ツクツクボウシの鳴き声はなぜ複雑なのか?


私「ツクツクボウシの研究をしています。」



初対面、飲み会、様々なシーンで多用する、私の自己紹介の定型文だ。

これを聞いて興味を持ってくれた人は、以下のように応答する。



相手「ツクツクボウシって、途中まで『ツクツクボーシ!』って鳴くのに、最後の方で『ツクリヨーシ!』みたいに鳴き声が変わるじゃないですか。あれって、なんでですか?」



私「そこなんですよ。」



これこそが、私の研究テーマである。



セミは、オスのみが鳴き声を発する生き物である。実はメスは全く鳴かないのだ。

これはカエルやコオロギなどと同様である。こうした生物では、オスは鳴くことによってメスに居場所を知らせ、メスを呼び寄せ、交配のためのペア形成を促すと考えられている。またその際、オスの鳴き声は様々な指標として用いられており、例えば鳴き声のパターンによって同種・別種を聞き分けていたり、または鳴き声の高さ・低さによって、発音オスの体の大きさ、すなわち闘争における強さを判断したりしていると考えられている。


さて、このような点から考えてみると、ツクツクボウシの鳴き声があまりにも複雑であることに気が付く。

ツクツクボウシ Meimuna opalifera は、日本・中国・韓国などに生息する、比較的小型のセミである。日本人にとっては非常に馴染み深いセミのひとつであるが、実は世界的に見ても鳴き声がとても複雑なのである。

鳴き始める時には必ず『ジュ〜〜ジュクジュク...』という序奏から始まる。まるで周りの様子でも伺っているのか、ウォーミングアップでもしているかのようだ。しばらくこれを続けた後、用意が出来たと見えると『ツクツクボーシ!ツクツクボーシ!』と、元気に自分の名前を叫び始める。(嘘である。きっとこの鳴き声を聞いた人がツクツクボウシという名前を付けたのが後だ。ピカチュウが『ピカチュウ』と鳴くのとはワケが違う。)

この『ツクツクボーシ!』のメロディーは、ツクツクボウシの鳴き声を代表するフレーズである。誰しも「ツクツクボウシの鳴き声といえば?」と問われれば「『ツクツクボーシ!』」と答えるであろう。

注目すべきはこの次のパートである。少しずつ加速しながら『ツクツクボーシ!ツクツクボーシ!』と繰り返したかと思うと、突如メロディーを変えて『ツクリヨーシ!ツクリヨーシ!』と鳴き始める。こちらはそんなに長くない。せいぜい3,4回ほど『ツクリヨーシ!』を繰り返したかと思うと、『ジィーーーー...』と高い連続音を放って鳴き終わる。この『ツクリヨーシ!』パートこそ、私がツクツクボウシ最大の謎と考えている面白トピックである。


ツクツクボウシでいう最初の『ジュージュクジュク』や最後の『ジィーーー』のように、鳴き始めや鳴き終わりにメロディーが変わるのはよくある話である。ミンミンゼミは『ミーンミンミン』と繰り返したのち『ミィーー...』と鳴き終わるし、クマゼミは『シュワシュワシュワ』と大声で鳴いた後『ジジジジ...』と小さめの鳴き方をする。ところが、これらの『ミンミン』や『シュワシュワ』にあたる部分、いわゆるメインパートで、その特徴的なフレーズが『ツクツクボーシ!』『ツクリヨーシ!』の2種類あるのは極めて珍しい。もちろん、『ツクツクボーシ!』自体が『ツクツク』と『ボーシ!』の2つの単位からなる複雑なフレーズであることも忘れてはならない。ツクツクボウシは、こんなにも日本に普遍的に存在し、「ツクツクボウシが鳴くと夏も終わりって感じだよね〜」という文化的なイメージすら獲得するほど有名であるにも関わらず、世界的に見ても極めて複雑で、特徴的で、珍しくて、面白い鳴き声を発する昆虫なのだ。


ツクツクボウシの鳴き声が前述のように「メスを呼ぶ」や「種の識別や体サイズの提示」などの既に知られている効果を持っているとしても、ここまで複雑であることの説明としては不十分であるように思える。というか、ここまで複雑でなくても良いではないか、と思ってしまう。現に、こんなにも複雑な鳴き声を発するセミはツクツクボウシだけだ。日本には他にも「ツクツクボウシ属」に属するセミがあと4種いる(オオシマゼミ M. oshimensis、イワサキゼミ M. iwasakii、クロイワツクツク M. kuroiwae、オガサワラゼミ M. boninensis)が、このうちどれも「ツクツクボウシ」とは鳴かない。


ツクツクボウシの鳴き声が極めて複雑であることには、現時点ではまだ知られていない、生物間コミュニケーション的に全く新しい理由が存在するのかもしれない。


私の研究の最終目標は「ツクツクボウシはなぜ途中で鳴き声を変えるのか?」という問いに答えることだ。そのために現在、様々な角度からツクツクボウシの鳴き声と、そのコミュニケーションシステムについて研究をおこなっている。