研究の興味:統計力学、冷却原子系

1次元自由フェルミオン系のダイナミクスとランダム行列

論文[1]は1次元格子上の自由フェルミオン系における相関伝播とランダム行列の普遍分布関数との関係を理論的に調べた研究です。これまで量子ダイナミクスの相関伝播はLieb-Robinson bounds、light-cone-like propagationなどの視点から膨大な研究が行われてきましたが、その多くの研究は2点相関もしくは4点相関に注目していました。本研究では、より高次の相関に注目して、伝播する相関界面近傍における揺らぎのモーメントを解析的に調べました。その結果、全ての次数の揺らぎのモーメントがランダム行列のガウス型直交アンサンブルとガウス型斜交アンサンブルの普遍固有値相関関数で漸近的に決定できることを解析的に示しまた。この研究を通して「1次元自由フェルミオン系のような極めて基本的なモデルであっても、その非平衡ダイナミクスにはまだまだ未解明の興味深い現象がある」と感じました。

文献 [1] Kazuya Fujimoto and Tomohiro Sasamoto, Phys. Rev. Lett. 132, 087101 (2024)

  余談

論文[1]では触れていませんが、本研究は1次元完全非対称排他過程(TASEP)の初期状態依存性の性質に基づいて研究がスタートしました。しかし、TASEPの方法だとうまくいきませんでした。そこで、逆にガウス型直交アンサンブルのTracy-Widom分布の行列式公式を起点として、その行列式公式を非平衡フェルミオン系の言葉にうまく書き換えることで論文中の前半の結果を得ました。後半部分の普遍固有値相関関数を用いたモーメント公式の導出はF. Bornemannさんの論文「On the numerical evaluation of distributions in random matrix theory: A review」をたまたま読んでいるときに思いつきました。この論文と出会っていなければ、この成果は得られなかったです。

【孤立量子系の界面粗さ成長

論文[1,2]は1次元量子ダイナミクスにおける粒子数揺らぎの成長を古典界面成長の視点から調べた研究です。古典系の揺らぐ流体力学と界面成長の関係を量子系に拡張することで、界面高さ演算子を定義した点が本研究の重要なアイデアです。これにより量子系の界面粗さを界面高さ演算子の標準偏差として自然に定義することができます。論文[1,2]では、Schrödinger方程式を解き、界面粗さ成長を調べると、Family-Vicsekスケーリングと呼ばれる動的スケーリングが現れることを報告しました。この動的スケーリングは古典界面成長の普遍性クラスを決めることが知られており、論文[1,2]ではその関係も議論しました。文献[3]は論文[1]の日本語の解説記事です。

文献 [1] K. Fujimoto, R. Hamazaki, and Y. Kawaguchi, Phys. Rev. Lett. 124, 210604 (2020).

        [2] K. Fujimoto, R. Hamazaki, and Y. Kawaguchi, Phys. Rev. Lett. 127, 090601 (2021).  

        [3] 藤本和也、濱崎立資、川口由紀、日本物理学会誌, 最近の研究から, 76, 517 (2021).

  〈余談

2017年の東工大でH. Spohnさんのご講演を聞いたことが本研究をはじめた契機です。この講演で非線形Schrödinger方程式とKardar-Parisi-Zhang方程式が関係していることを知り、孤立した1次元量子多体系で界面成長の物理を調べ始めました。初めの1年半くらいは全くうまくいかなかったのですが、名古屋大学に異動したあとに界面高さ演算子を定義する方向性に切り替えてから研究がすこしずつ進むようになりました。界面高さ演算子の定義は机に座っているときに突然思いつきました。


【開放量子系の界面粗さ成長】

論文[4]上述の孤立量子系における界面粗さの研究を1次元開放量子系に拡張した研究です。Gorini–Kossakowski–Sudarshan–Lindblad(GKSL)方程式を用いて、界面粗さのダイナミクスを調べました。その結果、粒子数を保存する散逸の場合には、Family-Vicsekスケーリングが現れることを報告しました。開放量子系における自由フェルミオンと自由ボゾンのスケーリング指数は孤立量子系のそれとは質的に異なり、古典系のEdward-Wilkinsonクラスに対応するDiffusiveな指数になります。散逸が強い場合には微分方程式に対するくりこみ群の手法GKSL方程式を解析することによって、このスケーリング指数の変化を解析的に説明することができました。

文献 [4] K. Fujimoto, R. Hamazaki, and Y. Kawaguchi, Phys. Rev. Lett. 129, 110403 (2022).

  余談

2020年になにかのオンライン会議で開放量子系の講演を聞いて、量子系の界面粗さ成長に散逸をいれるとどうなるか気になったことが本研究をはじめた契機です。GKSL方程式を用いた初めての研究だったので、最初の半年間はGKSL方程式の先行研究の結果を数値・解析計算で再現ばかりしていました。その後はGKSL方程式で界面粗さを計算して解析するだけだったので、1年半くらいで結果がまとまりました。また、微分方程式に対するくりこみ群の手法は論文[5]のSupplemental MaterialでLandau-Lifshitz方程式のスピンドメインペアダイナミクスを解析的に調べたときに用いたのですが、その経験がGKSL方程式の解析で役立ったのは予想外でした。ちなみに、このくりこみ群の解析計算は論文[4]を見てくださったレフェリーから高く評価されました。

文献 [5] K. Fujimoto, R. Hamazaki, and M. Ueda Phys. Rev. Lett. 120, 073002 (2018).