カイラル結晶における非線形輸送現象:非線形カイラル熱電(NCTE)ホール効果
T. Yamaguchi, K. Nakazawa, and A. Yamakage, "Microscopic Theory of Nonlinear Hall Effect Induced by Electric Field and Temperature Gradient," Phys. Rev. B 109, 205117 (2024).
K. Nakazawa, T. Yamaguchi, and A. Yamakage, "Nonlinear charge transport properties in chiral tellurium," Phys. Rev. Materials 8, L091601 (2024).
K. Nakazawa, T. Yamaguchi, and A. Yamakage, "Nonlinear charge and thermal transport properties induced by orbital magnetic moment in chiral crystal cobalt monosilicide," Phys. Rev. B 111, 045161 (2025).
カイリティの自由度は,しばしば自然界との興味深いつながりを示唆する.我々は,結晶構造にカイラリティが存在する場合に,電場と温度勾配の積の方向に電流が流れる「非線形キラル熱電(NCTE)ホール効果」について微視的な定式化をおこない、ベリー曲率双極子の寄与のほかに軌道磁気モーメントの寄与があることを明らかにした.この効果は熱流センサや論理回路への応用が考えられるが,これまではあまり着目されてこず,具体的な物質における定量的解析は行われていなかった.
我々はカイラルな結晶構造をもつTeとB20型化合物CoSiにおいてNCTEホール効果をはじめとした非線形輸送特性を,第一原理計算と対称性の解析に基づき調べた。カイラルTeでは、NCTEホール電流がカイラル軸に平行に流れるが,直流電場に対する2次応答はこの方向に流れないことを明らかにした.定量的評価により,実験的に充分検出可能なNCTEホール電流が予測され,価電子帯のトップ近傍では軌道磁気モーメントが重要な役割を果たすことがわかった.CoSiについても大きなNCTEホール電流が生じうることを具体的に示したほか,ベリー曲率双極子の寄与が消滅することを明らかにし,多重カイラルフェルミオンから来る軌道磁気モーメントのみが支配的に寄与することを見出した.また,NCTE電流の温度依存性に符号変化がみられることも示した.
強磁性Weyl半金属Co3Sn2S2の原子層薄膜におけるWeyl状態
K. Nakazawa, Y. Kato, and Y. Motome, “Magnetic, transport and topological properties of Co-based shandite thin films”, Commun. Phys. 7, 48 (2024).
K. Nakazawa, Y. Kato, and Y. Motome, "Topological transitions by magnetization rotation in kagome monolayers of ferromagnetic Weyl semimetal Co-based shandite", Phys. Rev. B 110, 085112 (2024).
Coカゴメ格子が積層した構造をもつCo3Sn2S2 [図(a)]は,時間反転対称性の自発的破れに伴うWeyl点に起因した大きな異常ホール効果などが観測されており,強磁性Weyl半金属候補として注目されている.一方で,最近Co3Sn2S2の単層物質Co3Sn3S2において量子異常ホール効果が理論的に提案され,実験的にもその検出を目指し薄膜の作製が試みられているが,先行理論研究ではバルクの格子構造が仮定されており,格子構造と磁性やバンドトポロジーが密接に関連する原子層薄膜に対する系統的な研究はなされていない.また, 3次元系の性質であるWeyl点が,2次元的な原子層薄膜においてどのように現れるかも明らかにされていない.
我々は,Co3Sn2S2のCoカゴメ単層,2層,3層を持つ原子層薄膜[図(b)]に対し,それぞれ表面がSnで終端される場合とSで終端される場合を考え,第一原理計算に基づいた構造最適化を行い,磁性,バンドトポロジーとそれによる輸送特性を系統的に調べた.その結果,Sn終端の系においては層数に依らず強磁性状態が安定となり,Weyl点の分布や輸送係数の振る舞いが層数の増加に対して系統的に振る舞い,バルク系にも自然に接続していることを見出した[図(c)].一方,S終端の系では,2層系において層間反強磁性が現れ,異常Hall効果や異常Nernst効果が消失するなど層数によって大きく異なる振る舞いを示すことが分かった.
さらに,我々はカゴメ単層物質において,磁化角度が変化したときにバンドトポロジーがどのように変化するかを詳細に検討した.その結果,Sn終端系において,磁化角度によってChern数が異なる様々な量子ホール状態が存在することを示し,磁化を傾ける方向によってトポロジカル転移点が異なることを明らかにした.特に,カゴメボンドに垂直な面内方向へ磁化が向いたときにホール伝導度が量子化する「プレーナー量子異常ホール効果」を見出した.
“Vector Néel chirality” に誘起されるトポロジカルスピンHall効果
K. Nakazawa, K. Hoshi, J. J. Nakane, J. Ohe, and H. Kohno, "Topological Spin Hall Effect in Antiferromagnets Driven by Vector Neel Chirality", Phys. Rev. B 109, L241105 (2024).
J. J. Nakane, K. Nakazawa, and H. Kohno, "Topological Hall effect in weakly canted antiferromagnets", Phys. Rev. B 101, 174432 (2020).
反強磁性体は,小さい漏れ磁場や速いスピンダイナミクスなど強磁性体にはない利点から,スピントロニクスデバイスへの応用が期待されている.反強磁性体でスピン流を生成する方法の一つに,Néelベクトルのスピンカイラリティーが誘起するスピンHall効果:トポロジカルスピンHall効果(TSHE)が,主にNéelベクトルのスカーミオン構造である反強磁性スカーミオン系で議論されているが,反強磁性金属におけるTSHEの物理的描像は網羅的には理解されていない.
我々は,場の理論に基づく解析計算によりTSHEの定式化を行い,その本質がスカラーカイラリティーではなくベクトルカイラリティーにあることを示し,TSHEが反強磁性スカーミオン系では現れず,反強磁性メロン(半スカーミオン)系で有限に残ることを示した.さらに,磁化構造と伝導電子の結合が弱い領域でTSHEが増大することを見出し,その物理的理由が反強磁性金属に普遍的に存在する横スピン緩和;spin dephasing[7][図2]にあることを突き止めた.さらに,共同研究者によるLandauer-Büttiker法による数値計算によって,TSHEが反強磁性スカーミオン系で消失し,反強磁性メロン系で有限の残ることを確認し,弱結合領域でTSHEが増大することを再現した.
交代磁場中のKitaevスピン液体における非相反熱輸送
K. Nakazawa, Y. Kato, and Y. Motome, “Asymmetric modulation of the Majorana excitation spectra and nonreciprocal thermal transport in the Kitaev spin liquid under a staggered magnetic field”, Phys. Rev. B 105, 165152 (2022).
ボンドに依存した相互作用をもつキタエフ模型は,基底状態が厳密にスピン液体であり,素励起が遍歴マヨラナ粒子と局在Z2フラックスへの分数化によって記述されることから,基礎学理のみならず量子計算への応用の観点からも議論されている.近年,このような分数化検出を目指して,磁場下でマヨラナChern絶縁体状態になることによる半整数量子熱ホール効果や,非一様磁場や静電磁場によって波数空間で非対称なマヨラナ励起スペクトルが議論されているが,熱輸送も含めた系統的な研究はなされていない.
我々は,交代磁場と一様磁場を両方印加したハニカム格子上のキタエフスピン液体における非対称なマヨラナ励起とそれによる熱輸送を様々な磁場角度や大きさについて調べ上げた.まず,マヨラナ励起状態が,交代磁場による副格子対称性の破れによって非対称に歪み,一様磁場と交代磁場の大きさによってさまざまな励起スペクトルが実現することを確認した.さらに,非対称マヨラナ励起に伴って非相反熱輸送が現れることを示し,熱流が特徴的な磁場依存性を持つことを明らかにした.これらの結果は,マヨラナ励起状態の検出の一助になると考えられる.
トポロジカルHall効果:強結合から弱結合/長波長から短波長まで
K. Nakazawa and H. Kohno, “Weak coupling theory of topological Hall effect”, Phys. Rev. B 99, 174425 (2019).
L. Vistoli, W. Wang, A. Sander, Q. Zhu, B. Casals, R. Cichelero, A. Barthélémy, S. Fusil, G. Herranz, S. Valencia, R. Abrudan, E. Weschke, K. Nakazawa, H. Kohno, J. Santamaria, W. Wu, V. Garcia, and M. Bibes, “Giant topological Hall effect in correlated oxide thin films”, Nat. Phys. 15, 67-72 (2019).
K. Nakazawa, M. Bibes, and H. Kohno, “Topological Hall effect from strong to weak coupling”, J. Phys. Soc. Jpn. 87, 033705 (2018). 日本物理学会第29回論文賞
スピンカイラリティーによるHall効果はしばしばトポロジカルHall効果(THE)と呼ばれ,スカーミオン系を筆頭に精力的に調べられている.「トポロジカル」と名がつく理由は,THEが伝導電子系が磁化との相互作用を介してBerry位相を獲得する(ために,スカーミオンの数にホール伝導度が比例する)という描像でしばしば説明されるからであるが,相互作用が弱い場合や磁化構造の変化が急峻な場合にはBerry位相による解釈は破綻する.近年では半径数nmといった小さいスカーミオンも見つかっていることから,幅広いパラメータ領域でTHEを調べることが重要になってきている.
我々は,場の理論に基づく解析計算を行い,強結合から弱結合,また長波長から短波長にかけてトポロジカルHall効果の物理的描像がどのように移り変わるのか調べた.まず,長波長の場合に,Berry位相の描像が成立する領域を明らかにし,強結合と弱結合領域の間に二つの中間領域が存在することがわかった.さらに,この二つの領域の境界は,伝導電子の歳差運動と拡散のスケールで決まっていることがわかり,拡散伝導が強い場合には,有効磁場は磁化構造と非局所的な関係で決まっていることがわかった.我々の弱結合理論と,Mn酸化物で発見された巨大なトポロジカルHall効果との関係が議論された.
スピンカイラリティーによるホール効果と永久電流:バーテックス補正の効果
K. Nakazawa and H. Kohno, “Effect of vertex correction to chirality-induced anomalous Hall effect”, J. Phys. Soc. Jpn. 83, 073707 (2014).
スピンカイラリティーをもつ磁化構造と結合した伝導電子系はHall効果を示す.以前スピングラスを念頭においた離散的スピン構造に対して弱結合理論が展開されたが,その結果はスピン間の距離よりも平均自由行程が短い拡散領域ではホール効果は消え(指数関数的に減衰して),非磁性不純物散乱の過程でスピンの情報を保存しないことを示唆していた.我々は伝導電子の拡散的伝導とスピンの保存をあらわす不純物散乱によるバーテックス補正を取り込んでホール伝導度の計算を行い,拡散領域でも有限に残る結果を得た[左図].また,カイラリティー誘起ホール効果の背後にある物理的描像として,スピンカイラリティーの周りの永久電流の存在が指摘されていた.これについても電子拡散を考慮して,永久電流の「典型値」を評価することで,拡散領域での永久電流がホール伝導度の式を再現することを見出した[右図].