高校ないし大学で上段に構えを変えた人が,
何を
どうやって
身につければ,とりあえず「見られる」上段になるのかを説明する。
なお,私は上段で四段を取った程度です。それより上のレベルのことは語れません。
大学の剣道部では,素振りを全部片手でやりました(1年生のとき主将に命じられて,そのまま4年間やった)。正面素振り,左右面,跳躍素振り。本数は良く覚えてませんが,跳躍素振りは50本,他は30か50だったような。
気を付けないと竹刀が寝すぎた構えになります。寝てると弱そうに見えます。
左足前の足さばきは,練習あるのみです。剣道を始めた時のことを思い出してやりましょう。
半身にならないように。多少の半身は良い,と本に書かれているが,思ったより半身になってしまうので,正面を向いて構えるつもりでやる。鐘木足(後ろ側足が外を向く構え)も,多少は良いと書かれているが,思ったより派手に鐘木になってしまうので,右足も正面を向けるつもりで構える。
右手で竹刀を投げる,そのまま右手は右腰にぶつける。上段初心者は右ワキが浮きがち。わきを締める。柄を投げつける先は,相手の膝位をイメージ。ただ,どうしても遠くに投げようとしてしまって「浮く」傾向があると思う。浮くと遅くなる。最近の私は,手には意識をおかず,両肩を下に落とすイメージで振っている(こっちに詳述。これが正解かどうかも自信がない。)。手首でどうこうしようとしても無理で,大きな筋肉(背筋など)で竹刀に力を加える。(左手片手で持っている状態で竹刀の回転運動に変化を与えるためには,重心周りの回転運動を考え,左手で握っている柄頭の位置を空間の中で調整する他無い。理学部や工学部の学生は力学として理解できるだろう。)
左手は早期に自分の体の正中線へ。みぞおち位まで手の位置を下げる気持ち。(実際にはそこまで下がらないが,そのくらいに思っておかないと浮き気味になる。) そして,左手の軌道は「下に凸」な感じ(数学で使う表現。高校生なら分かると期待する)。肩あるいは肘を中心に回転させるイメージだと,上に凸になる。この動きだと,竹刀の重心が上がって下がる軌道になり,遅い。
下に凸にするイメージの持ち方の一つは,一度胸の前に両手を持ってきて竹刀を立ててから打つ,という感じ。
左手の親指を相手の喉にえぐり込むつもりで,という人も居るし,相手の顔をパンチするつもり,という人もいる。どれも,できるようになってから振り返ると納得できる表現。
足は,左膝(前足の膝)を曲げて,かかとをお尻に付けるつもり(これはやや大げさ。本当につけたらやり過ぎで,実際はちょっとしか浮かないと思う)。これで体が前に倒れ込むので,そのまま打つ。
面だけしか打てないと,相手は楽である。頭さえかばっていれば良いのだから。一本にできる片手小手が打てれば,相手は上か下か判断する必要が出る。片手小手は上段遣いにとって必須の技である。
打ち方は大きく分けて3通りある。
S字軌道。上段からの片手小手と言って,みんなが思い浮かべるやつはこれ。1番の打ち方の小手の連続写真
1番の打ち方の動画: https://youtu.be/oojHq0AIHXY?si=IH3UTdGy68LQGE7m&t=370 ここでは相手が普通の中段に構えているが,平正眼でも同じ要領で行ける。
切り返しの右面の軌道(相手の頭の,こっちから見て左側を打つときの軌道)を低い位置に向けて打つやつ。相手の竹刀の下に差し込む感じ。 2番の打ち方の小手の連続写真
相手の竹刀の上を通して,居合の血振るいを左手でやるような感じで,腕の内側から外側に向けて切る打ち方。
できるようになると1番が最も汎用性が高く当てやすい。2番は相手の剣先が上がったとき,3番は相手の剣先が下がったときにしか打てない。上段初心者が打てるようになるのが一番早いのは,多分,2番である。構えているところから,どの軌道で回せば当たるか見えるからだ。
以上,分類しましたが,まず2番の打ち方で小手が当てられるようにするのが,小手打ちに関する第一目標です。
左手は構えたときの左目の少し上の位置から,肘を内側に入れつつ,やや右側に向けて振り下ろす。振り終わったときに右腰の正面くらいに拳が来る感じ。同時に右手で少し左側に投げ出してやると,竹刀の先端はこちらから見て左側を大きく回って,平正眼に構えた相手の竹刀の左側を回り込んで下に入るようになります。
小手2の打ち終わり。左手の位置が自分の右腰の前あたりに来る。
面も,左右の面が打てるようにしましょう。その1でやった正面と合わせて3通りです。
相手が平正眼をそのまま持ち上げるような避け方(表で受ける方)であれば,一つ前の小手の打ち方2番の要領で,相手の右面を打ってやると,避けようとした竹刀と平行に振り下ろすことになって,頭を叩けます。
逆に裏で避ける相手であれば,左面を打つと当てやすいです。右面より左手首の力を使わないで打てるはずで,そのためにより打突は速くなるはずです。が,中段の動きでは存在しない動き方なので,動き方のイメージを沸かせるのが難しいかもしれません。
これらは,相手にとって脅威となる速い正面打ちがあってこそ生きる技です。逆にこれがあると,相手としては面に対する応じ技を使いづらくなります(擦り上げようとしたらバックリ右面打たれた,という状況が頭に浮かぶため)。
前に後回しにした小手1番と3番を打てるようにします。
小手3は,一つ前の左面の応用です。腕力は要りませんが,使い所が限定される打ち方です。
小手1ができると一人前の上段遣いです。これは実は体が左前に出た結果,初めて小手に当たる竹刀のコースが見えてくる軌道ですので,ただ構えたときには「ここから打って当たるはずがない」と思う所から打ち始めることになります。慣れてくると,そこまで込みで「これなら打てる」とわかるようになります。
小手1の打ち終わりの状態。左手が自分の左腰よりさらに左側に外れた状態になる。
このための竹刀コントロールの練習は,10cm位の間隔を開けた二枚の鉛直に立った木の板の隙間に,大きく左前方に一歩踏み出しつつ(ここ重要!)振り下ろす,というやり方をしました。強く打つ必要はなく,竹刀コントロールの練習ですから,コツンで充分です。下の写真は私が練習した場所です。黄色矢印が竹刀先端の軌道,白線が打ち終わったときの竹刀,青点が打ち終わったときの左拳。水色の絵は,想定する相手の姿です。左拳が自分の体よりずっと左側に外れた状態が打ち終わりの姿です。(ある先生の話によると,握力がない人は左拳を体の幅から外す動きができない,と言っていました。もしどうしてもこの軌道の打突ができないなら,握力を鍛えるのが先決かもしれません。)手だけで当てに行くのではなく,体が動いていく事で打突の途中経過で初めて見えてくる軌道がある,ということを体に覚えさせるのが重要です。
これもできるようになるまでは腕力がいるのですが,できるようになったら腕力を使わないでも当たる軌道が取れます(私は左手で竹刀をつまんだ状態でこの軌道の小手を当てることができます。本当に腕力は要らないのです)。痛がられるのは仕方ないので,相手を怪我させない程度に自制しつつやりましょう。
ついでに,まともに当てられない段階では,基本打ちの練習でさえ相手の鍔元を打ってしまう事が多いと思います。そんな場合,相手の肘の内側を狙って打つと,ちょうど小手にバッチリ当たります。
もっとついでに。片手小手は相手に対するダメージが大きい。これはある種の武力で,自分の我を通す必要がある時に使えます。諸手突きしかしてこない上段嫌いの人相手とか,「ただ打っているだけで駄目だ」とか言ってきた(それに打たれてしまっている)先生相手に,ただ小手を打ち続けた事があります。[こういった事は自分より下の人相手にやってはいけません。上の人は稽古を終わりにするタイミングを決める権利を持っているので深刻な怪我をする前にやめるでしょうが,下の人はそれができませんので。]
最重要項目。自分の面,小手の打突が届く距離を把握すること。中段しかやらない人は,自分と相手の竹刀の交差度合いで距離を測っている場合もあるようです。上段をやる人がそれでは話になりません。目で見て,ここは届く,これは頑張れば届く,これは無理,とわかるようにします。
中段の感覚でいえば遠間に保ちましょう。相手が1歩でこちらの左小手を打てる距離を基準に,そこより10cm遠い距離を保つのが理想です(これは片手面が打ちやすい距離のはず)。相手が1歩でこちらの右小手を打てる距離まで来てしまったら不利な状況にされてしまったという事なので,一旦くっついて仕切り直します。(くっつく際,右小手を打たれないよう注意。試合動画などを見ていて,上段の人が”右手を腰に,左片手で持った竹刀で頭をかばってくっつく”という動作をするのは,右小手もかばいつつくっつくための動き。)
但し,距離を保つために自分が下がってはいけません。 ”近づいたら打たれる” と思わせる事で,相手を下がらせます。
応じ技など考える必要はありません。出端面を打てばよいのです。相手が出たら打つ,下がったら打つ,何もしなかったら打つ。自分から前に出る,困ったら前に出る。やることは前に出るだけなので,迷うことはありません。
自分が主導権を取り続けて,打つことだけ考えます。守ろう,避けよう,などと考えたら負けます。守れる構えをしていないのですから。
実際には相手がみな平正眼に構えるわけではなく,霞に構える相手も居ます。変形の構えに対する対応策をいくつか挙げておきます。ここまでの段階を踏んできた人の竹刀コントロール力を持ってすれば,方針がわかればその動きを再現できるはずです。
左小手(多分,これは有効なのだが,もしかしたら審判によって有効とならないばかりか,こっちが怒られるかも)
力任せに両手で竹刀を叩き落とす→相手の左手が離れる事があるので,その隙になんとかする
相手の右側(こちらから見て左側)に抜ける諸手胴
胴と見せて(諸手)面
片手左面(相手の構え方によって打ちづらいこともある)。相手の竹刀と平行に振る。
霞はこちらの左小手を打ちづらく,右小手のほうがまだ近いという構えですので,遠くから打ってくることがまずありません。必然的に近寄ってくるので,そこで2の力技が可能になります。これで近寄ってくるのを躊躇させることができれば,遠くからでは霞から打てる技は無いので,とりあえず安全になります。
こちらからも打ちづらいが向こうからも打ちづらい,という勝負になります。
なお,一見打てるように見えないのだが右小手の1を打てば当たる,という説を聞きました。一度やってみたら,確かに当たります。もう少し研究を続けるつもりです。---追記。相手の手が低い位置にあれば打てるのだが,高い位置にあると刃筋を通すのが難しい。平打ちでいい,と割り切ったら当てられる。どうせ審判に刃筋なんか見えない,ポコンと音を立てれば旗は上がる,という「試合技術」はあるかもしれないが,個人的にはそれはやりたくない。
霞対策の3,4が基本です。少し遠間の勝負になるので,胴と見せて片手面,がちょうどよいかもしれません。これも右小手の1が当てられる事に気づきました。
よくわかりません。左右の小手打ちが基本ですが,微妙な間合いの取り合い+左右の動きの組み合わせの勝負です。相手が小手を打ってくるところにかぶせて面を打つと出鼻面というか小手抜き面というか,そんな技になります。右に動いて右小手(こっちから見て左側),左に動いて左小手(こっちから見て右側)のように,対角線の組み合わせの打ち方が多いと思います。
無理です。中段にするか,あるいは八相が良いでしょう。
無理な理由:上段から二刀の打突部位に向かって進む軌道が無いため。
八相にすると,相手が慣れていないために隙が出る場合があります。また,上段より手の位置が低いために,まだ打突部位に向けて振る軌道が作りやすいと思います。もう一つ,小太刀に自分の竹刀を触られることがないのが,上段に慣れている人にとって好ましい状況です。中段にすると,相手はいつもどおりの動きで良くなるので不利なはず。
大学1年までは体当たりで随分ふっとばされました。大学1年の1年間で体重が10kg増え(筋肉),そうしたら相手が吹っ飛ぶようになりました。ただ,体当たりの技術もあると思います。現在は無意識にやっているので言語化できないのですが,どうやら自分はぶつかる瞬間に胸を出して当たる場所を自分でコントロールしていますし,多分膝を抜いて体の重心は落下している状況でぶつかっています。50歳ですが大学生をひっくり返しそうになりますし,同年代の人と試合をするとしょっちゅう相手がひっくり返ってます。無意識の動きなので加減もあまりできません。
鍔迫り合い。試合を考えるなら,引き技ができることが重要です。引き技ができない場合,相手の視点に立つと,上段相手が嫌だったら引き技勝負すれば良い,となってしまいます。 私は選手として全く働かなかったので,引き技は全然練習しませんでした。
基本は指導者に従うのですが,大学生だと自分で決める裁量がある場合もあると思います。自分がどうしたかを書き留めておきます。
全く標準通り。中段に構えて面→諸手で左右面。切り返しは基本なので,標準通りやりました。
上段でやった。小手面とかの時間は「面打ちお願いします」「小手でお願いします」とか言ってその時の自分のテーマを追求。左右からの片手面とか,片手面だけでも何種類も練習する必要があった。打たせる側では,相手のリクエストがなければ中段に構えた。(たまに,上段に対する打突の練習をしたいから上段に構えてくれ,と言われる場合もあった)
打ち込みは上段でやった。掛かり稽古は最初の一振りだけ上段で,あとは基本,中段。掛かり稽古のように打ち合う状況で上段に構える暇はないはずで,上段でも一振りした後はすぐに両手で持って対応できる技術が必要。
上の人とやる際は蹲踞から立ち上がった所で「失礼します」と声をかけ,一礼して上段に構える。同学年以下に対しては黙って上段に構えた。
面フェイント諸手小手(右足踏み込み)は当てやすい便利な技なのだが,それに頼ると片手小手がいつまで経っても打てるようにならない。私は一時期,この技を使うことを自分に禁じていた。