数学を学ぶために留学するにあたっての私見をここにまとめます。想定している読者は、数学に取り組むにあたって海外留学を検討されている方、特に中高、大学学部生の方々です。
そもそも、数学を学ぶために留学する意義についてですが、まずは以下のページを読むとよいと思います(ページタイトルの示す通り、広く一般の留学について述べているわけではありませんが、この記事を一読すれば、とりあえず
「日本でずっと活動するだけでは得られない可能性のあるもの」
が何なのか、見当がつくようになるかと思われます):
さて、上の記事に付け加える形で、権から読者のみなさまへ、私見を幾つかお届けしたいと思います。
まず、ご自分の興味のある数学分野について、ご自身で研究を続けられて、世の中に発表されて、フィードバックをもらって、それを踏まえてさらに深い研究をされて・・・というコミュニケーションをお求めなのであれば、その分野で活躍されている研究者のうち、少なくとも一人とは密に議論ができる状況を作るべきだと思います(e.g.大学の指導教員など)。そして、もしご自身の研究分野で世界的に活躍している研究グループや、研究者のコミュニティが存在するならば、そこにどうにかして入る努力をしてみるのがよいと思うのです。
そしてそのコミュニティが日本には存在しない場合も大いにありえます。その場合、留学するしか選択肢はありません笑
※ここで注意なのですが、権は
「よい数学をするには留学が必要だ」
「よい数学をするには、身の回りにエキスパートが必要だ」
とは考えていません。
「自分にとっての最高の数学のスタイルは、人それぞれだ」
と、心底から思います。権にとっては、(自らの興味を中心に)数学に根差したコミュニケーションを他者と取ることが喜びであって、その活動の中で研究を進めていくのが自分の性に合っています(パンデミック下で、およそ三年間、「ある意味」ずっと独りで仕事をする経験を持ったのですが、だからこそ思うことです)。
しかし、例えばいわゆる「一匹狼」が性に合っている方もたくさんいらっしゃいます。そういったスタイルの方は、留学をするより、ご自身の研究にどんどん邁進された方が絶対によいと、権は思います。
他にも様々なスタイルの方がいらっしゃることと思います。権がお伝えしたいのは、
「留学はオプションの一つであって、なのでこのページで述べられている色々は、どうか参考程度に受け止めてください」
ということです^^;
さて、仮に日本の研究者コミュニティが非常に強力な分野であったとしても、もし外国に自身の興味を引く面白い仕事をされている研究者がいらっしゃるなら、やはりその方のもとを訪ねる意義は十分にあると思います。その研究者の方がもし学生さんを持たれているなら、その方々とも早いうちから知り合って議論を交わすことは、限りある人生でなるべく前に進むためには大変に有効であると信じます。
留学を検討中の方向けに、渡航前の注意点をメモしたいと思います。
何よりもまず、自分の行きたい国の留学・滞在経験を持っている人から、話を聞くべきだと思います。そういった人が見つかる方法をいくらか提案するなら:自分の学校のスタッフ・知人に訊いて回る、現地の日本人会があるならばそこに連絡してみる、その国の言葉を教えている学校なり塾なりの授業に参加し、その際についでに訊く・・・といったところでしょうか。
ここからは一般的な事柄で、特に重要だと思うことを:
・ビザが必要かどうかをまず調べるべきだと思います。これの申請から受け取りには時間がかかるので。また、ビザ作成に取り組んでいると、自ずと(向こうでの住所など)渡航に必要な最低限の準備ができる、というメリットもあります。
・同様に、留学のための資金援助を得たい場合も、利用可能なプログラムの申請準備をなるべく早く行うべきだと思います。ものによっては、1年以上前から動かなければならないこともありますから。また、各プログラムについて、どの範囲の支出までがカバーされるのかも、予め入念に問い合わせておいた方が、渡航中ピンチに陥らずに済みます(例えば、「渡航中、新たに告知された学会に出席したい場合、その参加によって新たに生じる交通費や宿泊費はカバーされるのか?」など)。
・合わせて、現地の学者の方々と、予めコンタクト・アポイントをとっておくとよいと思います。たまたま留学のタイミングと、学者の方々の出張時期が重なって、会えない、というのではもったいないですよね。
・それから、現地の感染症のワクチン接種も、早めに済ませるべきです。ものによっては、数ヶ月おきに複数回に分けて接種しなければならないこともありますから。
・現地の言葉を、挨拶程度でよいので、勉強すべきだと思います。ほとんどの国で、お仕事は英語でできるかと思いますが、「郷に入っては郷に従え」をできる限り実現することで、スムーズに現地の方とコミュニケーションできると考えます。
・合わせてですが、異文化交流のいろは についてできるだけ学んでおくことで、数学に集中できると思います。例えば教材-一般教養-「コミュニケーション関連」でリストされている文献がオススメです。
・長期間の渡航をされる場合、(確定申告などの)日本でやることが必要な書類仕事が、その間に食い込んでくる可能性が高いです。何がしかの形で対策を準備するとよいと思います。
・日本に持っている銀行口座をメインで用いる場合、遠隔で利用できる環境を予め整えた方がよいです。
・自分の学術的な自己紹介(これまで何を考えてきたか、今は何を考えているのか、これから何を考えるのか)について、1分、5分、30分、90分でそれぞれ作っておく(もちろん英語でプレゼン)と、渡航後、非常に便利だと思います。
・翻訳アプリを予め使いこなせるようにしておくと、渡航中助かります。
・渡航先のアカデミックカレンダーなどに要注意です。特に、長期休暇や学期末中、研究者の方々は働いていても、書類仕事を担当する事務方が休暇を取られる場合が多く、こうなるとビザ申請に必要な在籍証明書の発行などが滞ってしまいます。
・最初のうちは、とにかく出られるイベントにはなるべく出席して、渡航先の「数学地図」を作るとよいと思います。初対面の方に、とりあえず「どんな勉強会に参加しているか」「どんな本を読んでいるか」を訊いていくと、芋蔓式に地図ができていくと思います。この過程で、自然に研究者同士のネットワークもできていくと思います。
・「現地の学者たちにとっての常識が、自分にとっては真新しいことである」という状況は、とても自然だと思います。正直に知らないことを伝えて、良い文献を尋ねることが、進歩の近道であると信じます。
・渡航先が大学ならば、興味のある講義に潜ったり、初回だけでも参加したりすると、よい出会いがあるかもしれません。
・現地の日本人会・日本大使館には、なるべく早いうちに一度訪ねて、ネットワークを作るとよいと思います。無理にイベントに参加する必要はないんです。「つながっている」という感覚があるだけで、心の健康には大きくプラスに寄与すると思いますから。
・少なくとも来てから最初の数ヶ月は、日本食をとる機会、日本語を使う機会を頻繁に持った方がよいと思います。急激な環境の変化は、十中八九、心身の健康を損ねます。
・挨拶を現地語でするとよいと思います。また、現地語の勉強は、続けるべきだと思います。数学に必要かどうかは関係ありません。重要なのは、向こうの文化に敬意を払うということだと思いますから。
・仮に英語がペラペラに喋れずとも、臆することはありません。特に昨今は英語ネイティブのみの環境で研究を進めることは少ないんじゃないでしょうか?少なからず状況を共有する方々がいらっしゃることと思います。ゆっくり、一つ一つの言葉を丁寧に発音するのが大事だと思います(ネイティブ相手に話すときは、リエゾンなどまで意識すべきなのでしょうが)。話者が明確にイメージしている論理があり、相手が論理的である限り、絶対に意思疎通はできるので、自信を持ってください。相手が早口な時は、遠慮なく、「もう少しゆっくりお願いできませんか?」と訊けば大丈夫なはずです。
・逆に、英語がペラペラな方も、相手によっては、敢えて、ゆっくり、一つ一つの言葉を丁寧に発音するのがいいと思います。あんまり早口やリエゾンにこだわって、コミュニケーションがないがしろになってしまっては、本末転倒ですから。
・渡航後の仲間たちとのコミュニケーションの布石を打っておくとよいと思います。例えば、別れる直前に新しい(面白い)問題について一緒に考え始める、共著の論文を書き始める、次の訪問をいつにするか相談する、など。
・大事な場面や仕事場の写真を撮っておくとよいです。後で報告書などに使えます(他人が写っている場合は、もちろん、報告書掲載への許可を合わせてもらわなければなりません)。
・特に渡航先の研究機関にホストされている(宿泊先などの面倒を見ていただいている)方向けですが、将来を考えた場合、いつでも先方にホストしていただけるとは限りません。先方の部屋数や予算の都合もあるでしょうし、自分自身が学会のついでに急遽訪問を決定する場合もあるでしょう。こういった時に備えて、渡航中に、利用しやすい宿泊施設などを調べておくとよいと思います。
・渡航中に出会った仲間たちは、間違いなくかけがえのないものです。定期的にオンラインセミナーをする・お互いの論文原稿を交換するなどして、交流を絶やさないことが大事だと思います。また、こういったことは、渡航中に布石を打っておいた方が、スムーズに事が運ぶと思います。
・もしサポートを受けて留学したのであれば、報告書を書くことになるでしょう。渡航中にコツコツやるのも一つの手ではありますが、権は、渡航直後に一気にまとめ上げる方がいいと思います。数学は、アイディア一つが浮かぶかどうかで報告すべき内容がガラリと変わるものなので。仕事の途中段階で報告書を書いてしまうと、後で抜本的な書き直しが必要になる場合があり、時間を無駄にするリスクがあります。
・渡航中、もっと議論したかったのに、コミュニケーションがうまくいかなかった相手に対しても、原因を特定・解消した上で、渡航直後に改めて連絡を入れるとよいと思います。せっかくのご縁なのですから、自分にできる限り、大事にすべきだと思います。