2019年度
私は、心理系の大学院で研究を行った後、学習院コンピュータシステム支援組織での教育・研究活動を経て、2019年4月より帝京大学高等教育開発センターでの教育・研究活動を行っています。
前任校では、学習院大学計算機センターと連携して、学校全体の教職員の情報通信技術(Information and Communication Technology, 以下「ICT」とする)のスキル向上を目標とし、教育・研究および業務を実施する際の情報機器活用方法や操作方法の相談、トラブル対応などを行ってきました。学校全体を俯瞰してシステム設計などの業務を遂行する計算機センターとは異なり、私たちは教職員一人ひとりを対象としたICT機器を用いる際の一種の教育改善(Faculty Development, 以下「FD」とする)活動を行ってきました。具体的には、学内の情報機器環境を把握するために、手引書の作成や、マルチメディア教室の機器使用マニュアルの制作にも携わってきました。
また、2017年度の研究プロジェクトでは、研究代表者として統計解析ソフトのマニュアル開発にも携わり、授業教職員・学生向けの講習会も開講してきました(図1参照)。このように、学内での教育改善活動はもちろん、学外における学習活動にも貢献する取り組みを行ってきました。
図1 講習会の様子
Retrieved from https://www.univ.gakushuin.ac.jp/news/2017/0816.html (2019.11.1)現在の本務校である帝京大学高等教育開発センターでは、高等教育における教授法、教育課程、教育評価等の教授システムに関して調査・改善するFD活動を推進することを目的とした取り組みを行っています。具体的には、FDフォーラム、教員の職能開発を目指した研修会等の実施、学部・学科・研究科等のFD委員会と連携した活動支援を通じて、帝京大学における教育の質保証に向けた支援活動を展開しています。また教育方法研究推進室のメンバーとして、授業をより効果的・効率的・魅力的なものにするための授業設計支援を行っています。新しい教育方法を実践する教室の利活用支援や、授業収録の推進のほか、教員・学生対象のアンケートを実施し、学習支援システムや教室環境(TNec: Teikyo Next Education Classroom)の改善に反映させています。
授業としては、自己啓発支援科目(選択科目)である「情報リテラシーI」、「情報リテラシーII」、「情報処理I」、「情報処理II」を担当しており(表1参照)、それぞれ情報教育の基礎を学ぶ授業を展開しています。選択授業ではあるものの、「リテラシー」という言葉が付随するように、学生にとって不可欠な知識である考え、一人ひとりのスキルの習得に力を注いでいます。
また、帝京大学全体に関わる運営業務として、図書委員、ホームページ担当委員、情報教育検討委員といった立場で貢献しています。
表1 授業の概要
私が取り組む教育方法には、私の学生時代の経験と、教職員を対象に教育活動に関わった前任校での経験が強く影響しています。
私の経験から、大学生活は多忙であると想像できます。私の場合はボート部に所属し合宿生活を送る毎日であったことに由来しますが、大学生活の忙しさは部活動やサークルに限りません。大学の授業、大学のレポート、将来への準備、アルバイト、友人との時間、家族との時間と、毎日がどんどん過ぎていきます。しかしこの忙しさは、多くの学生にとって、学生生活最後の、チャレンジができるチャンスです。多忙ではあるものの、非常に充実した、密度の濃い4年間が期待できます。学生が本気で友人、教員、そして帝京大学と向き合ったとき、学生の自分流に気づくことができると考えます。ここで自分流とは、「生き方の哲学そのもので、自分のなすべきこと、興味あることを見つけだし、自分の生まれ持った個性を最大限生かすべく知識や技術を習得し、それを自分の力として行動する」ことを指します(Retrieved from 「理念と歴史|帝京大学」 https://www.teikyo-u.ac.jp/university/idea_history/ (2019/09/05))。
ここでは、この自分流の生き方を学生に身につけてもらうために私が行うサポートの一つとして、現在の授業において、どんなことを考えて授業を実施しているのか、私がなぜ現在の授業方法を採用してるのかを例に挙げ、私の経験を踏まえた教育の理念・哲学を紹介します。
授業構成
私の授業では、授業を複数のフェーズに分けて構成しています。はじめに前回までの授業と当日の授業がどのように関係しているのか、今日の授業のポイントは何なのか、どんな問題意識をもって授業に取り組むべきかを伝えることとあわせて、授業の流れを提示します。これは、学生にとって興味深い内容であったとしても、90分以上集中することは簡単ではないという経験からです。起伏のない授業は学生の集中力を阻害し、理解の促進に結びつかないと考えています。
巡回
私の授業では、学生全員を対象とした講義形式のフェーズのほかに、練習を活かした実習時間を儲けて、個別の対応を行なっています。
この授業方法の理由の一つは、授業展開のスピードに細心の注意を払っていたとしても、追いつけない学生がいるかもしれないと考えて授業を設計しています。前任校のPC実習の授業においては、授業中にティーチング・アシスタント(以下、「TA」とする)の学生が巡回していました。TAが巡回している場合には、教員の説明を聞き逃したタイミングで対応することができますが、教員1名対複数の授業では難しくなります。
また、私は学生と教員の関係を、お互いに学びあう関係だと考えています。授業を参加する学生が教員から学ぶことはもちろんのこと、教員もまた学生の指摘から気づかされることはたくさんあります。その刺激が多ければ多いほど、学習環境は成熟されていくと思います。一方通行の授業では、学生の興味・関心がわからず、また理解度をはかることができません。そこで授業の運営にあたっては、巡回する時間を設けています。エビデンスとして、授業アンケートでは「わからないところを席まで来て丁寧に教えてくれるのは継続してほしいです」という学生の声も挙がっているので継続して取り組みたいと考えています(図2参照)。
図2. 授業アンケート(省略)
掲示板の利用
授業では、LMSの掲示板機能を利用した質問箱を設けています(図3参照)。
過去にTAとして出席した授業において、匿名性のチャット機能を利用した授業を展開している授業に参加したことがあります。チャット機能を利用することのメリットは、積極的に手を挙げるのが苦手な学生も発言をする機会の幅をもたすことができること、教員一人では授業中に対応することができなかった学生の意見を拾い上げることができます。学生からのレスポンスとして、授業中に指摘できなかった質問や、授業運営に対するコメントを回答してもらうことで、授業の改善に活かしています。
図3. 掲示板機能
授業中の学生間の相談
情報機器が当たり前になった社会において、疑問を解消することは容易になっています。しかし、知識だけでは創造性は育まれません。そこで私の授業中のルールは、「お隣の人との相談はOK、ただし自分で操作を行う」です。人に尋ねることは、恥ずかしいことではありませんし、相談する相手は、決して教員だけである必要はないと考えます。
これは、人に教えることが、自分の学びにつながるからです。前任校では、PCスキルのFD活動を行うにあたって、学生アルバイトの協力を得ていました。私自身、心理系の大学院出身ということもあり、ソフトウェアの使い方には精通していても、不慣れな部分も多く、学生アルバイトの方から教えてもらうことも多々ありました。ただ、そこで得た知識を、先輩の学生アルバイトから新しい学生アルバイトの方に伝えることで、私自身の知識になったといえます。とくにPCのようなスキルを学習するにあたって操作方法を口にすることは、口に出し、手で触れ、2回以上の実践にもなり、また自身の復習にもなります。
ただし、相談OKというルールを設けても、相談が相談ではなく雑談になっているときには注意をしなければいけません。ある学生の授業評価アンケートでは、「よかったこと:関数の例があって、自主的に学習できる。詰まっても、説明がわかりやすい」と指摘された一方で、「改善点:生徒側が騒がしいなら、きつくするようにしてほしい。真剣な人からするとすごく迷惑です。」という声も届いています(図2参照)。学生は半期の授業で、90分×15回 = 1,350分間 = 22.5時間を割いています。学生からの指摘をなるべく授業の改善につなげていくことが今後の課題と考えています。
帝京大学の教育指針の一つに「実学」があります。私が担当する情報リテラシー、情報処理の授業はいずれも、実践を通して論理的な思考を身につける「実学」を身につける場と考えています。担当科目において「習得してほしい実用的なスキル」は、たくさんの問題に挑戦することで、将来、授業とは異なる課題にぶつかったとしても、解決するスキルを身につけることです。そこで、私の授業では、毎回のように課題の提出を求めます(図4参照)。
選択科目の特徴として、複数学科の学生が履修してることが挙げられます。帝京大学において情報の授業に参加する学生も、分野を超えて集まっています。私の学生時代の経験から、選択科目の履修は、少しでも役立つ情報を取り入れようと選択していると考えます。もちろん、楽に単位がとれそうだから、時間割を考慮すると空き時間だったから、ということも十分に考えられます。そこで、たとえば企業の経済動向に関わるデータばかりを呈示したとすると、選挙データを扱いたい法学分野の学生や、アンケートを集めようと考えている心理学分野の学生、自分が所属する運動部のデータをいじってみたい学生たちのニーズに応えることは難しくなってしまいます。そこで、ただただPCを扱うことを目的とした単純作業にならないよう、PC教室外で使うことを想定した課題づくりに取り組んでいます。
複数学科の学生がいることは、学生にとってチャンスです。各学科で学ぶ専門の知識・技術に偏ることなく、幅広く学ぶ機会になります。学生からは、「授業で提供される情報はすべて未知のもので、EXCEL関数や引数の入力など毎回新たな知識を得ている実感がある。」という評価を得ているため、オリジナリティのある授業課題を意欲的に準備していきたいと考えています(図2参照)。
図4 教育ツールの例(省略)
私の授業の学生は、複数学科だけでなく、日本語が苦手な留学生もいます。日本語入力がままならない学生はキーボードとマウスを私に差し出し、やってみてほしいと訴えてきました。私がその場で解答を示すことは簡単です。しかし、本当に必要な知識や技能は、教室の外で求められています。とくに情報ツールのスキルは半期ごとの課題やレポートの処理にも役立つことが予想できるため、そのときにこそ役立つことが期待できなければスキルを身につけたとはいえません。
PCの授業で繰り返し訴えていることですが、簡単には壊れないからどんどん触れてみることが重要になります。そこで、私は課題のヒントだけを呈示し、学生に考える機会を与え、実践を通して論理的な思考を身につけるように促しています。課題にはもちろん「答え」がありますが、その「答え」にたどり着くまでのプロセスは、学生によって異なります。例えば、データの整理をさせる課題を課したとします。関数や、テーブル機能を使用すると解決できる課題を、別の方法、たとえば小計機能を指定して回答させると、正答率が低くなってしまうことがあります。私の課題としては、その引き出しを学生により多く持ってもらうようにすることです。私の授業をとおして、どんな問題解決へのアプローチができるのか、考える力を身につけることが、帝京大学の4年間で「自分流」を習得する一歩になると考えています。
学生からは、2019年度前期中間授業アンケートにおいて、「わからないポイントがあったときに先生が答えを教えるのではなく、答えを導くための手順を教えてくれたのがよかった」という声が挙がっており、今後も継続していきたいと考えています。
ここでは具体例として「情報処理Ⅰ」での取り組みをとおして、私の教育の理念・哲学に基づいた授業の方法を紹介します。
「情報処理Ⅰ」のねらいは、社会・経済現象を捉えるうえで必要なデータを、収集・整理・加工し、分析するための基本的な手法を学ぶことにあります(表1、表2参照)。講義では、Microsoft Excelを用いた実習をとおしてデータを有効に活用するための基本的な知識や技術を修得することを目標としています。
表2 授業「情報処理Ⅰ」のスケジュール
アプリケーションの操作方法に関する知識の獲得と、授業外での応用的な活用能力の獲得のために、授業(90分)を大きく3つのフェーズに分けて展開しています。第1フェーズ(15分)は復習の時間です。前回授業で提出を求めた課題の解説をとおして、操作を繰り返し、身につける時間を設けます。第2フェーズ(45分)は講義の時間です。新しいマクロなテーマについて説明をするとともに、学生が実際に操作することで、操作方法を学習します。第2フェーズでは、15分ごとにミクロな内容を変更して授業内容への注目を促します。第3フェーズ(30分)は課題の時間です。新しい操作方法を学んだら、繰り返しの作業が必要になります。当該授業で習ったことを別のデータでも扱えるか、チェック課題を行い、提出を求めます(第1フェーズで見直す課題はこのチェックテストです)。この間、第3フェーズの質問のほか、第2フェーズでわからなかった部分については私が巡回し、説明を加えています。
講義は複数のツールを用意して展開しています。
主に使用するのは、Microsoft Excelファイル(XLSX形式)です。練習課題、応用課題を入力したファイルをLearning Management System(以下、LMSとする)をとおして配布し、学生が作業を行います。
講義資料としては、テキストファイル(PDF形式)を用意しています。テキストファイルには必ず、その日の授業の概要、前回の授業の概要、そしてシラバス(第1回授業で提示)を掲載しており、15回の授業のつながりが理解できるように配慮しています。
また、操作方法の振り返りのための資料として、動画ファイル(MP4形式)をLMSに掲載しています。動画ファイルの内容は、主な作業ごとにパソコンの画面を収録したものであり、カーソルの動きや入力された内容を確認することで、操作方法の復習が可能です。
さらに、本講義の履修者は60名弱であり、十分に巡回できない場合もあります。そのため、授業内容についての質問を受け付けるツールとして、LMSの掲示板を活用しています。
評価方法は、全15回で構成される授業において課題の提出を求め、総合的に評価しています。
授業課題
毎回の授業で提出を求める課題をとおして学生の取り組みを評価し、理解度を分析して次回の授業運営にも反映させています。
情報処理は実用的なスキルを身につける授業科目であり、毎回の授業では、3.2 授業デザインのとおり復習を繰り返し行います。1度はつまずいた課題であっても、情報処理スキルは繰り替えしの練習が理解度を深めると考えています。
試験課題
定期試験(2019年度は第14回)と中間試験(2019年度は第8回、授業内容の区切りがよい範囲の中課題)では学生の理解度とともに応用力を測ります。
授業の中で扱ったテンプレート問題であればスムーズに解答にたどり着くことができる生も、場面を変えると混乱するケースが認められます。情報処理で身につける実用的なスキルは、授業外でも役立つスキルの獲得を相対的に高く評価しています。なお、定期試験を第14回までに実施することで、試験の復習を行い、疑問を解消して授業のゴールを迎えるようにスケジュールを構成しています。
2019年4月より、所属先が帝京大学に変わり、「情報リテラシーⅠ」をはじめとした情報教育の基礎を養うことを目的とした科目に携わることになりました。前任校で得た知識や経験をもとに、授業の質の向上につなげたいと思います。
今回のティーチング・ポートフォリオでの気づきを活かして、秋学期からの授業の質を向上させることが短期的な目標です。学生の知識・技術の向上に寄与する授業方法を再構築することが、結果として、私自身の教育者としての成長につながるものと考えています。
私の所属する帝京大学高等教育開発センターは、2015年7月、文部科学省の「平成27年度教育関係共同利用拠点(「教職員の組織的な研修等の共同利用拠点」)」として、私立大学として初めて認定されました。「教育関係共同利用拠点制度」とは、個々の大学の特色ある取り組みとして保有する人的・物的資源を複数の大学が共同利用することで、大学教育全体の多様かつ高度の教育展開を実現する制度であり、複雑化する社会と学生のニーズに応えることが求められます。私自身の高等教育開発に関る実践や研究を深めつつ、より多くの教員の能力開発に貢献できればと考えています。