-file program(TFP)」の科学的妥当性を検証するため「子どもや成人のこころの健康に関する調査・研究」を立ち上げて研究を進めた。福井県内外の小学生を対象にしたTFPの教育実験を行った結果、TFPが学童の自己肯定感を高めるうえで有用である成果が得られた。
2021年度
1.自閉症の病態モデル研究:自閉スペクトラム症(以下、自閉症と略)のマウスモデル研究を進め、⑴マウスの Zbtb16 遺伝子欠失が、自閉症様の行動特性につながること、⑵N-エチルマレイミド感受性因子 (NSF) を欠損したNsf+/-マウスの自閉症様行動と組織を確認し、NSF 遺伝子が自閉症の病態に関わる可能性、⑶胎児の発達におけるGABA の役割について、タウリン-GABAA 受容体のシグナル阻害が出生仔に自閉症様の行動変化をもたらすこと、⑷神経発達異常に関わる異常なヒストンH3 リジン 9(H3K9) ジメチル化の新規遺伝子変異を探索し、SUV39H2 の新規のレアバリアント (A211S) を新規自閉症関連遺伝子として特定するなどの業績を上げた。
2.幼少期のストレスが発達に与える影響に関する共同研究:大阪大学との共同研究により、ネグレクトや虐待などの幼少期のストレス (ELS) がマウス脳の発達に与える効果について研究を進め、離乳した思春期前のマウスの腸内微生物叢の変化や、転写調節、ストレス、およびシナプスのシグナル伝達に関与する 15 の遺伝子を特定した。
3.ミトコンドリアと認知機能に関する共同研究:オーストリア・Graz 大学、イタリア・Padova 大学との国際共同研究により、オートファジーを促進する天然のポリアミンである食物スペルミジンにマウスの認知能力を高める効果があること、ミトコンドリアおよびオートファジー機能の維持が、スペルミジン摂食による認知の強化に不可欠であることを示した。
4.マウス脳皮質の神経回路形成に関する共同研究:大阪大学との共同研究により、EphA7 とEfnA5 が皮質と橋で領域特異的かつ相互に排他的な方法で発現し、それらの反発活性がマウスの皮質脊髄軸索路から軸索側枝を伸ばすために不可欠であることを発見した。この結果、相互に反発するシグナル伝達が各脳領域内および接続された脳領域間の領域組織化を制御するという新しいモデルを提唱している。
5.自己肯定感を高める教育プログラムの妥当性の検証:学童の自己肯定感を高める目的で開発された「Treasure-file program(TFP)」の科学的妥当性を検証するために小学生を対象にした教育実験を進めた結果、TFP が学童の自己肯定感を高める上で有用である成果が得られている。
2020年度
1.自閉症児童の血中診断マーカーおよび病態研究:自閉スペクトラム症(以下、自閉症と略)児童に合併するVLDL特異的低脂血症、血中Lipoprotein Lipaseの活性亢進を見出した。この特性には酸化ストレスの関与が疑われることから、自閉症児童の血清中フリーラジカル消去活性測定を行い、6歳未満のASD児童の早期判別技術を特許権利化した(特許6830578号)。これら一連の発見は、新聞・テレビにて大きく報道された。
2.自閉症児童の脂肪酸結合タンパク質に関する共同研究:理化学研究所との共同研究により、脂肪細胞型脂肪酸結合タンパク質FABP4が低年齢の自閉症児では定型発達児と比較して血中のFABP4濃度が低いことを明らかにし、FABP4が自閉症バイオマーカーになり得る可能性、FABP4の機能低下が自閉症の病態形成に関与する可能性を示した。
3.ミトコンドリア遺伝子変異で生じる網膜疾患に関する共同研究:イタリア・Padova大学との国際共同研究により、常染色体優性視神経萎縮症(ADOA)の病態メカニズムにオートファジー遺伝子Atg7が関与していることを発見した。
2019年度
1.自閉症の病態研究:自閉症児童と健常児童の血液検体リソースを収集して、自閉症に固有のエネルギー代謝異常、メタローム、エクソソーム関連分子、セロトニン代謝関連分子の動向に注目した診断マーカー探索とそのメカニズム解明を進めた。また、Gazefinderを用いて児童の発達に伴う注視の変化を調べた。
2.自閉症栄養療法の開発:5-アミノレブリン酸のリン酸塩サプリメントが自閉症成人の症状軽減に有効かどうかを試す特定臨床研究(jRCTs051190017)を実施した。
3.自閉症のシナプス膜移行異常モデルマウス開発:自閉症者の脳内で生じるセロトニン・トランスポーターの脳内分布異常を再現するモデルとして、N-ethylmaleimide-sensitive factor(NSF)のノックアウトマウスの作出と解析を行い、自閉症様の行動異常を見出した。
4.ヒト脳内におけるミトコンドリア関連因子PGC-1α isoformsの発現解析:ミトコンドリアの生合成を制御するPGC-1α isoformを同定し、オリゴデンドロサイト分化に重要な役割を担っている可能性を見出した。