新型コロナウイルスの感染予防の指針を得るため,美容院での対面接客を想定した時の呼気エアロゾルの可視化を行いました.特にCOVID-19は無症状感染が問題となっているうえ,エアロゾル感染の可能性も懸念されています.青山学院大学ジェロントロジー研究所のご支援のもと山野美容芸術短期大学の先生方の発案で行われ,石井は実験に協力しました.
マスクやフェイスシールドの有無,姿勢による呼気アエロゾルを可視化したところ,呼気流動は身体表面の温度の影響を受けることがわかりました.マスクやフェイスシールドによって温度境界層へ留まりやすくなった呼気は,体に沿って上昇する傾向がありました.
下を向いた場合,高温物体下部の温度境界層が薄いため,マスク着用時であっても体表面から呼気の離脱が起きやすくなりました.フェイスシールドを着用すると,呼気の方向転換が起き,かつ身体表面への再付着が促されるので,呼気エアロゾルは上昇する傾向がありました.下方に位置する顧客への接客,介護の場面で有用な知見と考えられます.また,トレーサー粒子として利用した電子タバコの粒形はエアロゾル感染で危惧される飛沫粒径と近い大きさなのですが,不織布のマスクの着用で効果的に前方への呼気拡散が抑えられることがわかりました.
立ち,座り,下向き,上むきの4ポーズでマスクありなしの呼気を可視化し,考察して論文としてまとめました.とてもシンプルな実験ですが,意外と先行研究でも分かっていなかったことが明らかになりました.これはこれまで感染症予防の観点で行われている流体力学的な研究が,せきやくしゃみに注目することが多かったためでもあります.興味がおありの方は是非論文を読んでみてください.
本研究は意外にもPhysics of Fluidsに掲載され,加えてまさかのFeatured Articleに選出されました.
Keiko Ishii*, Eiji Hihara, Tetsuo Munakata, Mechanism of temperature-difference-induced spiral flow in microchannel and investigation of mixing performance of a non-invasive micromixer , Applied Thermal Engineering, 174(25), 115291, 2020年4月
血液一滴だけで病気の診断ができるチップなど,感染症診断のニュースで見かけた人も多いのではないでしょうか.微小スケールではレイノルズ数が非常に小さくなるため,流れが乱れず,液体の混合が困難になります.血液は5µ程度の粒子懸濁液と考えることもでき,非常に分子拡散係数が大きくなることからさらに混合が難しいです.このため,”マイクロミキサー”が多く研究されています.
マイクロスケールでは自然対流の影響が無視されることが多いですが,本研究ではサブミリスケール前後で自然対流が発生し,混合として利用すると最も効率が良いスケールであることを明らかにしました.Re = 0.2, Pe = 4120 という低レイノルズ数,高ペクレ数領域において,混合距離3.56mmを達成しました.これは先行研究と比較してもとても効率が高いです.
従来の高効率マイクロミキサーは内部にあらかじめ電極や圧力伝達装置を組み込んだり,また内部壁面に微細加工を施す必要があるため,システムコストが上昇しがちです.また微細加工によるカオス混合は再現性が必ずしも高くありません.温度差を利用できれば,チップの外側から制御が可能であり,システムコストを抑えることができます.また人為的誤差,機械的誤差による効果の違いなども防ぐことができると考えています.