第四話
第一章 出会い編
エキシビジョンマッチが閉会し、二時間が経つ。ビュンは、一人でスタジアムの通路に座り込んでいた。
会場にはもう観客はおらず、少し前に日も落ちた。梅雨入りを直前に控えたこの時期、石で出来たスタジアムは、湿気を含む空気に冷やされひんやりと冷たい。昼間のあの熱気が嘘のように感じられ、ビュンはぶるっと身体を震わせた。石の壁に反響して、ときおりコツコツとした足音が、広がるように響いている。
竜に会いたいと言ったビュンに、増田は、竜が会場を出てから車に向かうまでの数分がチャンスだと教えてくれた。いつもそうであるように、恐らく今日も一人で歩いてくるだろうと。
イト達も一緒に居たがったが、遅い時間になるからと増田が説得して家に送り届け、後でビュンのことも迎えに来てくれるという。――竜にはなぜか一人で会いたいと思ったビュンに、増田の申し出はとてもありがたかった。
スタジアム側面の通路――事務室や用務室などが並んでいるらしい――の扉の一つがギーっという音をたてて開き、中から竜が出てきた。昼間と同じように無表情である彼は、増田の言った通り一人のようで、会場の塀の前に迎えの車を呼んであるのだろう。
「竜ー!」
ビュンは、ゆっくりと歩く竜に向かって声を上げ、右腕を振って走った。竜が振り返りビュンを見るが、何事もなかったかのようにまた出口に向かって歩き出す。ビュンは立ち止まって少し考えたが、竜を置いて走り抜け、通用口の前で止まった。振り返り、通せんぼすると竜の眉がひそめられる。
「さっきのバトル見てたよ。お前、凄いんだな!」
リングの上の彼をみた時には、その動かない表情に大人びていると思ったが、不快感を滲ませる彼は意外と幼い顔つきをしている。やはり同い年ぐらいである彼は、それなのにあんな大人顔負けの凄いバトルをするのだ。
ビュンはなんだかとても嬉しくなったが、咎めるような竜の目に、自己紹介をするのを忘れてしまっていたことを思い出した。
「あ、俺の名前は夏風ビュン、よろしくな!」
「……」
「俺もビューダーなんだけど、今まで俺にはビュンブレードバトルの楽しさがいまいち分からなくて……皆ほど熱中出来なかったんだ。でも、お前のバトル見てて――何か凄く燃えた! 俺もこうなりたいって思った!」
竜は何の反応も返してくれないが、初対面でハグをしあうような期待はしていない。皆はカイとは違うのだ。
ビュンは、とにかく自分の気持ちだけは伝えようと思った。あのバトルをみてどれだけ心を動かされ、どれだけ同じ景色を見たいと思ったのか。朱雀と共に戦う竜は、そのバトルの最中、一体どんなものをみているのだろう。
蔵で見た青い龍と、夕日に浮かぶ不死鳥を瞼の裏にみて、ビュンは掴むように右手を握りしめた。そして慌てて拳を開くと、手のひらをTシャツでゴシゴシと拭い、突き出す。
「俺もお前目指して頑張るよ、な! 握手!」
一瞬、竜はビュンの右手に目をやったが、無言でビュンの肩を押してどかせると、外の門に向かって歩いて行く。どこからか黒い車がすーっと走ってきて、車を降りた運転手さんが後部座席のドアを開いた。竜は車の一歩手前で振り返り、
「俺は二週間後のビューダー大会に出る」
そしてそのまま車に乗り込むと、オレンジ色のテールランプと共にあっという間に見えなくなった。
「ちぇ、握手ぐらいしてくれたって良いのにな」
タイミングよく迎えに来てくれた増田に手を振り駆け寄ると、増田に並んでビュンはぎゅっと目をつぶる。俺も行くのだ、あの綺麗な朱雀に会いに。燃えるように真っ赤な鳥と、あの瑠璃色の龍。
その夜ビュンは夢をみた――おつかいの帰り道、夕暮れの土手の下で一人、うずくまって泣いている少年に、銀色に光る宝物をあげて、友達だよと言ったのだ。
第一部 第一章・出会い編・完
←前へ | 次へ→