5.15ヒンツペーター・ストーリー

「5.18ヒンツペーター・ストーリー」東京特別上映会 〜 チャン・ヨンジュ監督来日トーク

日時: 2020年2月15日(土) 18:30〜 (18:00開場)

会場: なかのZERO小ホール

主催: 「5.18ヒンツペーター・ストーリー」東京特別上映実行委員会

共催: 韓国映画を見る会、NPO法人在日韓国人良心囚の再審無罪と原状回復を勝ち取る会

制作年: 2018年

監督: チャン・ヨンジュ

上映時間: 94分 (日本語字幕)

上映後にチャン・ヨンジュ監督のトークがあります。

予告編(日本語字幕版)

2017年に日本でも公開され話題になった映画、「タクシー運転手」の実際のモデルで、ドイツ第1公営放送TV放送局のカメラマン、ユルゲン・ヒンツペーター(1937~2016)による命がけの光州潜入、そして当時の状況が、ヒンツペーターによる衝撃的な映像とインタビューをまじえて語られる。

フライヤー: JPG

チケット情報

前売券の販売は終了しました。当日は若干数のチケットを販売する予定です。当日販売できるチケットの枚数は、当日の午後4時以後に電話でお問い合わせください。

入場料: 一般 1,500円 (障害者・学生 1,000円)

全席自由席

前売券の申し込み後に、チケット料金を以下の口座にご入金をお願いします。ご入金が確認できた後にチケットを発送いたします

郵便振替: 00180-9-588055

口座名: 東京上映委員会

郵便振替は、郵便局(ゆうちょ銀行)のATMで通常払込みをご利用になると手数料も安く、入金確認が早いためおすすめです。ゆうちょ銀行のキャッシュカードをお持ちの方はファミリーマートのATMからも郵便振替がご利用できます。

他の金融機関からの振込は、以下の口座情報をご指定ください。

ゆうちょ銀行 店名: 〇一九

預金種目: 当座

口座番号: 0588055

チケットについてのお問い合わせはメールあるいは電話でお願いします。

問い合せ: kmoviesc@gmail.com

電話: 050-6873-9916

ストーリー

日本でも公開され話題になった「タクシー運転手」の実在のモデルだったドイツ人カメラマン、ユルゲン・ヒンツペーターが当時、光州で実際に撮影した映像を基に製作された。

ヒンツペーターはタクシー運転手、キム・サボクの助けを借りて3回の光州潜行を行い、恐怖の中で民主化を叫ぶ若者、戒厳軍に殴打される市民、遺体になった人々をカメラに収めることに成功した。

本作品の監督でKBSのプロデューサー、チャン・ヨンジュ監督による生前のヒンツペーターとのインタビュー、そして当時、市民軍に参加した人々や、記事を差し止められた光州の記者の話によって、ヒンツペーターによる映像とともに当時の光州を描き出す。

また、本作品に収められたタクシー運転手キム・サボクの息子や、ヒンツペーター夫人との貴重なインタビューは、生前のヒンツペーターのジャーナリストとしての姿や、韓国の民主化を熱望していた無名の市民キム・サボクの行動を伝えてくれる。

ヒンツペーターは1986年の民主化闘争の映像も撮影していた。80年の光州から86年の民主化まで。韓国の市民による命をかけた民主化の闘いを目撃したヒンツペーターの映像が今、スクリーンに蘇る!


上映会場

なかのゼロ小ホール(もみじ山文化センター西館)

所在地: 〒164-0001 東京都中野区中野2丁目9−7


監督

「5.18ヒンツペーター・ストーリー」INFORMATION

ジャンル: ドキュメンタリー

監督: チャン・ヨンジュ

制作: KBS

配給/広報: ライムオレンジファクトリー

ランニングタイム: 94分

公開日: 2018年

公式ブログ| 公式フェイスブック

チャン・ヨンジュ 監督

1989年にKBSに入社して多数の日曜スペシャルおよび歴史スペシャルを演出、歴史スペシャル「風納土城地下4メートルの秘密」で韓国放送大賞教養部門賞を受賞、ドキュメンタリーPDとしての地位を確立した。チャン・ヨンジュ監督は2017年に封切られた映画「タクシー運転手」に登場するドイツ人記者「ピーター」の実際のモデル「ユルゲン・ヒンツペーター」に国内で初めて会った人物で、2003年にユルゲン・ヒンツペーターとの初めての出会いから残念な訃告に接するまでの心情を吐露する映像を含んでいて、期待を集めている。

チャン・ヨンジュ監督インタビュー

1. <5・18ヒンツペーターストーリー>を作った契機は何ですか?

外国人なのに、大韓民国の民主化の端緒になった光州民主抗争の惨状を全世界に伝え、韓国国民の良心を呼び覚まして大きな手本になったヒンツペーターの崇高かつ透徹した記者精神を映画を通じて今一度多くの観客に伝えたかった。

2. どんなきっかけでユルゲン・ヒンツペーターという人物に関心を持つようになったのですか?

当時、光州民主化運動の期間に光州で取材した記者はたくさんいました。多くの記者の中でもヒンツペーター記者の取材は一番大きな意味がありました。多くの記者は光州民主化運動の後半に始めて光州に入りましたが、その頃ヒンツペーターはすでに撮影を終えて光州を出ており、ニュースを外部に搬出してスクープしました。民主化運動の期間に3回も光州に行きました。ヒンツペーターが当時の状況を書いた短い文が「5・18特派員リポート」という本に載っていました。この本でヒンツペーター記者のことを初めて知り、e-mailで詳しい話を聞きました。

3. 映画に入っていないが、伝えたかった映像はありますか?

時間が限られていて、映画に入れられなかった生前のヒンツペーターとの思い出がたくさんあります。

映画の題名がヒンツペーターストーリーであるように、そのうちここで語ることができなかった話をまた伝える機会があることを内心望んでいます。

4. チャン・ヨンジュ監督が覚えている1980年5月はどうでしたか?

5・18当時、私は大学の新入生でした。5月になって休校令が出て学校に行けず、学校の周辺を転々としていたことを思い出します。当時の光州の状況は、暴徒によって起きた事件だという当時の戒厳軍の偽りの主張に巻きこまれたりもしました。軍服務を終えて復学した後の86年に初めて光州の真実に接し、その時は相当な衝撃を受けました。何も考えずに生きてきた時間についてずいぶん反省をしました。

5. ユルゲン・ヒンツペーターと会って、一番記憶に残っている瞬間はいつですか?

彼が最後のクリスマスカードを送ってきた時です。主にヒンツペーター夫人が私の妻にカードを送ります。しかし2015年に彼が亡くなる一か月前に送ってきたクリスマスカードには、ヒンツペーターが直接自分の気持ちを表現していました。内容は、大学に入った私の息子をドイツに旅行させろ、ドイツにくれば自分が車であちこち連れて行くと書いていました。そして私たちが会ったのはずいぶん昔のことになって、なつかしいという言葉に心がジーンとしました。そしてその来月に亡くなりました。彼の訃告を聞いた時、自分の死をすでに予感して私にそんな話をしたのではないかという気がして、さらに胸が痛みました。

また2003年に彼と会った時、翌日に病院に行かなければならないが、その原因は韓国で取材の途中に受けた傷だという言葉を聞き、なぜ彼がこれほど深い痛みにひとりで耐えなければならないのかについての自己恥辱感と同時に、毅然とした彼の姿に畏敬も感じました。

6. <5・18ヒンツペーターストーリー>を見る観客に伝えたいメッセージは何ですか?

現代史の悲劇だった80年5月当時の光州のようすをヒンツペーターの視線で共感してください。熱く広がり始めた民主抗争の旗じるしと、その屈することない意志を胸の中に込めて帰ってほしいと思います。

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登場人物