佐賀大学教育学部 / 英語文学
吉村 圭
佐賀大学教育学部 / 英語文学
吉村 圭
「べつになんにも」をするということ
「でもね、僕が一番好きなのは、『べつになんにも』をすることなんだ」クリストファー・ロビンは言った。
「『べつになんにも』ってどうやってやるの?」長い時間考えてから、プーは尋ねた。
「えとね、君がちょうど出かけようとしたときに、誰かが君を呼び止めて『クリストファー・ロビン、何しにいくの?』って聞いてきてさ、そのとき君は『べつになんにも』って答えるんだ。そして君は出かけていってそれをするでしょ?」
“but what I like doing best is Nothing.”
“How do you do Nothing?” asked Pooh, after he had wondered for a long time.
“Well, it’s when people call out at you just as you’re going off to do it, What are you going to do, Christopher Robin, and you say, Oh, nothing, and then you go and do it.
The House at the Pooh Corner Chapter X - A. A. Milne
「プー」シリーズの中でも私が特に好きな場面だ。
最終話(『プー横丁に建った家』第10章)からの引用で、ここでは100エーカーの森を「卒業」しようとするクリストファーが、プーに対して自分が好きなことについて話をしている。
この場面でクリストファーは、自分が好きなのは「Nothingをすること」だと説明している。「Nothing」は「無・何もないもの」という意味なので、「what I like doing best is Nothing」(僕が一番好きなことはNothingだ)という彼の台詞は、一見すると「好きなことはない」とか「なにもしないことが好き」と言っているように見えるかもしれない。
だけど、そうではない。
クリストファーの説明によると、こういうことらしい。子どもがこれから出かけようとしているときに、お母さんあたりに呼び止められて「何をしにいくの?」と聞かれる。そんなとき子どもたちは「いや、べつになんにも」(O, nothing)と返事をして、そして出かけて行った先で、本当に「べつになんにも」としかいいようのないことをして楽しんでいる。つまり友達と遊ぶだとか、サッカーをするといった「何かをする」(Do Something)のではなく、呼び名などない「なんでもないことをする」(Do Nothing)。クリストファーはそれをするのが好きだと言っているのだ。この言葉に子どもの遊びの本質がある気がして、私はとても気に入っている。
ちなみに石井訳では「Nothing」は「なにもしないでいること」と訳されている。私は「Oh, nothing」という子どもの返事がその意味の中心にあると思うので、ここではその意味で「べつになんにも」と訳しておく。
さて、この場面を学生に説明するときに、私はいつも自分が子どもだったころの記憶について話をする。
あれは幼稚園くらいの頃の記憶だろうか。ある日の朝、私は住んでいた団地の階段を降りて、すぐ目の前の花壇と駐車スペースの間のなんでもない空間にアリの巣を見つけた。私はそこにしゃがみ込んで、アリが巣から出たり入ったりする様子をずーっと眺めていた。ときどき砂を入れたり枝を突っ込んだりしながら朝から昼までただずーっと眺めていたのだ。
そしてお昼の時間になって家に帰ると、母が私に聞いてくる――「圭ちゃん、なんしよったとね?」
友達と遊んでいればそういうだろうし、ボール遊びとか鉄棒とか、何か名前のある遊びをしていればそう答えるだろう。
しかし私がしていたのは「べつになんにも」(Oh, nothing)としか答えようがないことなのだ。
このように、子どもというものは本当に「べつになんにも」をしているのだと思う。一日中、一生懸命「べつになんにも」を。
『プー横丁に建った家』第10章で、クリストファー・ロビンはどうやら最近学校に通い始めたらしいことが明かされる。そして「べつになんにも」ができなくなり、100エーカーの森を卒業することが示唆されて物語は終わる。大人になるにつれて、人は何か意味や名前のあることをするのに安心感を覚えるようになる。この「『べつになんにも』をする」(Do Nothing)ということは、ミルンにとって、子どもが本当の子どもでいられる、その中核にある概念なのだと思う。
学校から帰ってきた小学一年生の息子に「今日、学校楽しかった?」と聞くと「うん」と答える。だけど「何が楽しかったの?」と聞いても、だいたいいつも判を押したように「うーん、特にないかな」とか「覚えてない」といった返事が返ってくる。
こちらとしては学校でどう過ごしているのかを知りたいのに、なんだかいい加減に返されたような気持ちになって、その都度「具体的に、なんかあるやろうもん」とついつい叱ってしまう。
だけど『プー横丁』の10章を見ていると、息子のこの返事も本質はクリストファーの「Nothing」と同じなんだろうなと気づかされる。
「何があったか覚えておくほどのことはなかったけど、でもなんとなく今日も楽しかった」
それが息子の今の「べつになんにも」なのだろう。
2026年7月1日