アドラー心理学に学ぶ成功の方法
~人生変わる『気づきの思考法』~
~人生変わる『気づきの思考法』~
仕事、恋愛、結婚、人間関係その他さまざまな問題。
人生がうまく行かない、変わりたい。
マジで今の人生を変えたい、人生を成功に導きたい、そう思う人は、
アドラー心理学をベースにした『気づきの思考法』を学んでください。
自らが演じている自己欺瞞に気づき、必ず変わることができます。
人は誰もが、成功し、幸せに、豊かに暮らしたいと思っています。
しかし、多くの人が、その願望は持っていても、自分が思い描いているとおりに実現しません。
なぜか?
それは、自分自身に嘘をついていることに気づいていないからです。
では、どんな嘘をついているのか?
そもそも成功したいと思っていません。
幸せになりたいとも思っていません。
それは、そのような願望を持っていないということです。
つまり、願望を持っていないから実現しないのです。
なぜか?
自分には価値がないと信じているからです。
だから、自分の価値を維持すること、上げることに精一杯なのです。
つまり、多くの人は、幸せになったり、成功したりするに値する能力など自分にはそもそもない、と信じて生きているのです。
だから、自分の価値を上げてくれること、
即ち、成功や幸せという状態
(お金持ち、有名人、権力者や社会的地位(教授や有名企業に勤めている、医者、弁護士etc)、
または、
羨ましがられるような人物になる、優秀な子どもを持つ親になる、
あるいは、
優秀な配偶者と結婚する、優秀な血筋と血縁関係を結ぶ、起業して成功する等々)
に関心があるだけなのです。
そして、不安や恐怖からは目を背け、怒りと悲しみで、自分の価値を維持するのに精一杯なのです。
あるいは、過剰な楽観、楽しければ良い主義などの殻の中に閉じこもり、世界を自分の都合の良いものに歪んで認識することに必死になっているのです。
だから、そのような自分に都合のよい情報には敏感に反応し、堂々巡りを始めるのです。
要するに、人が成功し、幸せに、豊かに暮らしたいと思っているのは、実は自己欺瞞、自分に対してついている嘘なのです。
だから、今の姿は、自分が思い描いている本来の願望の結果なのです。
つまり実現しているのです。
どうして、そんな嘘をつくことに、多くの人はなってしまうのか?
そして、どうすれば、そんな自分を変えることができるのか?
■自分を変えたい人のための気づきの思考法のテキスト
”気づきの思考法養成講座ー総論ー”
を是非、購入して読んで欲しいのです。
そして、どうすればいいのか、その答えも詳しく、このテキストに書いています。
「気づきの思考法」とは、
アドラー心理学をベースに、
①パールズのゲシュタルト療法
②エリスの論理療法
③フランクルのロゴセラピー
④認知行動療法
以上4つの考え方を取り入れ、脳科学の知見を融合させて開発した実践で活かせる思考法です。
この思考法を身につければ、人生がアイデアに満ち溢れ、バリエーションに富み、人間にとって大切な仕事・対人関係・結婚における人生の課題を自分で切り開けるようになります。
私たち人間は、現実をありのままに体験することができません。
常に、私たちは、自分たちの意味づけを通してしか現実を体験できないのです。
つまり、私たちは、常に、自分たちの思い込みや認識を通して現実の世界に自分なりの解釈を与えて体験しているわけです。
このことは、脳の活動を調べた実験からも明らかにされています。
その実験とは、被験者に、ブドウ糖のような甘い化合物やキニーネ(植物成分の一種)のような苦い薬物をさまざまな濃度にして与え、どれほど甘く感じたか、もしくはどれほど苦く感じたかを質問しながら、脳の「第一次味覚野」という部位の活動をモニターするというものです。
そして、被験者には化合物を与える前に、それがどのような味かを「とても苦い」や「少し苦い」などとあらかじめ教えておくのですが、その際に、時折間違った情報を与えるのです。つまり、とても苦いキニーネを与えているのに「少し苦い」というようにです。
その結果、とても苦いキニーネなのに「少し苦い」という誤った情報を与えられると、第一次味覚野は、本来の苦さに比べて弱い反応しかせず、被験者自身もその味の苦さを低く評価したのです。
これに対して、「とても苦い」と知らされてから、実際にとても苦いキニーネを舐めさせると、第一次味覚野の活動はより強くなり、被験者自身も同じ味を一層苦く感じました。
「第一次味覚野」というのは、舌で感じた味覚情報を最初に処理する脳の部位のことで、その後、この味覚情報は更に高次の脳の領域へと伝えられて処理されていきます。
それゆえ、この「第一次味覚野」における味覚情報は、外界の情報を最も正確に伝えていると言えるのです。
しかし、実験の結果から分かったことは、人間は、外界の情報を、脳の中で処理する過程で自分の思い込みに合うように徐々に変化させていくのではなく、情報が入ってくる最初の段階から、既に自分の思い込みに合うように都合よく変化させて体験しているということです。
このように、人は、現実をありのままに体験することはできず、常に、自分の思い込みや認識によって解釈された現実しか体験することができないのです。
つまり、現実をどのように体験するかは、すべてあなた次第なのです。すべては、あなたがこの世界をどのように捉えているかによるのです。
人生を幸せに生きるか、それとも、不幸に生きるかは、まさにあなた次第なのです。
私たちが唱える気づきの思考法における気づきとは、一体どのようなものなのかについてご説明したいと思います。
気づきの思考法では、もちろん、当然のことながら、気づくということがとても重要なポイントになっています。
それでは、どのような点に気づくことができるのか、と言いますと、大きく分けて次の3つの点を挙げることができます。
①自分に気づく
②相手に気づく
③結果に気づく
まず『自分に気づく』とは、自分の今の状態に気づくことができるということです。
自分は、なぜ怒っているのか、なぜイライラしているのか、なぜ落ち込んでいるのか、なぜこのような行動を取っているのか、あるいは、なぜ行動しようとしないのか、など、自分の今の行動の意味に気づくことができる、ということです。
次に『相手に気づく』とは、相手の今の状態に気づくことができるということです。
相手の人は、なぜ怒っているのか、なぜイライラしているのか、なぜ落ち込んでいるのか、なぜあのような行動を取っているのか、あるいは、なぜ行動しようとしないのか、など、相手の行動の意味に気づくことができるということです。
最後の『結果に気づく』とは、自分の今の行動を続けていけば、どのような結果になるかに気づくことができるということです。
自分の今の状態に気づくことができれば、自分が一体何をしようとしているのか、そのことに気づくことができます。
また、自分と相手の今の状態に気づくことができれば、お互いが一体何をしようとしているのか、そのことに気づくことができます。
それらのことに気づくことができれば、今の状態を続けていけばどのような結果になるか、そのことに自ずと気づくことができるようになります。
その結果がうまく行かないものなら、どうすればうまく行くようになるかに気づくことができます。
また、その結果がうまく行くようなものなら、どうすれば更によくなるかに気づくことができます。
私たちが目指している気づきとは、大きく分けて以上の3点を挙げることができます。
私たち人間は、一人の例外もなく、すべての人が自分の描いた『想定通りの生き方』をしています。
自分の描いた『想定通りの生き方』とは、幼い頃に自らが選んだ『人生の目標』通りの生き方をしている、ということです。
私たちは、幼い頃に、自分の『人生の目標』を設定します。
この場合の『人生の目標』とは、例えば、スポーツ選手になりたいとか、芸能人になりたいなど、ある特定の職業に就きたい、というような具体的なものではなく、
『どのような人生を歩むべきか』
というようなもっと人生を大局的に捉えたもののことです。
それゆえ、人生がうまく行っている人は、人生がうまく行くような人生の目標を選んでいるのであり、逆に、人生がうまく行っていない人は、人生がうまく行かなくなるような人生の目標を選んでいるのです。
自ら人生がうまく行かなくなるような人生の目標を選ぶと聞くと、多くの方が、おそらく、
「なぜ、わざわざそんなものを目標に選ぶのか?」、
と疑問に思われることでしょう。
しかし、私たちが人生の目標を設定するのは、とても幼い頃です。
幼い頃というのは、まだまだ経験も少なく、間違った認識を非常に持ちやすいのです。
そのため、幼い頃の間違った認識によって、うまく行かなくなるような人生の目標を選ぶことが、自分にとっては最善の人生だと誤って思い込んでしまうのです。
それゆえ、人生がうまく行っていない人は、うまく行かないような考え方をし、うまく行かないような行動を取り、うまく行かない結果を引き寄せているのです。
そして、自分のうまく行っていない人生の言い訳をするために、人生のほとんどの時間を浪費してしまっているのです。
この『うまく行かない』というのは、もちろん、仕事上のことだけではありません。
たとえ仕事はうまく行っているように見えても、恋愛や結婚生活につまづいている場合もあれば、人間関係に苦しんでいる、という場合もあります。
以前の私の場合は、物事に失敗することを恐れるあまり、
『失敗するのを避けるために何も行動を起こさないようにしよう』、
という目標を選んでいました。
そして、何も行動を起こさないがために、自ら何かを始めるということができず、結局、受身ばかりの人生で、物事が自分の思うようにうまく行くことなど到底あり得なかったのです。
そうして、常に、行動をしない言い訳ばかりを考えるのに貴重な時間を浪費しては、人生を無為に送っていたわけです。
その後、気づきの思考法を身につけることによって、それまでの自分の行動の無意味さにようやく気づくことができたのです。
私たちの唱える気づきの思考法は、このような幼い頃に抱いた間違った認識に基づく人生の目標に気づきを与え、それに変わる新しく正しい認識を身につけ、幸せな人生を歩むための新しい人生の目標を、獲得することができるようになる思考法なのです。
ご訪問いただき、ありがとうございます。
さて、前回の記事の続きです。
前回の記事では、優越の目標という不確かなものについて書きました。
◆具体的な目標と潜在力
例えば、ある人は、医者になりたいと思うかもしれません。
しかし、医者になりたいということは、非常に多くのことを意味し得ると考えられます。
その人は、内科の専門家になりたいと思うかもしれませんし、病理学の専門家になりたいと思うかもしれません。
何れにしても、その人は、その人のいろいろな活動を通じて、自分自身や他者に対するその人独特の度合いの関心を示すことでしょう。
私たちは、その人の行動から、その人が、どの程度まで自分の仲間の助けになろうと自分を訓練するか、また、どの程度まで自分が他者の助けになることを限定するかを見ることができるでしょう。
その人は、その人のこの目標を、特定の劣等感のための補償としたのであり、それゆえ、私たちは、その人の職業や他のところでのその人の表現から、その人が補償しようとしている特定の感情を推測できなければなりません。
例えば、私たちは、非常にしばしば、医者たちが子ども時代に死の事実を早くから知ったということを見出すことができます。
死は、彼(女)らに最大の印象を与えた人間の不安の側面だったのです。
多分、彼(女)らか、彼(女)らの家族のうちに、長く病気に苦しんだり、あるいは、死に直面したりした人があったのでしょう。
そして、彼(女)らが後に受けた訓練は、彼(女)らのためにも他者のためにも、死に対してもっと確かであるような道を探すことに向けて重ねられていったのです。
他の人は、教師になることを自分の具体的な目標にするかもしれません。
しかし、私たちがよく知っているように、教師というものも実にさまざまです。
もし、教師が、低い共同体感覚しか持っていないならば、教師になりたいというその人の優越の目標は、自分より劣った者たちの間にあって支配的でありたいということなのかもしれません。
この場合の共同体感覚とは、アドラー心理学の基本的概念の一つで、簡単に言えば、他者に対して共感し、自分はここに居てもいいのだという社会の一員であり、他者とつながり、貢献できる存在だ、という感覚のことを言います。
その人は、自分よりも弱く、経験も浅い者たちと一緒にいるときにだけ安全だと感じるのかもしれません。
これに対して、高い共同体感覚を持っている教師は、自分の生徒たちを自分と同等の者として取り扱うことでしょう。
その人は、人類の福利に真に貢献することを願います。
私たちは、ここでは、教師たちの能力や関心がどれほど違ったものであり得るか、また、これらすべての表現が彼(女)らの目標にとってどれほど重要なものでありうるか、ということについて述べるだけで十分でしょう。
一つの目標が具体的なものにされると、その個人の潜在力は、切り詰められ、この目標に達するように限定されなければならないのです。
しかし、目標全体、その原型は、常にこれらの限界を押し揺さぶり、どんな状況の下であれ、人生に与えられた意味および優越を求め、努力するという究極の理想を実現するための道を見出すことでしょう。
この続きは、次回に書きます。
*他の記事をお読みになりたい方はこちらのブログをご参照ください。