研究内容

(1) がん化学療法への応用を目指した新規ニオソーム製剤の開発

 ニオソームは非イオン性界面活性剤とコレステロールを主要な構成成分とし、リポソーム同様に二重膜により覆われた構造を有する分子集合体の総称です。合成品である非イオン性界面活性剤は、リン脂質とは異なり、純度が高く、安価であることから、ニオソームの調製は、リポソームに比べて遥かに低コストで行うことが可能です。また非イオン性界面活性剤には、様々な構造的特徴、及び物性を有したものが数多く存在するため、内封する薬物の物性に適した非イオン性界面活性剤を合理的に選択し、最適なニオソームを調製することが可能となります。 

(2) 腫瘍組織局所的な薬物放出トリガリングを目指したアプローチ

 当研究室では、ナノ粒子に抗がん剤を搭載することで、腫瘍組織選択的な送達を目指しています。しかし、ナノ粒子からの放出性が高すぎると、多くの抗がん剤を血中に放出してしまい副作用に繋がる危険性がありますし、腫瘍組織に到着したころには中身が空っぽとなり抗腫瘍効果は見込めません。一方で放出性が乏しすぎると、今度は腫瘍組織でも放出が起こらず、抗腫瘍効果は不充分なものになります。本研究では、腫瘍組織に到達したナノ粒子からの薬物放出を、別のナノ粒子との相互作用によりトリガリングすることを目指して研究を進めています。 

(3) 腫瘍組織内微小血管の透過性制御に基づいた新規がん治療戦略

 これまでに確立された、腫瘍への薬物送達技術の多くは、腫瘍組織に存在する未成熟な血管(新生血管)の構造・機能を利用するもので、血管分布性・透過性の高い腫瘍に対しては効率的な薬物送達が可能になるものの、膵臓がんなどの血管分布性・透過性に乏しい、所謂、「難治性がん」に対する適用は困難であるという問題を抱えていました。こういった背景のもと私たちは、ある種の分子標的薬の前投与や、腫瘍組織局所で適度な量の活性酸素種を発生させることで、腫瘍組織内血管透過性の可逆的な亢進といった血管機能に対する軽微な作用を引き出し、それにより逐次的に投与する抗がん剤内封ナノ粒子製剤の腫瘍集積性を改善可能となることを示してきました。現在、その延長線として位置づけられる研究に着手しています。 

(4) 細胞を利用したがん指向型DDSの開発

 一般に、腫瘍組織の血管は透過性が高いため、ナノサイズの粒子は腫瘍組織へ効率的に移行することが知られています。しかし、がんの種類によっては血管透過性が低く、そのような腫瘍組織にはナノ粒子製剤がほとんど集積しないことも明らかにされてきています。そこで当研究室では、腫瘍に能動的に集積する性質を有する細胞に着目し、これらの細胞に抗がん剤やそのキャリア(リポソーム)を搭載することで、細胞ベースのがん治療DDSの開発に取り組んでいます。 

(5) 磁場を利用したアクティブターゲティングDDSの開発

 リポソームなどのナノ粒子製剤は、肝臓や脾臓には受動的に集積しますが、それ以外の組織への移行性は低いため、疾患治療への適用に制限があるのが現状です。当研究室では、リポソームを目的の組織へ能動的に集積させる技術として、酸化鉄磁性ナノ粒子と磁石を用いたアプローチを展開しています。すなわち、磁性ナノ粒子を内封したリポソーム(磁性リポソーム)と体外からの磁場の照射を組み合わせることで、従来のDDSでは困難であった組織への薬物送達を目指し、研究を進めています。 

(6) インドシアニングリーン(ICG)担持脂肪乳剤の開発研究

 固形がんの部位では血管の透過性が亢進し、微小粒子が血管からがん組織中に漏出し易い状態にあるとされています(EPR効果)。微小な脂肪粒子である脂肪乳剤に蛍光物質のICGを担持させ、静脈内投与することで、がん局所にICGを集積させることが可能と考えています。ICG担持脂肪乳剤を静注後、近赤外線を照射し赤外線カメラで観察することで固形がんの外科的切除領域を明確にしたり、転移の状態を知ることができると考えています。このように光線力学的診断に応用可能なICG製剤の開発を目指しています。 

(7) クルクミン(Cur)担持脂肪乳剤の開発研究

 Curは食品のスパイスとして汎用されるターメリック(ウコン)の主成分ですが、抗酸化作用、抗炎症作用を始め、抗がん作用など多彩な生理活性を有しています。

 我々はCurの抗がん作用に着目して脂肪乳剤にCurを担持させ、EPR効果によって効果的に固形がんを治療する製剤の開発を研究しています。 

(8) 細胞外小胞を利用したDDSの開発

 我々の体を構成している細胞は、タンパク質や核酸といった自身のメッセージ物質を脂質から成る微粒子(細胞外小胞)に封入し、標的の細胞へ届けています。一部の細胞外小胞には有益な作用が備わっていることから、実用化に向けた研究が盛んに行われています。また、細胞外小胞の存在は植物や微生物などでも確認されています。こうした色々な生物が分泌する細胞外小胞とDDS技術とを組み合わせ、新たな疾患治療法の開発に向けた研究に取り組んでいます。