幼稚園と地域社会研究会
「募集停止した幼稚園が存続を決めるまで 奈良県・育成幼稚園の経験に学ぶ」
開催報告
編集 大野智彦*
2024年10月3日に、金沢大学角間キャンパスで第1回幼稚園と地域社会研究会「募集停止した幼稚園が存続を決めるまで 奈良県・育成幼稚園の経験に学ぶ」を開催しました。当日は、奈良県大和高田教会牧師で、育成幼稚園理事・チャプレンの大藪義之さんをオンラインでお招きして、お話をうかがいました。北陸学院第一幼稚園の在園児の約4分の1に相当する6名の保護者が参加し、地域社会における幼稚教育の意義などについて活発な意見交換が行われました。
大藪義之さんからのお話[1]
育成幼稚園は、聖パウロ教会に併設する幼稚園として1911年に設立された桜井市最古の幼稚園です。110年の歴史があり、親子三代四代にわたって園児として来て下さっている方もいらっしゃいます。私は大和高田の教会に赴任した2017年から、育成幼稚園ではチャプレンとして礼拝を担当しています。
育成幼稚園が一番いいのは、のびのびと遊んでるっていうところなんだと思います。時間割はなく、行事はもちろんありますが短い時間でやっています。子ども達は、自分の好きな廃材で工作をしたりします。関東方面から引っ越してきた方で、元の園では自由に工作したりできなかったが、ここではたくさんいろんなものが作れたとすごく喜んで卒園していって下さった方がいます。
今の時代は、小学校に行くための準備をする幼稚園がいいというふうに思われているかもしれませんけれども、これだけ不登校の子どもたちが多くなり、それがだんだんと幼稚園の方に下がってきています。障害を持っている子どもたちも増えておりますし、もう一度見直しの時は来るんだろうと思います。その時を信じて、育成幼稚園の保育は正しかったと言ってもらえることがあるのかなと思っています。
育成幼稚園は理事会でいきなり閉園という形ではなく、耐震工事をするかどうか、それによって幼稚園を継続できるかどうかが問題となりました。2018年頃は園児数が10名ほどで、年間400万円の赤字が出ており、貯金も2500万円程度でした。
私は委任をして欠席していたのですが2018年11月の理事会で耐震工事をしないとなり、閉園やむなしという感じになりました。ところが、1人の評議員の方からちゃんと説明をしてくれたのか、どういうことなんだというお話がありました。
そこで12月に八木の教会に集まり、もう一度審議をしました。耐震工事を行わない場合は、在園児が卒園する3年をかけて閉園することを決断する必要があります。当日配られた資料から、今の会計の状況や園児数からすると本当に無理なんだろうなと考え、閉園やむなしということで私も賛成に回りました。帰り道に他の理事さん達と、「まぁお金がなかったらしょうがないかな」という話をして帰ったんです。
でもやっぱり先生達のほうから「このまま本当にやめるの?」という話がありました。評議員さんたち、OBさんたちも「えー、育成がなくなる?」という風な話になりました。妻が育成幼稚園の副園長をしていて、ずっと幼稚園の先生や教会の日曜学校をしてきた人なので、やっぱり納得できないという話を家でもすごくしていました。お金がないからといってできないっていうのはおかしい、何とかならんのかっていうことをずっと夫婦で話し合う中で、なんとかこれを覆すことができないかと思いました。
2019年3月の理事会で、なんとか1年閉園を延期して下さいという話をしました。今の園児の兄弟がいるので、その子達もちゃんと卒園させるまで、なんとか1年延長していただけませんかという話をしました。理事さんたちからは延長への反対意見が多かったんですが、ある意味ごり押しで、特に幼稚園を閉じたい2、3人の理事さんたちはもうしゃあないなぁという感じでなんとか1年延ばしました。
その後、5月に保護者の方に初めてご説明をしました。そうしますと、保護者の方々からいや、やっぱりそんなのはおかしい、なんとか残してくれっていう話になりました。署名活動しようということになり、5000名の方々から署名を集めて理事会に出しました。その時点ではまだ閉園撤回というところまで行っていませんが、園長を始め、職員のエネルギーというのが保護者の人たちを動かして行くし、それは子どもたちにもちゃんと伝わっていくだろうと。だからいい保育をしようという、そんなふうな思いがありました。
閉園決議によって、入園を希望された方、予定された方が「行きたかったのに残念」「閉園されるならもうしょうがないね、他の園に行きます」っていうことがありました。育成幼稚園を継続していれば、細々とでも赤字を出しながらでも、なんとか子どもたちを受け入れることができただろうに、子どもたちを逃して行くっていうか、ここで育つことが出来ないっていうのは、すごく残念な気持ちがしました。
そうした中で、今一度、理事会、評議員の皆さんに閉園をまず撤回して、耐震工事をやりましょうというお願いをしました。「そんなお金どこにあるの?」という状況でしたが、やっぱり大切なのは子ども達をちゃんと見ることだろう、どこに中心があるのかを考えると、やっぱり預かった子ども達をちゃんと見ていく、育てていくことに私たちのミッションがあるんじゃないかというところを大切にするように考えました。そして、2021年12月の理事会、評議会で園の継続を決め、クリスマス礼拝の折に園長から継続する旨をお話しし、保護者会から各理事に向け、継続の御礼の手紙が出されています。
ありがたいことに、現在は100万円ちょっとの黒字となっています。今は一生懸命いろんなとこらへんで(募金活動を)やってるっていう感じです。その中で私自身の気持ちも、今はとにかくもう前へ前へという感じです。しんどいですけど。
閉園決議がなされた後に、こども園にしたらどうかという話もありましたが、ほぼメリットがないことがわかりました。給食施設を造ったり、施設の改修にお金ばっかりかかる。先生達の勤務も、時間ごとにパッチワークのような感じにならざるを得ない。
幼保連携型こども園の教育要領を見返してみたら、幼稚園の最終学年に小学校に上がる前にあるべき姿、あって欲しい姿というのがあって、そこに合わせていくという議論があります。ちゃんと座って45分聞ける子どもにするというが、いや、それはないだろうと思います。むしろ、小学校1年生の方を幼稚園の年長さんの次ぐらいにして、いっぱい遊ぶ中でだんだんと小学校の方、(授業中に)座っていくとか、文字を習うとか、そういった方にスライドしていくべきじゃないかなと思っていました。
園庭もない、時間でどのクラスが出ていいかとかっていうことを決めて遊ぶ園が増えてきているんです。遊びを続けたかったのに、時間が来ました、次は教室に行って何何をしますとか、それではやっぱり子どもたちの遊びの連続性とか継続性、その中で見つけていくものが無いんじゃないかなって思います。
うちは英語やっています、体育やっています、ピアノやっています、それを後ろに持ってきていかにも長時間保育してますよ、預かってますよ、そんな風な形になっていっているというのは、ある程度仕方がないんだと思うんです。でもやっぱり子どもが育っていく過程で、遊びっていうのがすごく大事だなっていうのを実感しています。これは勝手な思いなんですけど、小学校に大きな砂場を作って小学校一年生はずっと砂場で遊んどれと、それぐらいが良いのかなと思ったりします。そこからきっと見つかるものはいっぱいあるだろうし、それが例えば算数とか、それから国語につながっていくだろうし。むしろ小学校一年生を年長さんの続きみたいな感じに持ってくる方が、今の小一プロブレムっていうものがなくなっていくんじゃないかなと思ったりはしますね。
私たちの幼稚園は25名中、5名が療育手帳を持ち、グレーゾーンの子ども達が3名います。それを4名の先生で見ています。私もほぼ2日に一度ほど行って応援をしていますけど、本当に大変です。1人はほぼ言葉がまったく出ない子どもがいます。3歳でやってきたときは目も合わないし、本当にどうなるんだろうっていうような感じでしたけれども、その子ども達が段々と変わっていく様を見るときに、やっぱりここの幼稚園は最後の砦だなと思うようになります。時間割で保育をしている大きなこども園から「もううちでは見られません」と言われた子がやってきたこともあります。最初は行くのがいやだっていうような感じでしたけど、本当に変わってきて毎日ニコニコとやってきます。お母さんもおばあちゃんも、やっぱりここに来て良かったと言って下さいます。
育成幼稚園としては、発達障害を持たない子ども達も、持っている子ども達も、一緒にいるインクルーシブな教育がとても大事だと思っています。子ども達が、見学で遊びに来た新しい子どもを違和感なくすんなり受け入れて、三輪車の後ろに乗せて走ったりとか、そういうのが育成幼稚園のいいところだと思います。幼稚園が何のためにあるのかっていうことを考えたときに、やっぱり育成幼稚園の存在意義をなくしてはならないという思いが、どんどん今強くなっています。
現在、耐震工事の費用を4800万円を目標として募金をしていますが、いまのところ本当に集まっていません。どこまで募金が集まるのかちょっとわからないんですけども、きっと達成できるだろうと思っています。ある評議員の方から、「先生らのその脳天気さというか、楽天的な考えはどこから来るんですか?」と聞かれたことがあります。聖書の中に、「主の山に備えあり」という言葉があります。神様がきっと備えて下さるという言葉があって、私たちの掛けるところはその思いです。私たちが願ったことは必ず実現すると信じていますという、ある意味、もうむちゃくちゃな感じですけれども、きっとそうなるんだろうなという風に思っています。
今の時代は、上から言われたら言うことを聞かなければならない、そういったものがすごくあるような気がするんですね。その中で、煙たがられるかもしれませんけど、なんとかひとりでもやるんだという思い、それに賛同して下さる方が必ずいるんだということを大事にしていきたいなと思います。北陸学院の中にも、やっぱり継続すべきだと思ってらっしゃる方は少なからずあるんじゃないかな、特に評議員さん。
やっぱり、やったことは残るんだということです。その時に抗ってくれた人がいる。もしかして、それが第一幼稚園の継続に繋がったとしたら、あの時に抗ってくれた人がいたからというふうなことになっていけばいいなと思います。
(語り:大藪義之)
<編集後記>
幼稚園の存廃をめぐる地域社会での問題は、公立幼稚園に関するものを多く目にしますが、私立幼稚園でそのような事例がないか探していたところ、「見聞録:聖ペテロ学園育成幼稚園(桜井市) 歴史100年、運動実り存続へ 子の自立、温かく後押し」という毎日新聞の記事(2022年3月20日)を見つけました。
同じ私立幼稚園でも、大学まで併設している学校法人とはまったく事情が異なるので話を聞く意味がないというご意見も頂きましたが、大藪さんからお話し頂いた内容は、そのような違いを超えた地域社会における幼稚園のあり方に通底する本質的なお話でした。編集作業を進める中で、力のこもった一つ一つの言葉に改めて触れて、大藪さんからお話をうかがうことが出来て本当に良かったと感謝しております。(大野智彦)
* 金沢大学地域創造学類(t.ohno@staff.kanazawa-u.ac.jp)
[1] 以下の内容は、当日大藪氏からお話し頂いた内容を文字起こしして整文したものであるが、順序を入れ替えたり、一部省略したりするなどの編集作業を加えたものであることをお断りしておく。