佐賀大学教育学部
英語文学ゼミ/吉村 圭
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英語文学ゼミ/吉村 圭
A. A. ミルン『名誉ある平和』(小鳥遊書房)あとがきのあとがき
2026年2月、A. A. ミルンの『名誉ある平和』(Peace with Honour, 1934)の訳書を上梓した。本書の翻訳自体は2017年ごろから始めていたので、9年もの翻訳・執筆期間を経てようやく出版にこぎつけたことになる。その間私は、二度転職をして所属大学を変え、病で死の淵をさまよい、そして二人の子どもたちに恵まれた。思えば人生の悲喜こもごものすべてが濃縮されたような激動の9年の中で、私はこの本の翻訳を行ってきたのである。どおりで思い入れもひとしおなわけだ。
出版は小鳥遊書房より行った。文学を中心に読みごたえのある本を多数手がける、骨太の出版社だ。これまでにも尊敬する先輩方が著書を出しておられ、自分もいつか本を出すことがあればここでと憧れていた。
出版について相談をもちかけたのは2024年の春頃だったと思う。何しろ出版交渉など初めての経験だったので、当初は相手にもされないのではないかと恐る恐るコンタクトを取った。しかし同社はすぐにこの本の価値を理解してくださり、出版を快諾いただけた。自分ではいい本だと信じて翻訳を行ってきたのだが、プロにその価値が認められたことが率直に嬉しかった。
ご担当いただいたハヤシダさんは大変な熱意をもって、本書の編集に携わってくださった。実際その編集作業は、原文と私の訳の全文を照らし合わせるほど緻密で、私が原文の内容をつかめずすっとぼけて曖昧に訳していようものなら、「ここは意味が分かりません」と、もれなくズバッとご指摘くださった。その都度、先生に悪さがばれた小学生のような気持ちで、ギクッとしながら修正作業を行った。本を作り上げる上で、これほど心強い味方はない。
このようにして不勉強な研究者によって訳され、優秀な編集者によって精錬された本書は、2026年に出版されることになった。それは奇しくもミルンを代表する『クマのプーさん』(Winnie-the-Pooh, 1926)の出版からちょうど100年目の年だった。いい出版社・編集者に恵まれ、発売のタイミングもまるで図ったかのようにばっちりだった。
発売日は2026年2月25日と決まった。
大学教員にとって1月から2月はとにかくキツい。共通テストの試験監督、学期末の成績処理、卒論指導の追い込みと、他ゼミの卒論の副査等々、これらが日々の業務に上乗せされる。しかしそんなキツい時期だって、私はこの本の発売を楽しみに乗り越えたのだ。そして2月25日、ようやく『名誉ある平和』の発売日を迎えた…その三日後にミサイルが飛び、新たな戦争が始まった。
あらゆる軍事力の放棄による世界平和を訴えるこの本が、今、このタイミングで刊行されたのは、とても意味があると思う。むしろ、意味を「持ってしまった」と表現するのが正しいだろう。私はそのことを心から不本意に感じる。
本書の出版に際して、担当のハヤシダさんもこんなポストをしてくれていた。
「本当は、「今どきこんなこと言って」って思われるほうがいいんですけどね…」と訳者の吉村先生とも話していた。
この本が意義深いほど、戦争の足音が大きいということ。 (笑和笑女(林田こずえ) @Htreetop)。
私は文学研究者である。私が望むのは、この本が「プー」を生んだミルンという作家への純粋な知的好奇心で読まれること、そしてこの本がミルン作品に新たな読みを与えることである。私はこの9年間、そういう思いで翻訳をしてきた。そしてそれ以上の意味をこの本に与えなくてもいい時代を、私は願っている。
私はすぐに満足のいくような反応が得られるとは思っていない。しかし、この本を読んだ中の一部の人たちがこの趣旨に納得し、そして他の人たちを同様に説得しようとしてくれることを願っている。そのようにして少しずつ私の考えが広がり、やがて世界に影響を与えるよう願っているのだ。
―A. A. ミルン(『名誉ある平和』p. 18)
2026年3月5日
名誉ある平和:『クマのプーさん』の作家による平和への提言
(著)A. A. ミルン (訳)吉村 圭
小鳥遊書房、2026年2月25日刊行
『クマのプーさん』を生んだイギリスの作家A. A. ミルン。第一次世界大戦で従軍し、前線の塹壕戦を経験したミルンは、現代戦争の脅威を知るものとして、切実な平和への願いを本書に込めている。その訴えはミルン作品の通奏低音として、『プー』の物語にも静かに響いている。今の時代にこそ読まれるべき名著、本邦初訳。